表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/32

5、暴走開始ッ

 建物は古いが、中はきれいに内装された洋館だった。

 昔の修道院宿舎を改築したものだと言う。

 清潔でよく整理された廊下は、洋画のワンシーンに出てきそう。

 よく言えば立派で、悪く言えば子供向けではない感じだ。 

 病院とか施設のイメージにそぐわない、異様に高い天井を見上げながら、ウィズとあたしはリハビリルームへ向かった。

 

 廊下を歩き出した途端、インコのクレソンは落ち着かなくなり、そわそわしてあっちこっちを見始めた。 

 その挙句、首を縮めてあたしのブラの中に完全に埋没してしまった。

 「ウィズ、以前ここにいたんだね。

  あの院長先生にもその時会ったの?」

 とりあえず無難に質問をしてみる。

 「うん。 あの人まだシスターになったばかりで、張り切って仕事するオバサンだった」

 とりあえず無難な答えが帰って来た。

 

 「さっき院長先生がおっしゃったのはどういうこと?

  ほら確か、『予言が主の教えに反する』みたいな‥‥」

 「うん。キリスト教ってのは唯一神だろう。 

  神様と、アンチ神様つまり悪魔との2律背反の中央に人間がいる。

  人間以上のことをする者は、神か神の使いでなくちゃいけない。

  そうでない者がおこす奇跡や予言は、すべて悪魔のしわざなんだ」

 

 事も無げに言ったウィズの顔を、あたしは何度も見直した。

 なんで平気な顔してんの?

 いつもの彼なら、自分の予見を否定されたらかなりムキになるのに。


 「シスター松岡は、そんなこと言わないじゃない?」

 「園長先生? 言ったよ、最初の頃はね」

 ウィズは微笑んで、階段を登り始めた。

 「でもシスター松岡は、長年僕と一緒に暮らして見ててくれた人だからね。

  あの人なりに、僕のことをわかってくれてると思うんだ。

  ここの院長は、僕をたった2週間しか見ていない。

  しかも、ほとんどベッドに寝たきりの2週間だったからね」


 あたしは手を伸ばして、ウィズの上着を捕まえた。

 そこからたどって腕を取り、両手でしっかり抱き締めた。

 ウィズはカトリック寺院に保護されながら、そこで否定されたんだね。

 居心地が悪かっただろうなと思ったら、可哀想になった。

 

 魔術師はあたしの頭をくしゃくしゃに撫でた。

 それから軽く頬ずりをしてくれた。

 こういう時の以心伝心は、ありがたい。

 


 子供部屋は全て病室だった。

 ベッドが2台ずつ入っただけの部屋が並んでいて、子供のほとんどが横になっていた。

 時たま、大声で叫んだり走り回ったりしている子もいたが、その子たちには職員らしい女性が付ききりで何か話しかけている。


 「あの、どなたかのお見舞いでしょうか?」

 リハビリルームの入口で、声をかけられた。

 ピンクの介護エプロンに「佐藤」という名札を付けた、中年の女性が慌てたように近寄って来た。

 一般人は入れないというのは本当のようだ。

 「リハビリルームに、この鳥を戻すように院長先生に言われたんですが」

 あたしが胸元をわざと見せて説明すると、

 「まあ、クレソン!」

 佐藤さんの目が三角になった。


 「この子と来たら、とうとう院長先生に懐かなかったわねえ。

  卵から大事に育てていても、そういう事ってあるんですね」

 「院長先生個人の鳥なんですか?」

 ウィズが聞いた。

 「そうです。 以前(つがい)で飼ってらして、その子供なんですけどね」

 「鳥籠に戻しておいて頂いてもいいですか」

 ウィズがわざとらしくそう言うと、佐藤さんは具合の悪そうな顔をした。


 「いえ‥‥その鳥は噛み付くので、私は苦手で‥‥。

  出来れば戻してきてくださると助かります」

 「わかりました」

 予定通り、という反応で、ウィズがうなずいた。


 

 リハビリルームの中には、誰もいなかった。

 広い円形の室内には、運動のためのマシンが点在しているだけだ。

 部屋の中央近くにソファベッドの付いたマシンがあり、そのすぐわきに丸テーブルが置かれている。

 鳥籠は、そのテーブルの上に置いてあった。

 

 ところがウィズは、籠に近づきもしなかった。

 あたしに“静かにしろ”と合図して、部屋の奥にある鉄製の扉に飛びついた。

 鍵は掛かっておらず、すぐ内側に開く。

 手招きされて、あたしもウィズと一緒に扉の中に入った。


 そこはもともと、用具の倉庫だったのではないかと思う。

 実際、使われてないトレーニングマシンが、入口近くに2,3台置いてあった。

 でもその奥にあったのは、白いシーツのかかったベッドだった。

 横たわっているのは、8歳くらいに見える男の子だ。 

 ひどく痩せて頬骨が尖って見えるし、顔色も不健康だ。

 目を閉じてぐったりしている表情から見て、どうも意識がないようだ。

 酸素マスクは着けられていないが、腕には点滴の管がつないである。


 ベッドサイドにひざまづいているのは、院長先生と同じ灰色の僧衣を着けたシスターだった。

 彼女はこちらに背を向けて、ベッドの上で合掌して祈り続けている。

 あたしたちが入っていくと、シスターは振り返って悲鳴を飲み込んだ。

 

 「なんですか、あなた方は。

  誰に断ってここへ」

 「その子を数ヶ月、うちに引き取らせていただきたくてやってきたんですよ」

 ウィズはベッドに近づいて、無反応な子供の顔を見下ろした。

 シスターは目を見張り、珍しい物でも見るようにウィズの顔を見た。


 「ありがたいお話ですが‥‥もう院長の野末と話をされましたの?」

 「これからです」

 「多分この子は無理だと思いますわ。 

  とても体が弱っていて、あさってには病院へ移そうと言うところですから」

 「このまま飲まず食わずだったらの話でしょう。

  僕ならこの子に食事をさせることが出来ますよ」

 「まあ、意識がないのにですか? いったいどうやって?」

 「こうです!」


 あたしは悲鳴を上げた。

 ウィズがいきなり、あたしの胸に手を突っ込んでインコをつかみ出したからだ。

 激しい抵抗を受けながら、彼は鳥を無理矢理あたしが持っていたケージへ叩き込み、ご丁寧に扉をクリップでしっかり留めてしまった。 

 そのまま床に投げるように置く。


 「美久ちゃん、おいで」

 ベッドに軽く腰掛けて、ウィズは両手を広げた。

 「え? お、おいでって」

 こんな人前で何言ってるんだ。

 「ホラ早く」

 ウィズはあたしを強引に抱き寄せた。 後ろでシスターが目を剥くのがわかった。

 

 「あーあーあーあーあーあああ!」

 突然、低いがとんでもない大声で、寝ていた子供がわめき始めた。

 「美義和(みぎわ)くん!」

 シスターが駆け寄ったが、バタつく手足に拒絶されて後退する。

 ウィズの背中を、子供の足がどんどんと蹴り付けた。

 「そんなヘロヘロの力じゃ、僕を殺せないよ。

  悔しかったらちゃんとリハビリをやって、美久ちゃんを奪い取りに来てごらん」

 あたしを腕の中でこれ見よがしに撫でながら、ウィズが子供に言い放った。


 魔術師の掌は、燃えるように熱かった。

 それでわかった。

 現在、ウィズはここを調査中なのだ。

 でもあたしは、ここまで一緒に来ながら何も教えてもらってない。

 要するに、また暴走が始まったのだ。

 ウィズの数ある悪い癖のひとつ。 あたしを情報上の置いてけぼりにすること。

 

  この際、言いたいことは言わせてもらいましょう。  

 「ウィーズ? あとで話があるわ」

 あたしが魔術師を睨みつけた時。

 「うををををををっ」

 獣のような唸り声を上げたのは、目の前のシスターだった。

 彼女は子供のベッドサイドから点滴のポールをつかみ、スタンドごと軽々と頭の上まで振り上げた。  

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ