12 ご主人様を探して三千里 ※伊織視点
本家サイトから改稿しております。
伝えたいことはたくさんあった。
「待たせてごめん」とたくさん謝りたかった。謝ること以外に「愛してる」とたくさん言いたかった。
今はただあなたに逢いたい。
10時間ほど乗る飛行機は、永遠に目的地に到着しないんじゃないかと思うくらい長く感じられた。
「美羽……」
飛行機の中で何度も呟いた名前は、虚しく消えて、求めている人には聞こえない。どうしようもない心のざわめき。俺は不安で仕方が無かった。
フランスなんて、何年振りだろう。飛行機の窓から雲を見下ろして思った。
長いこと来てはいなかったけれど、きっと独特な――由緒正しいと思わせる――空気は、変わっていないと思う。
マルセイユから北へ30Kmほどのところに、アシェンヌ――エックス・アン・プロヴァンス――はある。
毎年夏に世界屈指のオペラ祭、エクサン・プロヴァンス音楽祭が開かれることで有名で、音楽祭の前後は観光客で賑わうと聞いている。
小さい頃、両親にアシェンヌに連れてってもらおうとしたことがある。でも当日になって両親たちの仕事のトラブルで予定がなくなってしまった。
飛行機を降りて、最寄り駅から乗った電車の中で、懐かしさと彼女のことが頭を占めていた。
着いてみれば、町の中には噴水が通りのいたるところにあり、古い建物からは趣が感じられる。
駅の改札を抜けて、足を踏み入れた瞬間、この町のどこかに捜し求めている人がいる。そう直感が訴えた。
大きく息を吸い込んで、逸る気持ちを落ち着かせる。深呼吸もままならいくらい、彼女を求めていた。
どのくらいで見つけられるだろうか。どうやって再び思いを伝えるか。考えているうちに、「そういえば……」とあることが頭に浮かんだ。
「ここ、あいつがいるな……」
人生の中の悪友の一人、直輝が。
思いついたが吉日のように、海外用の携帯に電源を入れる。そして、あらかじめ登録していた番号に掛けようと通話ボタンを押そうとして、一旦それを中断した。
まずは、今日からの宿探しが先だったと思った。
「観光の町はホテルも苦労するしな……」
*****
それは朝一番になった音。
Trrrr……Trrrr……
「Bonjour」
フランスに来て、鳴らなかった電話が音を立てた。
たぶん電話の主はアイツ。一声目にアイツは俺を怒るだろう。
『他人事のように電話に出るんじゃねーよ』
どうせ、お前に電話かけるのは俺くらいなもんだからな。
決まりきったように、相手は俺をまず蔑んだ。いつも決まったような、電話のやり取りに思わず懐かしさで吹き出した。。
高校入って、初めて気の合う奴が出来て、バカやって人生で2番目くらいに、ワクワクした日々を送っていた。
大学も専攻は違うけど同じ所に入った。長い付き合いのアイツが、急に留学に行くと言って旅立った日から、何度か連絡を取ってはいたけど、その声を聞くのは約半年振りのはずだ。
「あぁ、直輝。久しぶり」
『何、お前まだ寝てたのかよ? もう、昼過ぎだぜ?』
プライバシーもあったもんじゃない、そんな間柄。言いたいことは互いに遠慮も糞もなく言うから、心臓は痛いもんじゃない。殺傷もんだ。
「詞を……作ってたんだけど、浮かばなくてさ。寝たのが3時なんだよ」
『あぁ、そんなことメールに書いてたな。ヘタクソなフランス語使いやがって。解読に時間かかったぞ』
スランプとは、さぞかし苦しい事だろうよ。はっ、と苦笑いをしながら話す声も懐かしくて、俺は寝ぼけた頭を徐々に起こしていった。
「お前、まだエックスに居るか?」
『当たり前だろ、まだ俺の留学を終わらせるなよ』
「俺も丁度着てるんだ。休暇で」
『へぇ、歌手様はたいそうな休暇をなさっていますなぁ。俺の姉貴も丁度出向とかでこっちに来ててさ、部屋には呼べないんだけど、何なら俺様がフランスの観光案内をしてやろうか?』
「お前、姉貴いたのか」
『ああ、二つ上のな』
長い付き合いの仲で初めて知る、ヤツの家族を聞きながら、俺は2つと言う歳の差に敏感になっていた。
彼女は今どうしているだろうか。電話口に聴こえるヤツの声を左から右に聞き流して思い更ける。この土地にいることは八重さんから聞いて確かなはずだ。直輝に町を案内して貰って、大体の地理をつかめたら早速彼女を探そう。
『おい、聞いてんのかよ?』
「あぁ、ゴメン」
『今日は課題作品仕上げないといけねぇから時間がねぇんだけど、明日なら町を案内できる。だから、明日のこの時間に、中央大通りにあるド・ゴール像前で座ってろ』
「なんか、やたら説明が丁寧で、お前が俺に対して優しいのがキモイ……」
『案内しなくてもいいんだぞー。俺は自由にいつもの生活をするからな』
「……否定してないだろ」
直輝は時間を決めると、すぐに挨拶をして電話を切った。
明日、きちんと行動に移す。俺は、脳裏を過ぎ去っていく美羽さんの顔をもう一度思い浮かべた。
絶対に捕まえるんだ。
もし二人の運命が交差しているのならば、もう一度必ず会える。
*****
翌日、直輝との約束の時間まで少し時間があることに気がついた俺は、少しの間周辺を見回ることにした。
文化遺産に富む水と芸術の町エックス・アン・プロヴァンス。通称エックス。
地元ではアシェンヌと発音されているが、17世紀、18世紀当時の町並みが保存された美しい町だ。
ガイドブックの情報だと古くはケルト人の町、その後はローマ人の町、そしてプロヴァンス伯爵領の首都として栄えてきたエックス・アン・プロヴァンス。当時の統治者によって変貌してきたその中心地は、ずいぶん前にユネスコ世界遺産に指定されている…らしい。
マルセイユからは少しばかり離れている距離にあるため、海からの潮風の影響は少ない。
けれども、さすがの水の都と言うべきか、町の中には至るところに噴水が設けてあった。
すべての古き趣が何となく、心地がいいと思う。
丁度時間になって、約束の場所へいくと奴は相変わらず眉間に皺を寄せて待っていた。
「よう、久しぶりだな」
俺を見つけた直輝が発した第一声だ。
「久しぶり。元気そうじゃん」
「元気も何も、それだがとりえなんだからな。お前のほうは、何かやつれてんな」
直輝が苦笑いして俺の顔見ていった言葉が、何より今の俺の状態を示しいたかもしれない。
詞を作れない自分、曲を作れない自分。
こんなに何も出来なくなってしまうなんて、信じられなかった。
「あぁ、相当、参ってるよ」
「完璧主義のお前がねぇ。まぁ、良い。詳しい話はこの近くの店に入って聞いてやる。付いて来いよ」
直輝に言われて、大人しくついていくと、ミラボー通りから大きく外れた路地に入っていった。すると、こじんまりとした小さなお店に行き当たり、直輝は行きなれたようにその店に入っていった。
白の壁外装に囲われたゴシック調の建物が雰囲気を感じた。
「ここのお店、暇なときに来るんだ。ママンの料理が最高でさ」
――フランスの家庭料理だぜ。
あまり愛想がいいというわけではない、直輝が嬉しそうな顔をして話す様子を伺うに、相当気に入っていると俺は感じた。
店に入ってすぐに直輝は流暢なフランス語を使って、笑い話をしていた。俺はわけも分からず、店の店主に挨拶をしそのまま店の奥のほうの席に案内された。
おそらく直輝が何かをいったに違いない。案内されたあとに分かるフランス語で、「気兼ねなく喋っていいわよ」って言われたから。
「んで、お前どうしたんだよ?」
「唐突かよ。もう少し気を使って聞き出せよ」
「お前に遠慮は不要だと、辞書には書いてある」
俺は席に座りながら言うと、直輝は「そんなの構ってたらキリがないぜ」と俺に向かってぼやきながら、突っ込んできた。
「まぁ、大部分を省略して言うと、すれ違い……?」
「俺に聞くなよ」
「でも、原因は俺のせいだからな」
「へえ。で、何したんだよ、お前」
「4ヶ月、連絡できなかった。日本に帰ってきてみれば、彼女は行方不明。手がかりは、彼女は仕事の関係でこの土地に来ていると言うころと聞いた、のみ」
「……ふーん。で、そんな長い時間、連絡しなかったんだ?」
「俺が、……自惚れてたかも。ずっと、隣にいてくれるんだって決め付けてた……」
そう、何もかも俺の決め付けから始まった。
美羽さんは俺の隣にいてくれる。何があっても傍にいてくれる。この仕事を続けてもいいはず。時々連絡しなくてもいいはず。
すべてが俺の甘さ。わがまま。結果、彼女を傷つける嵌めになった。これは当然の報いだから。
「でもさ、逆から考えてみると、何で彼女はお前に連絡しなかったわけ?連絡しようと思えば、出来たわけだろう?」
「仕事を請ける前に、言ったんだ。あまり連絡は出来ないかもしれないって。だからしなかったんだと思う。信じてくれていたんだと思う。だけど、売名行為のスキャンダル騒ぎがどうしても手が打てなくて」
「はあ!? 売名行為のスキャンダル!?」
「つけ回されたんだ。名前を売りたい奴が、『俺』に近づいてきて。彼女のこともあったから、否定できなくて、それを逆手に取った相手がさらに売り込んで」
「そのスキャンダルを信じたわけだ。んで、泣いてここに逃げたわけ」
直輝は大きなため息を漏らした後、なぜか怒ったように俺に向かって訴えた。
「しっかし、お前もアイツもアホだろ! こっちに来て頭冷やして、やっと自分のやった事に後悔して。『どうして逃げたんだろう?』『どうして最後まで信じることが出来なかったんだろう?』ってピーピー、ピーピー、泣きじゃくりやがって。後悔しても遅いっつの」
熱くなった直輝の言葉に、俺はふと疑問に思いながら、話を聞いていた。
「直輝、誰のこと言ってんだ?」
ホント、伊織ちゃんて自意識過剰な人~。
次回、25日です!
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