02 出逢いっつーのは確率の問題
タイトルはがっつり変わってます。
出会いは偶然だけど、何か必然を感じた。
その日は俺にとって本当にツイてない日だと思った。
急用で呼ばれて当初の予定が見事に乱れまくった。
挙句の果てに携帯を部屋に忘れてきた事に気づき、移動手段が無くなったと思い待ちぼうけを食らった。
まぁ、逆に考えれば「こんな自由な日はそうそう無い」と目立たないように、ビルの片隅に座りこみ騒がしい街を眺めていた。
空を見上げて気づいたのは電車。
電車の移動手段を考えて俺は目的のものを探すために立ち上がった。
(財布・・・)
そう思ってポケットを探るが、それらしい固さのものはポケットに入っていなかった。
「あ゛っ・・・」
俺は携帯と財布を一緒においていたことを思い出して、力無く座りこんだ。
「最悪・・・」
ポツリ呟くとこの後自分がどうすべきなのかをぼんやりと風景を見ながら考え始めた。
考えているうちに色々浮かんでは消えていく。
まるで『徒然草』の書き出しみたいだ、と自分で思っては自嘲した。
方法1:ナンパをしてお金を借りる。
考察:・・・後がメンドイ。
方法2:逆ナンを待つ。
考察:さっきから誘われるけど、自分の好みがまったくいない。
そう思って辺りに視線を張り巡らせた時、何となく引きつけられて、目の前の女の人と目が合った。
ドクッ・・・
一瞬にして射抜かれた。
そんな痛みが胸の奥で沸き起こった。
それからとても印象に残ったのは捕らえて離さない、心を鷲掴みする瞳だった。
気が付けば「買わない?」なんて、あたかも体目的な事を持ち出してしまって、彼女の「温かさ」を知った俺は後でどれだけ後悔しただろうか。
(こんなことしたら、高原さんに怒られるし・・・つか、犯罪になるよな・・・)
と、心の中でいつもお世話になっている6歳上の兄貴的存在に謝った。
それを不思議そうな顔をした目の前の彼女が、持ち前の大きな目を整った顔に浮べている。
俺の勘が正しければ年上っぽそうだけれど、何も考えなければ俺とタメかもしくはまだ高校生のようにも見える幼さを残していた。
腹をすかせた俺は彼女にご飯をご馳走される事になった。
帰り道に通った商店街は、普段の俺にはお目に掛かれないような下町風の雰囲気がまだ残っていて、庶民の台所ってところがすごく温かかった。
途中立ち寄った店で買い物をしながら辺りを見まわした。
仕事にも使えそうな趣が何となく気に入った。
彼女は嬉しそうに品物を眺めながら選んでいるけれども、俺の空腹は限界に近かった。
「ミウちゃん、今日は彼氏連れかい?」
この商店街に来て何回も言われた台詞。
「ミウ」それが彼女の名前らしい。
彼女は何を思ってか、「彼氏」という部分には何も触れず、笑顔で受け答えを返すのみ。
たったそれだけなのに、彼女が何も否定しないことがなんとなく嬉しかった。
とりあえず彼女の部屋に上がり、彼女は食事の準備をしてくれた。
けれど、その様子は途中で少し様子が変わって沈黙が辺りを包んだ。
食事が終わって彼女のいれた紅茶を楽しんでいると、ある事に気が付いた。
手が不自然なほど震えていたから。
「触っていい?」
「え?」
触れた瞬間、俺は“それ”に気が付いた。
彼女の腕に残る小さい傷跡。大分薄れていたけれど、彼女の綺麗な肌に主張でもするように残っていた。
彼女はこの傷を忌まわしき過去だと言った。
確かにそうかもしれない。
でも、傷はしっかりと今も残っていて、人に接する時に一種の恐怖を感じるらしい。
そんな彼女が儚くて、強くて、泣きそうで、何の理由も無く心が突き動かすように彼女を抱きしめた。
この気持ちをまだ自覚しないうちに、体が勝手に動いていた。
たとえ3日間の時間が過ぎ去っても、彼女の存在・記憶に残りたいと思ったから。
*****
触れて、唇を貪るように啄んで、舌を絡めるキスをした時間。
それだけで満足だった。
「なんかおかしいね。本当に」
不思議な感じだった。たぶんそれは両方思っている。
まだ、会って数時間。これは本当になんて言うんだろう。俺はそれを表現できる術を持っていない。
俺は彼女に最大の隠し事をしている。
美羽さんが言う学校と言うのはたぶん大学の事。
だけど、俺は今大学には行っていない。正確に言えば休学中と言ってしまったらきっと引かれて、理由を聞かれるだろうけど、それが、「多忙のため」とは言えない。
『IOR』という、もう1つの顔がそうさせる。
街中に溢れた音楽があるなかで、携帯や車1日に何回も耳にする楽曲を手がける歌手兼プロデューサー。
俺は一応、歌手と言う部類には入るけれど、今時珍しく一度もテレビには出たことがない。
美羽さんと出会った駅ビルは有名な芸能事務所の近くで、丁度打ち合わせをした帰りの出来事だった。
はっきり言ってTVは嫌いだ。
もちろんの事、雑誌ネタにされるのがもっと嫌いだ。
それをずっと社長や、マネージャーなどに言いつづけてきて、たくさんの出演依頼が来ているけれども、苦労をかけて断りつづけている。
IORとして、出したCDはデビューしてから10枚を超える。
その中の総売上は俺のプロデューサーとしての知名度とTVに出ないと言う話題性をつかんでから、1000万枚を余裕で超えるほど。
楽曲の打ち合わせで仕事相手からいつも言われるのは、決まって「男の方だったんですね」とか、「結構、若いんですね」とか、「TVに出たら売れる顔なのに」という声ばかり。
これほどウザイのはない。
だから、TVにも雑誌にも興味を持たない美羽さんに心を開いたのかもしれない。
彼女の家に来て2日目。俺は決心した。
「美羽さん。」
「ん?」
名前を呼ぶと彼女は呼んでいたハードカバーの本から視線を上げて、立っていた俺の方を見上げる。
心拍を速めながら言葉の続きを出そうと、必死に自分を落ちつかせながら彼女を見つめた。
「1つ隠していた事が、あるんだ」
「・・・・なぁに?」
言葉を伸ばしながら少し幼く、でも容姿に合った口調で尋ねてくる声がどことなく安心できた。
「俺さ、今学校に行ってないんだ」
「・・・どう言う事?」
「えっと、つまり・・・学校を休学して仕事してるってこと。曲作る人なんだ」
「・・・・・え!?」
彼女の大きな目が零れそうなほど大きく見開いて驚くばかりだった。
「ど、・・・・どうしよう。私、なんか有名っぽい人連れてきちゃった? ・・・えぇ!? どうすればいいの!?」
彼女が混乱している事は見ているだけでわかった。
「じゃぁ、後1日ここに泊めてよ。最初に言った通り」
俺が、彼女を見ながらいうと彼女は俺をじっと凝視して、パクパクと何かをいいたげにしていた。
「どうして? だって・・・」
「俺、まだ美羽さんと離れたくないんだ」
混乱する彼女の言葉に俺はただ、自分が思うとおりの言葉を告げて見た。
すると彼女は、突然俺から視線をそらした。
「・・・っ、だって違うよ? 普通出会わないんだよ!? それっ・・・」
視線を外した彼女の顔を、俺は左手で無理やり向かせてキスをした。
どこからか沸き起こってくる、彼女を自分のものにしたい欲望と、彼女を大事にしたい気持ちがそうさせていた。
手を手を絡め合って、体を引き寄せては強く強く抱きしめた。
彼女の目からはいつのまにか涙が溢れていた。
頭の中で、何となく書いたラブソングのフレーズが頭に浮かんでは消えていった。