05 買い主に咬みつきます! 飼い主には溺愛です!※伊織視点
思うところがあり、本家サイトのものを大幅改稿しています?
ある日のことだった。
俺はボイコットをした。
仕事でボイコットをするのは初めての事ではない。
気に入らないアーティストがいれば、容赦なく楽譜も詩も破り捨てたし(一方的ではないよ!)、怒鳴って喧嘩をして契約とかを白紙にさせた(今揉めたことのある人は売れない歌手をしているらしい…)。
気に入らない条件を社長から叩きつけられたら、容赦なく行方をくらませたことだってある。
今回のボイコットは後者のほうだ。
その日は強制的にオフにして、美羽さん家に来て幸せな時間を過ごしていた。
美羽さんの休日と俺のオフ日が重なると、彼女は決まった時間に食事の準備をする。
だが、“不幸のお知らせ”は急にやって来た。
『ピンポーン』
美羽さんはちょうど、お昼ご飯の準備でキッチンに立っていて、俺はテレビのチャンネルをかえながら、美羽さんにいつ齧りつこうか機会を窺っていた。
俺は美羽さんと出逢ってから、自分のオフを取り付けては必ずといっていいほど、自分の部屋には戻らず、彼女の部屋で過ごすようになっていた。
あー…幸せ。
俺は、この人のことが心底好きだ。
今は好きだという気持ちは積もりすぎて、好きだけでは表されないものにまで成長してしまった。
彼女は唯一、俺に安らぎを与えてくれる人だ。
その証拠に、俺は彼女の近くでなければ熟睡も出来なくなったし、彼女に抱きつくと尖っていた感情でもすぐに穏やかになってしまう。
でも、彼女と過ごす時間のほとんどがドキドキしっぱなしなのも事実だ。
姿を見るだけでも動悸が激しくなる。
想像してしまうんだ。
将来、一緒になったときいつもこの姿を見れるんだ、とか。
考えただけでものぼせそうだ…。
邪な気持ちを読んでか、『ピンポーン』ともう一度インターホンがなると、美羽さんは洗い物を止めてドアの方へ向かった。
しかし、この幸せな時間を邪魔する奴はなんっつーKYな奴。
『ピンポーン』
3度目にしてようやく答えると俺は死神を見たと思った。
ドアの向こうにいる人。
それは、マネージャーの高原さんだった。
美羽さんは急いでドアチェーンを外して開けると、高原さんの顔を凝視していた。
「……高原、さん?」
「どうも、いつもお世話になってます。あの、伊織はこちらに?」
高原さんは名目上俺のマネージャーをしている人だ。
その彼は一見、どこぞの組に属しているだろうヤク○な格好をしていて、常に顎鬚を1センチくらい生やし、さらに薄茶色のサングラスを掛けている。
だが、意外な事に業界でも敏腕マネージャーとして名が知れているらしい。
それを教えてくれたのは業界でも稀にいる親友、Lenからの情報だ。
見てくれは怖い人だけど、雰囲気的には寡黙っていうわけではなくて、気さく…な人だし、結構ものごとをよく知っていて、美羽さんとの関係も快く受け入れてくれた。
もちろん、社長さんやら重役やら全部ひっくるめて…だけど。
――まあ、そんな人たちを納得させた条件ってのは、大体推測できるけど。
この高原さんは25歳の4歳の子持ち。
若いよね。
俺くらいの年で子供が生まれてんだから。ああ、羨ましい。
背は、俺よりちょっと高く見える。
血液型はご想像通りのA型。
誰に紹介してあげればいいのか分からないが、美羽さんが高原さんを見つめすぎてるから、ちょっと威嚇の目線を差し向ける。
「居ますよ?」
「やっぱり」
ほわりとした美羽さんも可愛いけれど、やはり彼氏の俺としてはあまり高原さんと話をして欲しくないと思う。
なぜかって?
仕事がいやで美羽さん家に逃げ込んだからだ。
彼女の言葉に高原さんは飽きれたように溜め息をついて、「失礼します」と短く言うと、ずかずかと俺の居るところまで入ってきた。
「おい、いつまで拗ねてんだよ。散々、社長と話し合っただろう?」
高原さんは俺の目の前で腕を組んで、ソファーで寛いだ格好をしている俺を見下ろした。
「嫌なもんは嫌なの。なんで、勝手に決められるんだよ!」
今回美羽さん家に逃げ込んだのはもちろん理由あってのことだ。
「お前なぁ、これから先もそれで居られると思うなよ?」
低い声でいくら強面で言ったって俺には通じない。
なんせ譲れないものがあるから。
この言い争いの原因。
それは、再三言われているTV出演の決定だった。
だけど、それを俺が断固として拒否しつづけているため、まだまだ予定を組み立てる事は出来ない段階だけれども、事務所の決定では従わなければならない状況に追い詰められていた。
そう、今日のオフは俺の一方的ボイコットなのだ。
「…ねぇ、今まで聞きたかったんだけど、なんで伊織くんはTVに出たくないの?」
さりげなく言った美羽さんの言葉に、頭の切れる高原さんは救いを見つけたように彼女を見て言った。
「伊織がTVに出たくない理由なんて、スゴイ単純ですよ」
「単純…と言うと?」
美羽さんが頭をこてんと傾げて高原さんを見る。
美羽さんのその行動は俺にしか見せて欲しくないのに。
何で関係も無い妻子持ちの高原さんに見せてしまうんだ!
そんな嫉妬心を知ってか知らずか、高原さんは俺の視線を尻目に背中を向けて答えを言った。
「答えはですね、『美羽さんとのデートが外で満足に出来ないし、二人でいる時間が確実に減る』だそうです」
「え?」
「以前はこのような理由では無く、『TVに出なくても仕事が出来る事を証明してやる』って生意気な啖呵を切っていたんですがね」
「なかなかの自信家なんですねぇ」
「いいえ、自意識過剰なガキです」
「……」
言い切った高原さんの言葉に俺は顔を引きつらせて苦笑するしか出来なかった。
しかし、俺には奥の手というのがいくつか用意されている。
伊達に一応有名大学に通いながら仕事はしていない。
そうして、ここ一番といわれる営業スマイルを浮かべて言ってみた。
「高原さん、それ以上言うと俺、なにも仕事しなくなるよ?」
背後に冷気という冷気をまとい、所謂悪巧みを考えている奴の笑顔を浮かべているだろう自分。
そんな俺に気がついて、彼は「は、はは…っ」とカラ笑いをした。
「そ、そんな事言われても、俺は…ど、動揺なんてしないぞっ!」
「あれ? でもさ、今月って大事な『結婚記念日』じゃ無かったけ? あ、丁度いいのか! 『結婚記念日』に仕事が入らなくて」
「う゛っ…!」
息を詰まらせた高原さんは、相当なダメージを食らっている。
なぜなら彼は見た目はヤク○だが超のつくほど愛妻家であり、子煩悩だから。
「じゃ、俺も美羽さんとデートしたいし、ぶっちゃけ先月休み無かったから、この機会に休み貰ってもいいよね?」
こうして俺は大きな問題からトコトン答えを先延ばしにして、逃げ切ってやる…と張り切っていた。
*****
そして高原さんという嵐が通り過ぎて、再び幸せの時間がやって来た。
「美羽さんキスしてもいい?」
昼食を食べた後のまったりとした時間。
俺は美羽さんの隣にべったりとくっついて座っていた。
「う゛っ……ダメ」
彼女はいつも俺が「キスしてもいい?」と聞くと必ず一回は断る。
何でかな。
でも、それでも俺はくじけずに美羽さんに対する奥の手を使いまくって、甘いひと時を獲得する。
美羽さんは兎に角俺に見られるのが恥ずかしいらしく、見つめると見つめ返すけど、5秒と持たない。
ピンク色に彼女の頬が熱を持って、染まる瞬間が可愛くて好き。
じーっと、彼女を見続けるのも好き。
そして、彼女が一番俺に対して弱いと思っているのは、首をちょっと傾けて得意気に微笑んで「可愛いなぁ」なんて思って見ている時。
このときの格好が美羽さんは弱いらしく、強請るときは最終的にそれに漬け込む。
いつか言ってたんだ。
「伊織くんのちょっと筋が入ってる腕とか、すらりと存在感を漂わせる長い指とか、肩とか、見るの好きなんだけど、実際、伊織くんの目が好きだから、見つめられるのも慣れてないから、だからスッゴイ…ずるいと思う」
ずるいとまで言われたけれど、それでも彼女が欲しいから、殺し文句を言う。
「キスしちゃダメ?」
さり気なく、彼女の腰に腕を巻きつけて二人の距離を縮める。
「……いいよ」
正しい呼吸も聞こえるくらい唇の距離がスレスレところで、美羽さんが俺に許可をくれる。
「イイコにはご褒美を」
あげなくちゃね、それから俺は熟れた果実にかぶりつくように激しいキスをあげた。
出逢った時のファーストキスは、ただ体温が触れ合うだけのキスだった。
2回目のキスは、俺の理性限界ぎりぎりの啄ばんで、もう少し深いキスをした。
別れ際の体を一つに繋げた時のキスは数え切れないくらいキスをした。
あれから時間は過ぎているのに、美羽さんの唇はいつもいつも柔らかくて、熟れた果実みたいに紅い。
彼女の体温を感じる度にその唇に触れたいと、触れて離したくはないと自分の心の底から思っている。
この時の俺は浮かれすぎていて、いつの間にか彼女の手を離していた事に、自分で気づけて無い最高のバカだった。
5日お昼頃にお会いしましょう。