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8、ファーストコンタクト

 

 

 「ミギワくん。 ウィズから出なさい」

 あたしはなるべく理性的に言った。

 張り手食らわした後で今さらだけど、やらないよりましだ。

 

 「キミはここにリハビリに来てるの。 体を鍛えるのよ。

  他の人の体を使ってたら、来た意味がないでしょう?

  自分の体に戻りなさい。 そのあとご挨拶よ」

 ウィズは無表情だった。

 もっともこれはいつもの事だ。 違っているのは、少しも視線が合わないことだった。


 あたしの魔術師は普段、失礼なくらい人の顔を覗き込んで話す。

 ミギワ・ウィズはその逆だ。 相手が話している間中、そわそわとよそ見をする。

 そして、あたしがまだしゃべってるうちに、口の中で何か言い始めた。

 

 「開けてみた。 中ぐちゃぐちゃやろ。

  ヨガレや、へそオンナ」

 「‥‥え‥‥?」


 意味はわからなかったが、背すじを冷気が駆け抜けた。

 人と対面してるのに、台詞は『独り言』だ。

 それはまるで呪いの呪文のように聞こえた。

 この子は悪魔だ、と泣き叫んだ若いシスターの声が耳によみがえった。

 

 あたしはジリジリとミギワ・ウィズから離れ、怜さんに囁いた。

 「言葉が通じないのかしら‥‥?」

 「いや、わかってんだよ。 こっちの言うことは聞いてる。

  会話する形ができてないだけだ。 かなこちゃんと同じさ」

 「でも‥‥」

 かなこちゃんは会話のルールがわからなかっただけで、会話したいと言う気持ちは、言葉でなく全身から伝わって来ていた。

 この子からはそれを感じない。

 大体、相手を人間として認めてるとも思えない。

 なんなのよ、へそオンナって。

 ウィズにヘンな言葉しゃべらせないでよ。


 「美久ちゃん、大体わかったから、もうこういう時は相手をしないってことにしないか?

  俺たちはミギワの体の中にいるミギワしか構ってやらない。 そう決めようぜ」

 怜さんはあっさり言って、ミギワのぐったりした体を乗せた車椅子を押し始めた。

 あたしと喜和子ママも、すぐにミギワに駆け寄って、わざと親切に語りかけた。

 「ミー君、お部屋に入ろうねー」

 「なあに美久ちゃん、ミー君って」

 喜和子ママが笑い出した。

 「だってミギワくんって呼びにくいんだもの。

  いいでしょう、ここだけのニックネームがあったらステキじゃない」

 「そうねえ。 じゃあわたしもそう呼びましょうか」

 「洋服一揃い買っといたけど、大きさ大丈夫かなあ。

  あとで着てみようね、ミー君」


 3人がかりでちやほやしながらミギワをエレベータに運んだ。

 ウィズは玄関ホールにポツンと取り残されて、無表情のまま固まっていた。

 「コロ、行くぞ」

 わざと事務的な声で、怜さんがウィズを促した。

 置いてけぼりにしちゃうと、ミギワだけじゃウィズの部屋がわからないからだ。

 

 ミギワ・ウィズは胡散臭げに怜さんの顔をひと睨みしてから、くるりと回れ右して走り出した。

 「ミー君!」

 「放っとけ。 かまって欲しけりゃ、自分の体に戻る」と、怜さん。

 「違うわ、外へ出て行く。 危ないわ」

 あたしはエレベーターを飛び出して、ウィズを追いかけた。


 嫌な予感がした。 ウィズのような直感じゃないけど、あたしにだって洞察力から状況を予想することができたりするんだ。

 もしもあたしが、殺したいと思ってる相手の体に入って、自由に操れるとしたら何をするだろう?

 手っ取り早く自殺とか考えないだろうか。

 

 「ウィザード」の中なら、刃物がある。

 でもミギワは店を知らないはずだ。

 だったら、表通り。 車道。 飛び込み‥‥。


 エントランスから表へ走り出す。

 さっき車を降りた場所を、ウィズが走って行くのが見えた。

 やっぱり車道へ向かってる。

 心臓がギュッと縮んで悲鳴を上げた。

 「ミー君、ダメよ! 止まって!!」

 叫びながら全力で走った。 後ろから怜さんも走って来る。


 ウィズの走り方は不細工だった。

 もともと運動不足なんだけど、そのせいだけじゃないだろう。

 多分、身長体重の具合に慣れてないウィズの体を使いあぐねて、手足が余ってバラついてるんだ。

 ガードレールを乗り越えようとして、ウィズがけつまづいて転んだ。

 その間、怜さんがダッシュで追いついた。


 後ろから拘束しようとする怜さんと、暴れるウィズが歩道でもみ合いになる。

 怜さんの顔を、ウィズが殴りつけるのが見えた。

 ガードレールまで吹っ飛んだ怜さん、でもさすがに殴り返さない。

 「やめて!」

 あたしはウィズに抱き付いた。 と言うより飛びかかった。

 怜さんもろとも、勢い余って押し倒した。


 気がつくとあたしは、暴れるウィズのお臍のへんに馬乗りになって、胸倉をつかみながら叫んでいた。


 「ミー君は馬鹿よ! なんでわかんないの?

  ここの人は、今ひとり残らずキミの味方なんだよ。 でもウィズを殺したら、世界中でキミの味方はひとりもいなくなっちゃうのよ?

  喜和子ママは息子を殺した人の面倒なんか見れないわ。

  怜さんはお医者様だけど、ウィズを殺したキミを絶対憎むわよ。

  あたしは、あたしはウィズが死んだら‥‥死んだら‥‥」


 そんな悲しい想像をするのはごめんだった。 考えただけで、涙がやたらと出て来る。

 ウィズが死んだら、多分あたしも死んじゃう。

 もし死ねなくても、ウィズのいない世界でそのあと何が起ころうが、もうどうだってよくなっちゃう。

 

 「そりゃいいわよ。 あの古臭い施設で、シスター達に悪魔呼ばわりされながら、倉庫のベッドで一生送るのがキミの望みならあたしは構わないわ。 

  馬鹿げた人生だとは思うけど、好きでやるならやればいいと思うわ。

  でもウィズはキミがホントの幸せを知らなきゃダメだって言ってるの。

  そのために大金使って自分の時間を犠牲にしてくれる人なんて、この先絶対出てこないんだからね。

  あそこから抜け出すたった一度のチャンスなのに、なんで受け取らないのよ!?」


 ミギワ・ウィズの顔に、あたしの涙がパタパタと落ちた。

 ミギワに対する同情の気持ちはなかった。

 悔しかった。

 ウィズの思いも喜和子ママや怜さんの気持ちも、何もかも踏みにじろうとするミギワの頑なさと、そんな状況で何も役に立てない自分が、悔しくて歯がゆくて腹立たしかった。

 怒鳴っているうちにたまらなくなって、ワッとウィズの胸の上に泣き伏してしまった。


 

 ふっと、誰かの手があたしの頭を撫でた。

 顔を上げて、涙をまぶたから払い落とすと、ウィズの目があたしの顔をじっと見ている。

 「出てったよ」

 ウィズが言った。

 どこが変わったわけじゃないのに、ウィズがウィズの中身を使って喋っていることがすぐ分かる。

 魔術師はアスファルトに肘を突いて、ゆっくり首を起こした。

 「ミギワは自分の体に戻った。 美久ちゃん、ありがとう。

  泣きながら叱ってくれた人なんて、この子には今まで存在しなかった。 こんなに自分と真剣に向き合ってくれた相手と、ミギワは初めて会ったんだ。

  ショックを受けてるから、これからは少し態度が変わると思う」


 ちょっと待ちなさい。

 「もしかして、計画的だったんじゃないでしょうね?」

 あたしはもう一度ウィズの襟がみをつかんだ。

 「わざとミギワに体を譲ったんじゃないでしょうねえ」

 「‥‥美久ちゃん、人が見てるよ」

 「こんな時だけ普通の人に戻るな!」

 「この姿勢、絶対エッチなことしてるみたいに見えるよ」

 「やーかーまーしーいー!」

 ウィズが殺されると思って、心臓が1回死んだんだから。

 あたしの涙と怒りを返せ。

 

 「いい加減にしろ、路上でいちゃいちゃいちゃいちゃ、このバカップルが!」

 怜さんが立ち上がって、ウィズの頭を革靴の足でゴンゴン蹴りつけた。

 そして次の一言で、悪意としか思えない宣告をしたのだった。


 「お前ら当分、ボディランゲージ禁止な。

  ミギワが動揺するから、キスも、エッチもハグもだめ」


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