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13 ご主人様、捕獲大作戦会議室より ※伊織視点

「直輝、誰のこと言ってんだ――?」


「お前、まだアイツ想ってんだよな? だから追いかけてきたんだろ?」

「あ、アイツ?」


 直輝はすごい形相をして、俺のほうに顔を向けると、まっすぐした視線で俺の目を通してきた。俺は意味も分からず言葉を返すと、直輝は少し呼吸をして言葉にした。


「美羽だよ。お前、日本でアイツと付き合ってたんだよな」

「美羽、…なんで…」

「アイツ、俺の姉貴だから」

「え、姉貴……?」


 長年悪友として連れ添ってきたはずだけど、実際は知らない事だらけだった。俺は今茫然として直樹の言葉が受け入れられない。


「お前、アイツと付き合ってんのにとことん知らないんだな」


 そう、何も知らない。

 ただわかるのは、美羽さんの存在だけだ。

 だって、俺にはそれだけで良かった。

 彼女が俺の隣にいて、彼女が俺の傍で笑っていて、愛してくれていれば、それだけでよかった。

 彼女の過去なんて俺は気にしない。彼女と、思いを通じ合わせていられれば、単純にそれだけで良かったから。


「知らなくても良かった。彼女がいれば良かったから、何も聞かなかった」

「ある意味、ゆがんだ愛情だな」


 直輝は苦笑しながら俺の顔を見ると、視線を落として溜め息を付いた。


「アイツ、こっちに来てから泣いてばかりだ」


 そう、ポツリと話し出すと、遠くを見るようにそして何かを見るように、視線を上げた。


「俺には両親がいない」

「……」


 唐突に話し出した直輝の話は知っていた事だったけど、黙って耳を傾けた。ただ唐突過ぎて、何を話しているのかも解らなかったのかも知れない。

 けれど、何だか聞かなきゃいけない気もしていた。


「俺が、中学2年。その時に両親が死んだ。交通事故で。俺たちは親戚中に盥回しにされそうになった。アイツが高1だった。色目を変えた親戚から逃げるように、俺と一緒に暮らすって決意して、それから色々と教わった」


 過去を見る目。その目は、時々見る美羽さんの目と似ていた。彼女がこの目をするときは過去を見るとき。

 とても痛くて、悲しい目。


「俺がこのフランスに入れるのも、あいつが教えてくれたお陰。俺が『K大行きてえ』っつたら、あいつは二つ返事で了解してさ。自分はなりたかったものがあったはずなのに、それをきっぱり諦めて短大進んで、会社入って俺に大学進学をさせてくれた。…俺もあんまり負担かけさせたくなかったから、勉強頑張って、特待で入ったけど…でも、」


 俺にはと続ける声に力はなく、俺を見つめ返す視線もどこか悲しげに、己の弱い部分を見せ付けていた。


「俺には美羽に返さなくちゃいけないものがたくさんある」


 その言葉に、俺は「何を」とはあえて返さない。こいつは姉と過ごしてきた年数分、姉に『母親』の影を抱いている。

 大切にしたい大事な人。

 その人を守らなくてはいけないと心から決めている。簡単に言うと、こいつなりに姉に幸せになって欲しいと願っている。


「姉貴がが泣く姿なんかもう見たくない」

「……」

「まして、男の事で泣くのなんか2度と見たくないと思ってた。美羽の元彼は最低ヤローで俺が気づいた時にはぼこぼこに殴ってやった」


 過去に美羽さんが受けた心の傷。彼女は直輝の言う最低ヤローのお陰で男に拒絶の反応を見せる。

 けど、初めて俺には拒絶の反応をしないと言う美羽さんの言葉にどこか嬉しさがあったことを今でも覚えている。


「俺が知ってるお前だからこそ、とは言わない。けど、あんなに姉貴が泣くほど好きだって言ってる姉貴見たことない。仕事のこと諦めても、お前のこと諦め切れてない美羽を、俺は見捨てて置けないから。だから、お前に、」


 直輝の続きの言葉は出る事はなかった。

 その代わりに、俺に向けられた真剣なまなざしを、俺は答えたいと思う。俺が諦めてなければ、大丈夫かもしれない。

 彼女も諦めてなければ大丈夫かもしれない。

 まだ、間に合うかもしれない。

 ちょっとの可能性にかけてみれば良いじゃないか。


「俺は何をすれば良い? もしかしたら、俺は直輝が思ってるより反対に、また美羽さんを泣かせてしまうかもしれない」

「アイツが不幸になるんだったら、俺はアイツに合わせるなんて言わない。幸せに出来るって言うんだったら、まだお前が諦めてないんだったら、俺はいいと思う。不幸にして泣かせるのは許さない。それを守ってくれたら、良い」


 どうして、掴みたい幸せは簡単に手の中からすべり落ちていくのだろう?

 どうして、君の笑顔を見たいのに逆に傷つけてしまうことになるんだろう?

 僕が見たい未来は君と共に歩む未来。君が見たい未来は僕と共にあるものかな?


「逢いたい」


 彼女に。まっすぐ、直輝に視線を向けて俺は心を決めて口にした。


「会って、まだ間に合うなら、」


 俺はあなたの隣にいる、と。最後の言葉はまだ口に出来ないけれど、直輝には十分に通じたらしい。直輝は俺の顔を見てニヤリと口の端を持ち上げると、「おう」と手を伸ばして俺の左肩に軽くパンチを入れた。

 俺は、彼女に逢いたい。


*****


 美羽さんと会う約束を直輝に取り付けたものの、俺にはまだやるべき事がたくさんあった。本当は仕事の一環でもある、この滞在のために仕事を1つこなさなければならないこと。


 『誰もが感動する音楽』


 それは何なのか、突き止めなければいけない。

 それからもう1つ。

 学校側から指定された、リサイタルの主催。仕事であまり来れない俺は、リサイタルをこなすことによって単位還元を学校側と約束していた。


 『IORI HAGA -Piano Recital-』


 小さいころからピアノコンクールに出場して、数々のタイトルを取ってきている俺は、リサイタルも仕事のうちだった。

 時期も時期なだけに、曲目は今の俺にふさわしい哀愁漂う内容が多い。しかし、最後のアンコール曲だけ、それらの流れにそぐわぬ、ラブメロディが用意されていた。

 これから一週間、俺はそのリサイタルためにピアノに専念しなくちゃならない。曲を弾いているとき、時々感じる昇華するような感覚は小さい頃から変わってない。

 むしろ、この年になって曲に対しての意識なんかも変わってきたりして、昔は苦手だった哀愁の曲も、美羽さんと離れてから一人になる時間を得たことによって、理解することが出来るようになってきた。

 人を愛する気持ち。

 心からもどかしくて、時に狂おしくて、照れくさくて声にならない叫び。

 愛とは何か。

 一人考えるけれど、何もわからない。理屈じゃないんだって思わせられる。

 それくらいに俺はあの人を愛してるんだと思う。

次回、28日です!

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