11 ダメです。電池切れました!※伊織視点
ラスト5話。Hav a good holiday!
俺はすべての事に疲れていた。毎日絶え間ないテレビ出演の依頼と、楽曲作りと1つの思わぬトラブルの所為で。
1つの思わぬトラブルとは、初めてのテレビ出演以来、付きまとって来るストーカーの存在だった。週刊誌に取られた写真は熱愛的な写真ではなく、不意打ちに腕を絡まされたところを引き抜こうとしたところだった。
この熱愛報道を会社がノーコメントにした理由には、社会的立場の弱い一人の女性が、名の売れた女優に打ち勝てるのか、また好奇心の強いマスコミが、美羽さんに攻撃をかけないかが心配されたためだった。
しかし、その思いとは裏腹に相手側の会社がこれを好機と思ってか、事務所の公認と発表してしまったのだ。
これに驚いた俺と高原さん含める会社側は、相手側に猛攻撃を仕掛けた。一部報道は規制され放送禁止をしなければIORを出演拒否という条件まで出した。
そのやり取りや、仕事もろもろにより、1日の終わりに彼女へ連絡しようと試みるものの、連絡できる時間帯ではない。
声の聞けない日々が続いた。すべて無機質な時間が過ぎていく。このまま仕事を放棄してしまいたい。でも、こうやってネガティブになった時に思い出すのは、
『会える日は会えなかった分だけ一緒にいよう』
鮮明に思い出される恋人との約束だった。でも仕事の忙しさに身を流されてしまい、だんだんと恋人に会う思いが薄れていっていることに気がついていなかった。そして、自分の犯したことの愚かさに気づかされる事になろうとは――……。
美羽がフランスに発ち、しばらくしてからのこと―――。
俺は4ヶ月ぶりに休暇らしい休暇をもらえ、久しぶりに恋人の居るマンションに向かった。下町臭い、商店街を通り抜けるのが好きだったのだが、テレビに出て顔が知られてしまった今、その道を通ることが叶わなくなってしまった。
ずっと、自分のマンションの駐車場に置いてあった、お気に入りのGTRのエンジンをふかし、美羽さんのマンションの駐車場に車を止めた。
部屋の場所に着くと、いつもと違う――小奇麗になっている――玄関に違和感を覚えた。
もらった合鍵を挿して、鍵を開けると俺は茫然として目を大きく開いた。美羽さんが待っていると思っていた部屋には、荷物が1つも見当たら無かった。
彼女が置いて行ったのであろう、テレビが残されている以外はもぬけの殻だった。
肝の冷えるような、血の気が頭から引いてくのが分かるくらいに、嫌な予感でいっぱいになった。
祈るような気持ちで、急いですべての部屋のドアを開けるも、中を確認してもやはりどこももぬけの殻だった。
「何で…」
焦燥感に駆られ、思考が停止した状態で、1つ残されたテレビに目を向けた。すると、テレビの横に忘れられたようにぽつんと置いてある一枚のメモを見つけた。
私の人生に再び愛をくれて、ありがとう。
さようなら。 美羽
信じられない気持ちで一杯になった。
今は何も考えられない。まるで体の半身が抜け落ちたような感覚だ。
このメモは何を言っている?
わからない問題ばかりが目に付く。
そしてこの部屋で最後に過ごした時間を思い出してみる。
最後にあったのはいつだったか?
記憶が薄れ掛けていた。
最後に彼女はどんな風に笑っていた?
俺が彼女を傷つけた……?
混乱した頭で考えた後、すぐに管理人室に駆けて行き、美羽の居場所を尋ねた。
「あの、こちらの5階に北条美羽さんがいらっしゃったと思うんですけど。今はどちらに…?」
「あぁ、彼女なら1ヶ月ほど前に都合で出て行かれましたよ」
「つ、都合とは?」
「さぁ、詳しくは…。でも彼女、ここ数ヶ月ですごいやつれた顔しちゃって。元から細かったのに、さらに細くなっちゃって。どうしたのか心配していたんだけど…」
「…ありがとうございます」
―――― ここ数ヶ月ですごいやつれた顔しちゃって
管理人の言葉が頭に焼き付いて離れなかった。
次に向かった先は、彼女の会社だった。
美羽さんの会社なら、絶対に何かを知っている、そう確信していた。でも、知ってはいけない何かがあると、勘が頭をガンガンと警鐘していた。
会社について1つ気がついたことは、彼女の会社は社員がスーツを着ていることだった。
今の俺の格好はGパンにシャツと薄いカーディガンを羽織っていて、さらに顔にはカモフラージュ用のサングラスをかけて、明らかに浮いた存在だった。
腰の引ける状況を打破するためドア付近で気合を入れて、社員の視線を省みず、受付に一人向かっていった。
「あの、すいません」
「ようこそ、何か御用でしょうか?」
「北条美羽さん、出社していますか?」
「少々お待ちください。課のものに尋ねてみます。あちらのソファーでお待ちになってください」
受付嬢に待ちぼうけを食らわされて、10分が経とうとしたか。まだ、美羽さんの新しい情報はやってこない。
どうしようもない不安が俺を煽る。そして、時間が経てば経つほどに、自分の存在が浮いてくるのが分かる。
「お待たせ致しました。降りて来られるようなので、もうしばらくお待ちください」
そう言われて、この会社に彼女がいるんだと安堵した。
――でも部屋に置かれたメモからは何となく、ここには居ないような気もしていた。
「伊織くん?」
「美羽さ…」
待たされたソファーの頭上から、俺を呼ぶ声が聞こえて、その声が一瞬美羽さんの声に聞こえたような気がした。
でも、そこには俺の全く知らない人で、眉を吊り上げてそこに立っていた。
「芳我 伊織くん、だよね。私、美羽と同じ課で高校時代から親友の藤崎八重って言うの。よろしくね」
「あの、」
どうしてここに、彼女が居るのかが分からなくて尋ねようとしたが、それよりも早く手のひらでストップをかけられた。
「君が言わんとすることは良く分かってるよ。美羽の居場所を聞きたいんでしょ。でも、今の私は言いたくないの」
「なぜ?」
「これ以上美羽を傷つけて欲しくないからに決まってるからでしょ」
ロビーに響いた八重さんの声が、あたりの社員の注目を浴び、少しだけ気迫に恐れを覚えた。
「私は、君が誰だか知ってる」
「…」
「今、一番売れてる顔だもの。でもね、私が一番許せないのは、その仮面を剥いだときの君なんだよ」
「…」
俺は痛いほど彼女の言いたいことが判って、黙って聞いてるしかなかった。
「どうして美羽があそこまで傷つけられなきゃいけないの?どうして、美羽が倒れるまで、君を待ち続けなきゃいけないの?」
八重さんの思わぬ言葉に胸が締め付けられるように、ぎゅうと悲鳴を上げて縮こまった。
まさか美羽さんが倒れるなんて!
俺を癒す空気がこの世から消えてしまうかもしれない恐怖を背負った。
「倒れるって、美羽さんいつ倒れたんですか!?」
「君の報道があってからだよ。美羽は泣いてた。『どうして否定してくれないの?』とも、『会える日』をずっと待ってた。連絡だって!」
「あぁ…っ、くそっ!」
俺は自分が今重大なものを傷つけ、そして失くしたことに気がつき、その怒りをぶつけることができなくて自分に苛々した。
「…こっちが否定をすれば向こうの会社が美羽さんに対して嫌がらせをしただろうし、マスコミからのバッシングも半端じゃないことが分かっていた」
言い訳染みた事だけど、少し落ち浮いてから、八重さんに向かって成り行きを話し始めた。
「社会的立場の弱い美羽さんに耐えられるのかと思ったとき、そのことで美羽さんを傷つけるなら、黙秘しておくほうが、いいと思った」
「じゃぁ、どうして美羽に連絡しなかったのよ?」
「連絡しましたよ、けど携帯の電源入ってないって言われて、」
「会いに来ればいいじゃない」
「日本に居れば、そうしてましたよ!」
「! でも、君毎日のようにテレビに出ていたじゃない」
日本に居れば、連絡をしていた……。
俺は今にも後悔に押しつぶされそうだった。
「2ヶ月間、美羽さんに会うために毎日死ぬほど、スケジュールをつめて、まとまった休みをもらおうとしたんです。そしたら、プロデュースしている歌手のトラブルが起きて、
それからさらに長い時間、交渉と撮影で海外に行っていたんです」
美羽さんに会えなかったことの成り行きを、八重さんに話すと「…でも、長いわ」と悲しそうに俺に言った。
「美羽は言ってた。『自然消滅なのか』って。人を待つのに、3ヶ月も4ヶ月も長すぎるよ」
「そう、ですよね……」
あまりの悔しさに硬く握り締めた拳を緩めることが出来ない。
俺は俺を許せずに俯いた。
「でも、辛いときに安らぐ場所にたどり着くと、お互いにとって負の道を歩むことになると思ったから、連絡できなかった。・・・今となっては、ただの俺のわがままだったんですけど」
そう最後に言うと、丁寧に八重さんに向かってお辞儀をし、「忙しいときにすいませんでした」と一言つげ、背中を見せた。
「エックス・アン・プロヴァンス。フランスよ」
彼女の声に振り返って目を見張ると、八重さんは苦笑しながら、でもどこか救いを求めた目で訴えた。
「美羽は、そこにいるの。それだけしかあなたには言いたくないの」
八重さんはスパッと言い切ると、今度は彼女が背中を向けて「じゃぁね」と言って去っていった。
「フランス」
やはり、美羽さんはここには居ないと感じていた勘は正しかった。大切な小鳥が逃げた場所。傷つけてしまった小鳥が逃げた場所。
「エックス・アン・プロヴァンス」
そこは、芸術と水の都だった。
彼女の後を追いかけようと思いを募らせる。恋しいと思うことは彼女の他にも居たことがあるが、愛おしいと思うような女には出会ったことがなかった。
愛おしいと思うこと、これこそが恋愛なのか?
初めての気持ちに気づいたとき、俺は相当戸惑った。彼女にとっての“初めて”を貰った時、彼女を自分色に染めれたことが、何となく嬉しかったし、大切にしたいと思った。
大事にしすぎて、どうすればいいのか分からなくなったことがあったのも、彼女が初めてだった。
触って強く握り締めれば、壊れそうなくらいに彼女はとても細かった。それと同じように彼女の心も繊細だった。
彼女と離れた数ヶ月。
色んなことがあった。
売名行為のターゲットとなってパパラッチに追いかけられたこと。レコーディングミス。交渉白紙。
様々なことがありすぎてとても疲れた。日々が過ぎていくにつれて、彼女に会うことに諦めを覚えてきた。
けれど、疲れたときにふと思い出す記憶の中の彼女の微笑が、いつも俺を癒していた。
終わりのない仕事。
終わりのない創作。
―――彼女が俺の手から離れたと分かって以来、生まれて初めてスランプに落ちた。
*****
「詞が書けない?」
「はい、この前の休暇からずっと魂が抜けたようにソファーに項垂れて」
IORの所属する事務所の社長室では、部屋の主と高原が頭をくっつけるようにして話し込んでいた。
「一筆も進んでないのか?」
「はい。依頼が来ていたところの3分の2を伊織自らが連絡をしてつき返してしまって……」
「あいつに何か遭ったのか?」
「それが…」
社長の質問に高原は言葉を濁すと、ちらりと社長室の扉の向こう側にいるだろう伊織のほうを見た。
「……別れたみたいなんです」
「別れた?」
「いや、でも別れてはないですね。えーっと、…伊織が帰国してから、彼女の家へ行ってみたら、彼女の姿が消えていた、と」
「一方的に別れられた、そういうことか?」
「分かりません。伊織が口を割らないので。でも、私の推測だと、この前の伊織のスキャンダルが影響しているのかもしれません」
高原がそう言い切ると、永井は開きかけた口を引き結び、高原を見てドアのほうに目線を向けた。
「立場的に傷つくのは、彼女のほうだからと思って守ったものが、実は違ったということか?」
「…彼女は恋愛に恐れを抱いていたと聞いています。今回の行動は傷つきたくないがための行動だったのかも知れません。それに伊織は4ヶ月近く彼女に手紙も、メールも電話も何も連絡していなかったと思います」
「4ヶ月!? アホじゃないのか、アイツ! …なるほどねぇ。可愛い商品よりもその彼女を弁護するお前もお前らしいなぁ。俺が一方的見解になることを避けるように施すお前は、やっぱり業界一だよ」
「それは、喜んで良いんですかね? 私はこれをいったら伊織に怒られますよ」
高原は二人を見守ってきたからこそ言えることを言ったまでだった。そうでなければ、互いを好きあっているのに、離れていることの方が辛いことを彼自身が身をもって知っているからだ。
彼女があの雑誌を見たとき、どうだったであれ自分もフォローの電話を入れるべきだった。二人の交際を認めた会社側だからこそ、しなければいけなかったのかもしれない。
たかが男女間の恋愛といえども、高原はなぜか二人を離してはいけない気持ちになっていた。まだ間に合うならば、伊織を彼女の元へ今すぐ送ってつれて帰って来いと。
「伊織に休暇をお願いします」
どちらの傷ついた天使も、その傷を癒せるのは互いだけだ、とはまだ気づいてはいない。
――彼らには時間が要る。また、互いが向き合って笑いあう様子を、遠くから見守りたいと思う自分だからこそ。
4年間伊織を見守ってきて、一番大人へ成長した時だったからこそ。
「復帰するときは、誰もが涙する曲じゃないと、許さねぇとでも言っとけ」
――二人はすれ違っても、一目見ただけで振り返れる。
振り返ればまた距離は縮められる。
「伝えておきます」
――だから、手放すな。
なんて言い訳がましいんだよ! とか思いつつも、手直ししない辺りがまだまだずぼらなのです。
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