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30/32

30、結局ソレで勝負する?

 30杯を超えると、さすがに両者ともピッチが落ちて来た。


 調狂師田島は、ぎらついていた目をショボショボさせ始め、ウィズはテーブルから視線を上げなくなる。 

 1杯ごとに拍手を送っていた常連さんたちからも、歓声ではなく不安げなどよめきが上がるようになった。

 怜さんは時々ふたりに近付き、顔色を見たり声をかけたりして健康状態を確認した。


 33杯めのグラスが、かなりの時間をかけて空いた。

 「だいぶ苦しそうだな」

 怜さんが、形の整った眉をひそめてつぶやいた。

 「どうなったら負けになるの?」

 「吐くか、ノビるか、もう飲めないと自己申告するか。

  それと俺がドクターストップ掛けた時だ」

 「まだ掛けなくて大丈夫なの?」

 「今のところはな。 でもふたりとも、もう自分の限界は見えてるね。

  さっきまではお互い悪口言い合ってたのに、今はああやって視線を合わせなくなってるだろ?

  うっかり刺激しあって自分の方がカッとなったら怖いから、無駄な接触を避けてんだ。

  特にコロ助、そろそろ胃の方に無理が来てるだろ。

  普段大食いしねーもんだから、あいつ胃が重いのに弱いんだよな」

 確かに、ウィズは酔いよりも別のところで苦しんでいるように見えた。



 喜和子ママは勝負を見ていなかった。

 カウンターの中で後ろを向いて、黙ってお祈りをしていたのだ。

 「ママ大丈夫? あたし止めて来ようか?」

 思わずそばに行って声をかけると、ママはキッとなって振り返った。

 「美久ちゃん、あなたがそんなことを言わないで。

  あの子、あなたを守ろうとしてあんなに頑張ってるのよ。

  どんなに不細工な勝負でも、男の子が好きな人を守るのに命を懸けるのは立派なことです!」

 「あ、ご、ごめんなさい……」

 「ミギワ君もよく見ておくのよ。

  あの子、わたしにはなんにも言わなかったけど、きっとあなたにこれを見せたかったんだと思うわ」

 

 ミギワは空になった食器を喜和子ママに手渡しながら、真顔でうなずいて言った。

 「この前、吹雪に言われた。

  好きな人には嫌われる覚悟をしとけって」

 「え?」

 「人に出来ないことができると、嫌がられることもあるって。

  吹雪ってもてるけど、それで結構ふられてるんだって」

 「ウィズとそんな大人っぽい話をしてるの?」

 「いつもしてるよ、寝る前とか。 吹雪は15歳はもうかなり大人って言ってくれるんだ。

  でも吹雪は美久ちゃんに嫌がられるかなあって気にしてる。

  秘密を見すぎる人は、恋人にはよくないんだって」


 あたしはギョッとして人垣の中に見え隠れする魔術師の姿を見直した。

 あたしの不満は、ちゃんと彼に伝わっていたのだ。

 「でもね、嫌われたからって仕返しに嫌っちゃダメなんだって。

  嫌がられても、守るのをやめちゃいけないんだって。

  俺、吹雪の言うことあんまりよくわかんなかったんだけど……」


 ワッと、テーブルを囲んだ常連さんたちから緊迫した声が上がった。

 持ち上げようとしたグラスを、ウィズがひっくり返したらしい。

 「うはははは、もう指に来てらあ」

 べろべろに酔った気色の悪い声で、田島が笑っている。

 ウィズは顔をしかめてグラスを取り直し、苦さに耐えながら口の中に流し込んだ。

 そのまま胃のあたりを押さえて、襲って来た激痛に耐える。

 「……今もよくわかんないけど、たぶんああいうことだったんだね」

 ミギワが言葉を続けた。



 あたしは胸いっぱいに湧き上がる思いを視線に変えて、ウィズを見つめた。

 ミギワの家族にはなれないと嘆いていた、あたしの気弱な魔術師は、その代わりほかの誰にも教えられないことを、ミギワに教えようとしていたのだ。


 “魔術師”として、人からはみ出した人間の生き方を。

 魔術師は万能ではないばかりか、人に迷惑もかける、その自覚を。

 そんな中でなりふり構わず人を愛することを。

 ウィズは父親として、自分の背中をちゃんと息子に見せていたのだった。



 37杯目を飲み干したウィズが、激しく咳き込んでまたグラスを倒した。

 「おい、もうやめさせろ。 無理だろう」

 常連の一人が怜さんに言いに来た。

 

 「吹雪、頑張って!!」

 ミギワの声で、あたしははっとした。

 この子が泣いたり悲鳴を上げたり以外で大声を出すのを初めて聞いたのだ。

 「ウィズ、しっかり!」

 あたしも声に出して応援した。


 ウィズはこちらを振り返り、火照った顔をわずかにほころばせた。

 それから重い体を起こしてゆっくり立ち上がると、顔色を確かめに来た怜さんに話しかけた。

 「ジャッジ。 ……怜、トイレはいいんだろ?」

 「おう。 歩けるか? 腕貸そうか」

 すぐに手を差し出す怜さんに、田島が凄んだ。

 「ちょっと待てコラあ!」

 酔って間延びした上に、やくざみたいな怖い声だ。

 「お前らグルだろう。 トイレでこっそり吐かせよーってーんじゃねーのか、ああ?」

 

 「心配ならあんたも来ればいいだろう」

 怜さんはそういう輩をあしらいなれている様子だった。

 「3人も入れないが、ドア開けとくから後ろで見張ってろよ。

  ついでに交代であんたも小便すりゃ、お互い見張りっこでちょうどいいさ」

 田島は気に入らなげに口の中で文句を言っている。 それを見てウィズが鼻先で笑った。

 「やめとけ、怜。 センセは足に来てるってさ」

 「なんだとお? てめーこそ一人で歩けもしないじゃないか」

 田島が怒鳴りながら立ち上がる。

 

 そのまま3人が、ヨロヨロどやどやとトイレに向かう。

 手助けしようと男性数人がついて行ったが、入り口付近のスペースが狭すぎて、結局入りきれずに戻って来た。



 数分の静寂の後。

 いきなり、トイレ内から怒号が響き渡った。

 田島が何か喚いてるのだ。

 続いて、けたたましい笑い声。 聞き覚えのある、ウィズの声だ。


 あたしは飛び上がって、同じく驚愕している喜和子ママと顔を見合わせた。

 「あれ笑い声よね。 吹雪さんよね?」

 「た、大変だ! ウィズが全閉しちゃった!

  こないだ悪酔いした時も、見る方を閉じると同時にキレちゃったのよ」

 「あんなに笑ったらすぐに酔いつぶれてしまうわよ!」

 ドアが全開しているので、近付いて様子をうかがうこともできず、二人でおろおろするばかり。


 トイレの中からは、ウィズの笑い声と調狂師のおたけびが、交互に長々と続いていた。

 「一体、何が起こってるの?」


 シリーズ3作め、次週2話同時更新で終了となります。


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