7、いきなり勝負あった
やってしまいました。 吹雪クンの部屋は、第1話で2階でしたが、第2話で7階に引っ越しております。 うっかり忘れて2階のままでミギワを入れてしまってましたので、一部修正を入れました。 詳細については活動報告でも書いておきます。悪しからず。
「ミギワが来る!!」
愛児院の院長からの電話を切って、ウィズは叫んだ。
あたしたちはウィズのマンションに駆け込んで、2階の空き部屋を整備し始めた。
「とにかく凶器になる物は封印ね」
「何も持って来てないからいいよ。
あ、僕のベッドこっちへ運んで貰って」
「ミギワくんに譲っていいのね?」
「使ってないから。 でも窓際はやめた方がいいな」
ウィズはミギワのために、前に住んでいた2階の部屋をもう1度借りて内装をミギワ用にやり直した。
今ウィズが住んでいる7階の部屋では、手すりひとつ自由に付けられないとわかったからだ。
2階の部屋はもともと事務室のような部屋なので、床に段差がなくて車椅子が入りやすい。
そこに歩行用の機材と、可動式の手すりを何台も導入して、完全なバリアフリー状態を作った。
車椅子のミギワが、リハビリして歩行器を使えるようになり、最終的にひとりで歩くことを想定してあらゆる工夫が凝らしてある。
口で言うのは簡単だけど、マンション内部を勝手に工事できないので、ものすごい手間をかけたのだ。
まずウィズは専門のコーディネーターをひとり雇って、室内を採寸させた。
「部屋全体を巨大なリハビリ機材と考えて改装してください。
テレビのセットみたいに、壁や床ごと作って構いませんから」
しかもそれだけの工事をこの短期間でやらせてしまった。
たった3ヶ月のためにどれだけお金がかかったのか、怖すぎて聞けなかった。
離乳食程度の固形物しか食べられないミギワのために、食事も手配した。
プロの栄養士や調理師と契約して、出来た物をその都度届けて貰うつもりらしい。
怜さんにも協力して貰って、大学病院を予約した。
毎日の筋肉トレーニング。
被虐待者のための精神医療ケア。
栄養状態などの健康相談。
「やらせておきなさいよ。
どうせいっくらお金が儲かっても、使うことがない子なんだから。
食べ物にも着る物にも、なーんにも興味ないでしょう。
他人のために使うっていうなら、それはいいことじゃないの」
喜和子ママはおおらかに言い放った.
ミギワの食事の世話をしなくてよくなって、内心ホッとしてるのかもしれない。
でも、あたしは不安で仕方がなかった。
「おかしいよね、そんな呑気な事態じゃないはずですよね。
相手はウィズを殺してやろうってヤツなんですよ。
歓迎してる場合じゃないと思うんだけどなあ」
「ウィザード」のカウンターで、あたしはベレッタ刑事に訴えた。
彼は離婚調停中の奥さんがご飯を作ってくれないらしく、最近しょっちゅうここに食事をしに来る。
「その坊主だが、なんでトカレフを殺したいのかわかったのか」
「‥‥ウィズに聞いたら、ミギワくんはあたしが好きなんだそうです。
あの子はこれまで、親とも友達とも誰とも人間関係を築いたことがないから、欲しいものを単純にもぎ取りたがるだけなんだって、ウィズは言ってるんだけど」
「だがそもそも、なんでお嬢にそこまで惚れ込んだんだ?
以前に会った事があるのか」
「あたしは覚えてないんです。
でも、鳥やほかの人間に成りすましてたら、会っててもわかんないし」
「どうもストーカー傾向があるように思えて、そのへんが気になるんだがな」
「でも‥‥」
そんな危ない人間を、ウィズがあたしに近づけるだろうか。
「美久ちゃん、ちょっといい?」
魔術師がボックスの指定席から声をかけて来た。
怜さんとふたりで、向かい合って話しこんでいたのだ。
近づいてみると、テーブルの上は書類やパンフレットで一杯だった。
「ミギワを預かる上での注意点みたいなことを、怜に教わってたんだ」
そういうとウィズはあたしを自分の隣に座らせた。
怜さんは、仕事帰りらしくビジネスマンスタイルだ。
背広を脱いで椅子の背にかけ、ネクタイを緩めてリラックスしている。
あたしの顔を見て「や」と笑った顔が、ハッとするほどチャーミングだ。
「俺もまだミギワ本人に会った訳じゃないから、今から言うのは一般論だけどね」
前置きしておいて、怜さんはこんな話をしてくれた。
「俺はね、親父がアル中で死んで、施設に引き取られた初日のことをよく覚えてる。
その日は自分でも訳のわからないことばかりやらかしたよ。
まず、施設の白い壁に、靴の裏の足跡をスタンプみたいにベタベタ押して歩いて叱られた。
その5分後には、ベッドの柵を20個くらい全部外して、知恵の輪みたいに組み合わせて動かなくして、また大目玉だ」
「どうしてそんないたずらをしたの?」
「うーん、理由はひとつじゃないかもなあ。
まず、大人の気を惹きたかったってのがあるね。
いい子にして気を惹くのは、よっぽどずば抜けたいい子じゃないといけないだろ?
逆に叱られようと思ったら、些細なことでもいいわけだ。 効率がいいのさ。
でも、他にも理由があるんだよ。
いじめられて生活してた子は、周りがあんまり優しすぎると、それがストレスになったりするんだ」
「幸せすぎて怖いのかしら?」
「そうかもしれない。
膨らみ過ぎた風船みたいなもんさ。
いつ顔の前で破裂するかとビクビクしてるのがたまらなくなって、自分で針で突付いてしまうんだ」
「悲しい癖ね」
あたしが言うと、ウィズが隣でうなずいた。 怜さんが話を続ける。
「とにかくだ。
多分ミギワはあらゆる手段で、大人の忍耐を試そうとするだろう。
それに振り回されて、四六時中叱りっぱなしになるのは避けなきゃいけない。
叱ると言うより、教えることを楽しむといい。
とくに暴力は絶対ダメだ。
ここの大人は殴らないんだ、ということを早めに納得させるべきだ」
あたしはうなずいた。
ホントにその通りだと思った。
でもこれが、やってみると意外に難しい事だったのだ。
ミギワがやってきたのは、次の日の夕方。
あたしは喜和子ママとふたり、「ウィザード」の駐車場まで迎えに出た。
怜さんも仕事を抜けて車椅子を持参してくれたので、みんなでウィズの車を待ち構える形になった。
車から降りたウィズは、後部座席のドアを開いた。
「え?」
ウィズと怜さんがふたりで、ミギワを車椅子に移すのを見てぎょっとした。
ミギワはぐったりしていて、意識がないように見える。
怜さんがあたしを振り返った表情がただごとじゃない。
「大丈夫!?」
駆け寄ったあたしをいきなり抱き寄せたのは、ウィズだった。
それもタンゴのキメのポーズみたいに、芝居がかった横抱き。
そして彼は、あたしの耳に口を寄せて、囁いたのだった。
「愛してるぜ、美久」
「ぎゃあああああああッ!」
全身に鳥肌が立った。
気がつくと、あたしはウィズの頬っぺたを張り飛ばしていた。
「やだウィズにヘンなの入ってるううぅ!」
ウィズが地べたに尻餅をつく。
「殴るまでに10秒未満かよ‥‥」
怜さんが頭を抱えてつぶやいた。
だって絶対絶対許せないんだもん、ほらジンマシンが出ちゃったじゃない!
「ウィズのばか! なんでいきなり負けてんの!?」