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09 仔犬な青年、テレビで唄う

≪伊織Side≫


 社会での評価なんてどうにでもなると思ってた。ただ、自分の納得がいく曲を作っていたかっただけだ。

 高校の頃、課題で作った曲があまりにも出来がよくて、親友に笑い事として聞かせてみた。すると、そいつが曲を聴いて思い浮かんだイメージをジャケットにして、興味本位でレコード会社や芸能プロダクションに送りつけた。

 運がいいのか、その曲がたまたま(げつく)9の主題歌に使われ、世間に俺の曲が知れ渡った。思ってもいないハプニング。

 それからというものの、スカウトに来たレコード会社やプロダクションが、休みの日を狙ってこぞってやってきた。


 でも正直に、芸能界には興味なんて無いというと、スカウトマンは声を合わせて「君のその容姿なら、テレビに出てからも売れること間違いなしだよ」と、まるで勇気づけるかのように言った。

 ――顔が出ないと売れない曲なら作らない方がマシだ

 そう反論すると、はっきりと画面の中に自分が映る気が無いことを主張した。すると、ほとんどのスカウトマンはその考えを甘すぎだと評価し、帰っていった。

 でも、ただ1人。現在所属している会社の社長は違った。


現在(いま)うちの弱小な事務所に、1人売り出したい奴が居てね、どうしても音楽を強くしたい。君にはプロデュース面で活躍してくれると助かる。今君がテレビに出たくない、姿を隠していたいと言うのならそれでも良い。でも、本音としては“いつか”は覚悟をして欲しいとは思っている」

「いつかはテレビに出ろって事ですか?」

「ははっ……強制はしないよ」


 永井(しゃちょう)は26歳にして、大手芸能プロダクションをまとめ上げた1人だった。その独特な会話の流れに、俺は徐々にこの会社ならと思うようになっていた。


「いつかは、すぐってことじゃないですよね」

「そうだね。すぐじゃない」

「売り出したいヤツってのは?」

「外で待ってるんだけどね、いつ帰れるか分からないといったのに『自分のプロデューサーになるなら一目見ておきたい』と聞かなくてね。会ってくれる?」


 それが、俺がこの世界に入ったきっかけ。

 プラスこの業界一番の悪友との出会い。そして、今――俺は社長室に呼び出されて、社長からの言葉を待っている。


「IORとして、正体を晒すことは自由が利かなくなるということだ。しかし、俺の願いはお前はお前らしくいて欲しいと思ってる」


 30代になって“それらしい”風貌に包まれた社長は、俺に自分の信念を曲げるなと言った。


「俺は何も失わない。守る者は強いから。テレビに出て騒がれるのが嫌悪感たっぷりだけどね。でも、一度世間に晒されるのも悪くないかとも思う」

「…そうだな」


 美羽さんを守るのは芳我伊織(おれ)であり、IORでありたいと思う。これからは大切な物を守れる力を蓄えよう。そして、自分の歌を、曲を奏でていくために。


「それじゃ、行くか」


*****


≪美羽Side≫


 IORのテレビ出演が決定してから、雑誌やテレビ番組では、今か今かと出演カウントダウンをし始めるほど世間を騒がした。

 雑誌の特集には様々なトピックが立ち並び、特に多い事柄は、『IORのテレビ出演決定! あなたはIORを見たい派!?それとも見たくない派!?』で一般人に聞いたアンケート結果は75%で見たい派だった。


 その理由として、今まで見たことも無い人がすごい曲をヒットさせ続けているのに、テレビに出ないことの方がおかしい、と俺を変人扱いする意見が圧倒していた。

 見たくないという側の意見としては、テレビに出てきてイメージを壊されるのが怖いという意見が多かった。


 ちょうど雑誌を読んでニヤついていた時、仕事机(デスク)から見ていた八重は、いつの間にか後ろからそろそろと近づいて、「何見てるのよ」と耳元で囁いた。


「うわっ!…もう、脅かさないでよ」

「何よぉ。仕事中に雑誌なんか読んでるあんたが悪いんでしょぉ?」

「だって、仕事来ないから暇なんだもん」


 八重の言葉にふてくされながら、私は目線を再度に落とした。


「あぁ、IORね。とうとうテレビに出るらしいじゃない」

「…そうね」

「いったいどんなお顔をしていらっしゃるのかしらね? 20歳らしいじゃない。あん

たの彼氏と同じ年…ねっ」


 そう言って、八重は私の額にデコピンをした。「痛っ」と声を漏らしながら、雑誌を机に置くと携帯を手にしてそれを裏返した。

 ホントは携帯の裏というより、その中にある電池パックには、デートの時に撮ったプリクラが一枚張ってある。


「何、携帯の裏見つめてるのよ」


 私の不思議な行動に、八重は1人眉をひそめた。けど「なんでもない」と短く返事して、机に置いた雑誌のアンケートに視線を落とした。


「IORなんて、テレビに出なければいいのに」

「はぁ?」

「そしたら…」


 一緒にいられるのに。言葉は、胸の中だけにしまわれた。


「そしたら何よ?」

「何でもな~い。これから伊織くんに会えなくなっちゃう」

「ずっとじゃないでしょ。何死にそうな顔してるのよ」


 八重はただ、おかしな発言に疑問を持っていた。


「てか、美羽の彼の名前を初めてちゃんと聞いたよ。“伊織”くんって言うんだ」

「うっ」


(自分としたことが、うっかり伊織くんの名前を出すなんて!)


 焦りながらも少々後悔をし、これからどうやって伊織くんのことを誤魔化していこうかと瞬時に考え始めた。

 しかし、当の八重は現在そのことを全く知らから、まだ心の余裕は保たれた。でも、伊織=IORは今日、夜の生歌番組で登場することを、誰もが知っていたのだった。


 そして、運命の時間――


『さて、今日は皆さんがご期待なさっているゲストが登場します』


 その番組は全国ネットの大手テレビ局が放送している歌番組だった。

 伊織くんがメールで教えてくれたんだけど、IOR初出演枠を獲得するために、裏では計り知れない取引がなされていたというから驚きだった。


『では参りましょう。今日のゲストの登場です!』


 まずは、見知っている歌手やアイドルグループ、そしてLenが紹介され、次に伊織くんが紹介た時、スタジオのファンもサクラの人も声が出ず、ただ、その登場を固唾を飲んで待っていた。

 お馴染みのゲスト登場の音楽が鳴り、拍手と共に初めて伊織が画面に顔を出したのをテレビの前で貼り付くしかなかった。


『それでは先週から引き続いて登場してもらっているLenさんと初登場IORさんです!』

『こんばんは』

『どうも。初めまして』

『こちらこそ初めまして。今日は、IORさんの芸能人生初めてのテレビ出演だそうで、どうですか? スタジオの感じは』

『そうですね、いつもはレコーディングスタジオとか、会社とか自宅とかにしか行かないので、不思議な感じがします』

『へぇ。ということは、いつもテレビ局は素通りですよね』

『まぁ、そうですね』


 テレビの前の美羽、は画面の中で微笑む伊織を祈る気持ちで見つめていた。


『IORさんは普段何していらっしゃるんですか?』

『普段は大学行ったり、会社で打ち合わせしたり、ここにいるLenのレ

コーディングに付き合ったり、のんびりしたりしてますよ』

『大学に通っていらっしゃるんですか?』

『一応ですね』

『へぇ! でも、IORさん学校だとモテるんじゃないですか?』

『それは無いですね。女の子苦手だし』

『なるほどぉ。…と、IORさんがおっしゃっていますが、Lenさんはどうですか?』


 隣にいたLenは司会者の質問に軽く頷いて、


『そのまんまです。会うときは必ず電話をかけるんですけど、本当さっぱりしたヤツで、常に曲を考えてますよ』


 それ以外もありますけどね。苦笑を交えた言葉に何となく、テレビの中で喋っているLenの心の声が聞こえた気がして、なんとなく胸がどきりとした。


『あ、準備が整ったようです。IORさんスタンバイをお願いいたします』

『ハイ』

『LenさんはいつもIORさんに、作詞作曲のプロデュースをして貰っていると聞きますが、実際に今日、IORさんがテレビにご出演していることをどう思いますか?』

『そうですね。俺が思うには、今回は相当な覚悟が必要だったと思います。でも、俺は生歌を聴いたことが無いので、非常に今日はドキドキしています』

『はい、私たちもドキドキしています。それでは曲に行ってみましょう。IORで“恋想(れんそう)”、引き続きLenで“夜曲”をお送りします』

それでは18日にお会いしましょう。

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