04 拾われ仔犬な青年へ愛を語・・・ると思いきや?
本家サイトから改稿済みです。
お互い何も言わずとも分かり合っているとばかり思っていたのに、口に出したとたん後悔が押し寄せた。
『だって、信じられないんだもん!!』
気がつけば、目の前に居る彼に向かって涙を浮べて叫んでいた。
なぜ、私がそう言ったのかのはわからない。
でも、寂しいという気持ちに嘘はなかった。
"それ"を自覚するのは、認めてしまう事は、本当に簡単だったのかもしれない。
でも、私の中で"それ"は無意識のうちに否定してしまうのだ。
「彼はどうせ私を置いて行ってしまう」
その思いばかりが一歩を踏み出させなかったから。
「美羽さんは、俺の事信じられないから、……事務所に電話しようって言ったの?」
……本当にそれだけ?
傷ついた目で見つめてくる彼の目が私を映して、やりきれない表情で尋ねてきた。
私は黙ったまま彼を見つめ返すと、何も言葉で表現する事ができなくて、すぐに俯くことしかできなかった。
「本当は、どう思ってるの?美羽さんが心の中で思っていること、言って」
優しく言う彼の声に私は再び顔を上げて、彼を見た。
心の中で思っていること。
それはたった一つ。
「……好きよ。」
誰にも言ったことのない、ましてや元彼にも言ったことのない言葉が、糸も簡単に口から滑り落ちた。
出会って二、三日やそこらで涌き出てくる感情。
今までの私だったら、絶対にこんな事は口には出来なかったと思う。
だけど、これが彼に伝えたい、認めたくなかった気持ち。
私の言葉に彼は目を見張って、沈黙…というより、茫然としていた。
「……あなたは、私に安心をくれる初めての男性。伊織くんのその瞳が好き。だけど私は“あなた”を知らない。あなたも“私”を知らない。だから、この気持ちを今ここで止めたいの」
そう言って、私はバックからお札を二枚取り出して、彼の前に突き出した。
それから、携帯も取り出してアドレス帳からある番号を見つけ出すと、彼の手にそれを握らせた。
「伊織くんの会社の番号。今日会社で調べたの。伊織くんの特徴とか伝えたらすぐ応対してくれて、すぐに"高原さん"に連絡してくださいって。マネージャーさんだって聞いた」
「なんで、」
そんなことすんの?
携帯を掴んだまま、彼はじっとそれを見て呟いた。
私はただ黙って彼を見ていた。
「何で、だろうね。離れたくないのは本当なのに……」
「なのに?」
「明日も、今日も変わらない。結局、伊織くんは元の場所へ戻ってしまうから。…私、矛盾してるよね?」
私が言葉を言い終わると同時に、彼は携帯をソファーに投げてきつくきつく抱きしめた。
長い腕で私を包み込んで、まるで、自分の中に取り込むみたいに。
「どうして、出会ったのに、……自分のものにできないんだろうね」
ポツリと彼の胸の中で言うと、彼は息が苦しくなるほどのキスを降らせた。
私たちはただ求め合って、一つになって、……泣いた。
涙の理由は言葉にもならないほどに。
「美羽が好きだ。」
彼と私が繋がって、意識が途切れる瞬間に呟いた言葉にただ頷いて返事をした。
「……うん」
―――――
朝起きて見れば、あれは夢か現だったのか、はっきりしなかった。
隣にいたはずの彼はどこにもなくて、あれが現実だったんだと思わせたのは、鏡に映
った私の肌にある"紅い斑"だった。
ソファーが置いてあるダイニングは昨日、紙の山で散らかっていたのに、今は跡形もなく消え失せてしまっていた。
テーブルの上には、紙と一緒に私の携帯が寂しげに佇んでいた。
ありがとう。
また、会いに来る。
シンプルに書かれた二行の文字が、私の胸に染み渡った。
一緒に置かれていた携帯はストラップもつけていない状態だったのに、それには不恰好な紐に通された男性用の指輪がぶら下がっていた。
私は瞬時に彼のものだと気がつくと涙が溢れた。
胸に抱いて、指輪の冷たさが彼の存在がもうなくなってしまった事を表していた。
******
それから、長い時間が経った。
私はあの日から、TVを買って気が向いたときだけ雑誌を買って読む、というような習慣がついていた。
思っても見なかったけれど、彼については簡単に知る事ができた。
「なになに…?特集;謎の歌手IORの人物像」
私は雑誌に書かれた文字を声に出してボソリとつぶやくと、今は首にかけてある金属の存在をギュッと握り締めた。
―――
『オリコンチャート12週連続首位をキープ中。
各種メディアには絶対に顔を出さないIOR。
今回で12回目の特集を組むことになり、今までの話題からIORという人物にに迫る。
音楽関係者の中で、直接IORと接触できているのは一握り。
デビュー前からプロデュースを手がけるLenを始め、歌手のSYOKOさんや、今や人気絶頂バンドENGDED LIMITAGEを含む、約20組のバンド、歌手、CMソングを手がけている。
そのIORが騒がれ始めたきっかけとなったのは、大手携帯電話会社との契約でCMソングとなって、一昨年の秋にリリースされたデビュー曲『SIN』だ。
しっとりとした、秋らしいバラードの音調と舞い散る枯れ葉が絶え間無い物悲しさを感じさせるような楽曲が、10代から40代の男女のなかで話題となった。
10曲目のシングルとなる、今回の曲はリリース前の予約の時点から、80万枚という巨額の数字が殺到し、生産に追い付かない状態だった。
噂によると、IORの正体は、男性で年齢は若いらしい。
特に女性必見なのが、外見なんて特にかっこいい人。
街を歩けば誰もが振り返るくらいの容姿を持っているという事。
そして、とあるプロデューサーからお聞きしたお話によると、「礼儀正しくてユーモアに溢れる方でした」という意見が大多数だった。
これを観察するに当たって、彼は協調性があるといういことなのだろうか。
取材した私も、もうちょっと深いところまで話をしてもらいたかったが、IORについての規制というものが、厳しいということがここで覗える。
確かに、彼は今日本の音楽業界の上ではなくてはならないほどの逸材である。
J-POPから海外まで手広く作詞作曲などを手がける彼の仕事振りは、今までの音楽業界には存在しなかった。
音楽に対してはものすごく熱心。
常に新しい音楽を作りつづけたいという意識の裏側で、ものすごくメディア嫌いの顔を持つ。
なぜ、彼はそこまでメディアを嫌うのだろうか。
想像して見れば答えは簡単なのかもしれないが、それは彼の考えるものとは異なるだろう。
TVで生歌披露してくれる日はいつか。
彼の音楽を聞く私たちはもう、すでに彼の音楽の中にのめりこんでしまっていて、いつの日にか私たちは彼を音楽の天才と呼ぶ日が来てしまうのかもしれない』―――
『ピーンポーン』
私はいつのまにか雑誌を読むのに夢中になってしまっていて、ドアのインターホンの報せではっと気がついた。
せっかくの休みの日にのんびり過ごしたい私は、呼ばれた音に重い足取りでドアに向かった。
「はーい」
ガチャリ
私は、ドアの鍵を開けながらふと頭に不思議な感覚を覚えた。
いつもならドアホン電話越しの会話のはずなのに、その時はドアからの呼び出しだったのだ。
ここは1人暮し用のマンションのはずだから、大抵隣の人との接触は通勤時間が重なるか、ゴミだし日のときにしか顔を合わせることはない。
けれども、私はなんの疑いもせず覗き穴も見ないで、ドアを無意識的に開けていた。
「え……?」
私は驚きのあまり声を詰まらせて、相手を見上げていった。
そこに居たのは、1ヶ月前にたった数日共に過ごした彼だった。
しかし、その彼の雰囲気はあの日と全然違う、大人の男の人の雰囲気だった。
「何で……」
彼を見上げたまま、私は頭が働かなくなって、何を言ったら良いのかもわからず、笑顔でドアの前に立っている彼を見つめていた。
「何で、だろうね?」
「え?」
彼は無邪気な笑顔を浮かべていた。
彼のその笑顔に見とれていたら、急に温もりを感じた。
瞬間的に、私は抱きしめられているんだなと思った。
普段なら、急に抱きしめられることでパニックに陥る私のはずなのに、やっぱり手は震えてもいなかった。
「ここが落ちつく」
まるで、私の心を見透かしたような言葉。
彼が肩に頭を乗せて呟いた言葉だった。
「伊織くん」
私が、よりかかる彼に声をかけると、
「相変わらず、俺のこと名前で読んでくれるの?」
と嬉しそうな顔をして言った。
私はその眩しい笑顔と、吸い込まれるような瞳を見て俯いては「だって」という言葉をこぼして彼をねめつけた。
ぶつぶつという私の言葉を拾ってか、彼は私の目線を彼に会わせるように、顎を上に向けて意地悪そうに微笑んだ。
彼の薄い茶色の目に私が映った時、それはもう本当に、私の心はマシンガンで撃たれっぱなしだった。
きっと私は彼とにらめっこをしても彼の眼力に圧倒されて、照れて…負けてしまうんだろう、と一人心の中でごちた。
「だって私、あなたのこと『伊織』って名前と歳と……仕事のことしかわからないんだもん」
「それのどこが不満?」
「…知ってるでしょ? 私は伊織くんが好きなんだもん」
「うん。でも俺も不満だよ。俺も美羽さんのこと、名前と住所と歳と、この…誰にも触れられていなかった、美羽さんの躰しか知らない」
「え、躰!?」
「だって結びついたでしょ? 俺『美羽さんて細いのにスゲェ…』っておぼっ……!」
「やめてっ!」
叫ぶと抱きしめていた彼の身体を突き飛ばして、寝室へ逃げ込んだ。
まさかの彼の発言に、別れ際のことを思い出して赤面した。
隠れた顔は熱を持って、完熟したトマトよりも紅いだろう。
彼は仕方無しに部屋に上がって、寝室のドアを開くと真っ直ぐに私のところへ来て後ろから抱きしめた。
「でも、美羽さんの『初めて』が俺で良かったって思ってる。俺の20歳の誕生日で」
「え?」
後ろへ振り向くと彼は笑って私の身体を正面に向かせた。
今度は目を合わせることなく、俯いた状態で何回も深呼吸をして私の肩を掴んでいた。
「俺は、芳我 伊織っていいます。家族は両親と兄1人。K大の2回生です。今は大学に通いながら、『IOR』って言う名前で活躍しています。血液型はO型。何よりも、美羽さんが大事です。……ダメ?」
首を傾げて私の顔を覗きこんでくる彼の顔を見ながら、私は目に涙をためて首を横に振った。
「私は、北条 美羽です。全然、伊織くんみたいに凄く無いけれど、仕事には誇りを持っています。なぜなら、私の彼が、自分の仕事に誇りを持っているからです」
私は最後に彼に視線を合わせると、優しい気持ちの伝わる口付けを落としてくれた。
何回も何回もキスを落として、目を合わせては微笑んでから、ふと彼が私の首もとに視線を落とした。
「消えちゃったね、キスマーク」
「え? あ、うん。もう、結構前だったからね」
私が笑って彼に言うと、彼は何かを考えるようにして、少し顰め面をした後、何も無かったようにさっと私の首もとに顔を引き寄せた。
「あっ…」
私が声を出したと同時に、ピリッとするような痛みと彼の穏やかな顔が見えた。
「これでまた美羽さんは俺のものだね」
そう言って、私の首もとについた紅い斑を押さえつけた。
押さえつけられた部分からジワジワと熱を帯びていった。
心に思ったのは、嬉しさと恥ずかしさ。
私は彼にきつく抱きついて、彼のぬくもりを感じた。すると、
「む、美羽さん。…何か痛い」
ふと彼が、私に向かって言った。
その言葉に私ははっとして、自分が首からかけている彼の指輪の存在を思い出して、指輪に通してあるチェーンをたぐり寄せた。
「それ……」
指輪に気づいた彼は何だか嬉しそうにして私を見て、首に掛かっている指輪に触れた。
「ずっと、首にかけてくれてた……?」
「うん、だってこれ伊織くんのだから。離したくなくて」
お守り代わり。
はにかんで見せると、彼はただ息を詰まらせたように私を痛いほど見つめた後、ぎゅっと私を抱きしめて、苦しいほどのキスを落とした。
「…ッ」
激しいキスの雨に、息をつかせる間も与えてくれない。
一旦唇を離せば、彼は熱い瞳で見つめてきて、私はただ彼をボーっと見ていた。
「何で、そんなに可愛いかなぁ」
「え?」
「お守り代わりって、そう微笑まれて言われると、マジで嬉しくて、」
「伊織くん」
「……あぁ~、襲わないって誓ったのに…」
だめだ~。
そう言った彼は、両手で自分の顔を覆った。
そして苦渋の顔を浮べながら私を見て目が合うと、何かを決心したかのように一瞬にして真剣な顔つきになった。
訳がわかっていない私はただただ、彼を見ているばかりで、何が起こっているのかも判断できずいた。
すると、彼は急に抱きしめていた私の身体を横に倒し、背中と膝裏に手を添えて、お姫様抱っこ状態に仕立て上げるとそっとベットに横たえさせた。
「伊織くん?」
横たわされた私の躰の上には彼がいて、顔を覗きこんではキスを落とす。
「美羽さんが悪いんだよ」
「え?」
「キスしたら紅くなったり、俺の名前を呼ぶ度に目ぇ潤ませたり。俺もう我慢限界なんだから。マジで、美羽さん死ぬほど好きだから」
「覚悟してね」
どうやら愛を語るよりも先に、えさの時間が来たようです。
修正のため次話月曜に更新予定です。