9、禁じられた遊び(1)
えー、書き進めるといろいろ不都合も出て来たので、「残酷な描写あり」に指定することにしました。そこまでひどいことは書かない予定ですが、一応殺人者の描写が入るので‥‥。 念のためです。
ともあれ、ウィズの言うとおり、その日からミギワの態度は、かなり変わった。
相変わらず会話には無関心だったが、これこれをしろと指示したら、黙ってやるようになった。
他人の体を使っている様子もなかった。
その日は大人しくウィズのベッドで寝て、喜和子ママの話によると、お風呂もウィズとふたりで入って支障なかったそうだ。
怜さんが言ったような、大人を試すような言動は、この時点では見られない。
ホッとする反面、こんなに楽なはずはないぞと、かえって要らぬ不安がよぎる。
次の日、ミギワはウィズの車で中央病院へリハビリに行った。
午前中は健康診断をして、午後はスタッフの先生に可愛がられながら、2時間ほど運動して戻って来た。 みんなに頑張った頑張ったと誉められて、ミギワも満更ではないみたいだ。
「ミー君お帰りなさい。 いっぱい動いて疲れたでしょう。
すごく頑張り屋さんだったって、先生たちが誉めてたよ」
リハビリから戻って来たミギワを、駐車場まで迎えに出た。
「3時のおやつがあるから、喜和子ママんとこに行こうか」
するとミギワは、わざわざ体をひねってあたしの顔をまじまじと見た。
いつもは目なんか合わさないのに。
「お前は家族じゃない」
いきなり低い声で言われて、息が止まった。
「お前は食べる時だけいて、夜寝るときは居ない。
どこかに消えるのは他人だからだ。 お前はおかしい」
なんと、いきなり全否定。
昨日叱ったから、嫌われちゃったのかな。
そう思って固まってるあたしに、車椅子を押していたウィズが笑いながら説明してくれた。
「美久ちゃん、ミギワは質問がしたいんだよ」
「質問?」
「美久ちゃんはずっと如月家にいて、ご飯も一緒だから、ここの家族かと思ってたのに、夜はいなかった、どこに住んでるどういう関係の人なのかって」
ああ、そういうことか。
会話の形式を知らない。
と言うより、どう話せば相手がどう感じるかの洞察をつける癖がまるでない。
「そっかー、夜いなくなったから不思議に思ったのね。
あたしんちは、ここから3ブロック先にあるマンションよ」
あたしは車椅子と一緒に歩きながら、自宅の方向を指差した。
ミギワの顔を覗きこむと、相変わらず無表情ながら、あたしの目をキッチリ見返して来た。
痩せこけて尖った頬、痩せているのにゆるんだ筋肉。
ミギワの欠点はとにかく、一見して不気味に見えることだった。
体重や運動能力は、ここにいる間にリハビリで改善されるだろうけど、視線や言葉のもって行きようは、意識して直さなければならないだろう。
「ミー君、あたしのことは、『お前』じゃなくて美久ちゃんて呼んでね。
わかったら、うんって言ってみて?」
「‥‥うん‥‥」
ミギワが初めて返事をした。
それまで反抗的に見えていたのは、無言だったせいなのかもしれないと気づいた。
ミギワが「ウィザード」でおやつを食べている間に、あたしはウィズの部屋にミギワの着替えを取りに上がった。
ミギワは赤ちゃんのように、食べ物をボロボロこぼす。
食べた後は一式着替えさせないといけないので、愛児院ではミギワが箸を持つのを嫌がり、ずっとスプーンで食べさせていた。
ミギワの荷物は、ウィズの部屋のベッドサイドにあった。
そのへん一帯が、ミギワの物で占領されていたといった方がいいかもしれない。
着替えを出していると、前触れもなくドアが開いた。
「あれ、ウィズ」
魔術師は、彼独特の身ごなしで、猫のようにドアの隙間から滑り込んで来た。
「何か取りに来たの?」
急いで上がってきたように見えたのでそう聞くと、
「うん、美久ちゃんのここ‥‥」
言いながらウィズはあたしを抱き寄せた。
わー。 なんだなんだ、いきなりディープキスだし。
気分屋ウィズのキスは、大体いつも突然だ。
でもって、あたしは大体いつでもOKだ。
どちらかの口の中に、爆弾でも詰まっていない限り。
無香料パールピンク春の新色ルージュが、すっかり台無しになってしまった頃、あたしたちは体を離した。
「もしかしてウィズ、このキスのために上がって来たの?」
気が済んだらしい様子の恋人に、半分呆れて確認する。
「そうだけど‥‥もっと違うこともしようか?」
「じゃなくて!! わざわざ来たのかって意味!」
てか、違うことって何!
「だって今なら、ミギワも怜も来ないんだ」
あたしは笑い出した。
要するに、昨日怜さんにキスハグ禁止令を出されたのを気にしてるわけだ。
「ウィズ、可愛い」
笑ってるうちに、右手の小指に痛みを感じた。
見ると、小指にテグスのような細い糸が絡まっていた。
糸の出先は、ミギワの荷物を入れて来た大きなバッグのポケットだ。
さっきキスされた時に、思わずそこに手をついてしまったらしい。
糸は引っ張っても緩めても外れなかった。
手先の器用なウィズがやっても同じだった。 外れるどころか、いじるほどにきつく締まって来て、終いには爪の先が紫色になった。
「痛い、痛いよもうダメ。 何か道具を持って来なきゃ」
「切るしかないか」
「でも、ミー君が大事にしてる物だったら‥‥」
その言葉を聞いた途端、ウィズの表情が一変した。
彼はカバンのチャックを開いて、糸の先に繋がる物を引っ張り出した。
丸めて団子にしたテグスのように見えるそれを、ウィズが指先でほぐして行く。
「これはミギワが大事にしてる物、ミギワが自分で作った物‥‥」
取り憑かれたようにつぶやきながら、魔術師は糸の塊を解体する。 ただの糸の塊に見えていたそれは、実は不細工に編まれた網のような物だった。
「これはお手製の霞網だな」
そうしてほぐれた糸の真ん中から最後に出現したのは、黒ずんだ毛玉のような、生き物の気配がする気味の悪い塊だった。
「それ、何なの?」
「スズメの羽毛だな」
「スズメ!?」
驚愕するあたしを無視して、ウィズは羽毛を掻き回しながら、中に籠った残留思念を読み始めた。
「このスズメはもう死んでる。 これも。 これも。
これは‥‥いや、これももう死んでるな」
なんだろう。 何かとんでもないことが発覚しつつある。
しばらくして、ウィズは叫び声と共に立ち上がった。
つられてあたしも立ち上がり、彼の視線を追って部屋を見回す。
「まだいる。 この部屋にいるじゃないか!」
「な、何が?」
「どこだ。 白い袋。 ベッドの中。‥‥いや、下かも」
ほどなくあたしの魔術師は、ベッドの下に押し込んであった白いビニール袋を見つけ出した。
中身を引っ張り出して思わず悲鳴を上げた。
灰色と黄色、ツートンカラーの鳥。
見覚えのあるオカメインコが出て来たのだ。
「クレソン‥‥なんてことを!! 死んじゃってるの?」
「まだ生きてる。 きっと酸欠なんだ、病院に連れてかなきゃ」
ぐったりしたインコは2度目だ。 でも今度こそ、クレソンは瀕死の状態だった。
「スズメよりもっと大型の鳥が死ぬところを見たかったんだな」
車の中で、ウィズがつぶやいた。
つまり、ミギワのしわざだと、しかも死ぬとわかっていてやったのだということだ。
「この子は悪魔よ、悪魔です!」
またあのシスターの泣き声が、耳によみがえった。