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29、男はソレで勝負する!

 正面に丈夫な金網を取り付けた、巨大電子レンジを想像してほしい。

 黒くがっしりした無愛想な箱に、薄っぺらい毛布が敷いてある。

 そういう「檻」の中で、あたしは目を開いた。


 山猫くらいの大きさの獣を入れる檻らしく、内部はかすかに獣臭が残っている。

 体を折りたたんで寝転がっているので身動きとれず、苦労して首をひねり、金網の外に目を凝らすと、そこが動物病院ではないことがわかった。


 誰もいないその部屋の広さは8畳くらい。 

 フローリングの床にカーペットが敷いてある。

 その上に配置されたベッド、本棚にクローゼット。

 どこもきちんと片付いていて、神経質な印象の部屋だった。

 窓の外の景色から察するに、2階建ての建物の2階にいるらしい。


 状況からすると、ここは田島若先生の私室ということになるんだろうか。

 あのいかにも格闘技やってます的な体格の、しかも横柄な口をきく男が、こんな神経質に暮らしているなんて、人は見かけによらない。


 それにしても腹が立つ、あの調()師! さっき気があるようなことを言ったかと思ったら、動物用の檻に閉じ込めるなんてどういう神経してるのか。

 あたしは両手で金網をつかみ、力いっぱい揺すってみた。

 ビクともしないので、レンジの壁に背中を押し付けて、足で蹴っても見たが全然無駄だった。

 

 「もう、やだ……」

 なんであたしっていつもこんなトンデモ野郎ばっかりに懐かれるんだろう。

 中学校時代に、インバイと呼ばれたことを思い出す。

 もしかしたら変態を吸着する超能力でもあるのかもしれない。

 せせこましい場所にいるせいか、考えるうちにどんどん落ち込んで来た。



 と、突然バシッと大きな音がした。

 正面の窓ガラスに何かがぶつかったのだ。

 灰色の鳥が一瞬ガラスに張り付き、すぐに力なく剥がれて落ちて行った。

 「ク、クレソン?」

 一瞬しか見えなかったが、間違いなく見慣れたオカメインコの姿だった。

 あたしを助けに来て、中に入りたがっている……ように見えたのは、あたしの願望だったろうか。


 「クレソン大丈夫? クレソン!」

 状況が判らないうちにやみくもに騒ぐのは怖かったので、小声で窓に向かって呼びかけた。

 するとしばらくしてから、そこにとんでもないものが現れたのだ。

 

 人の顔だ。

 

 そいつはピザ屋の制服を着てキャップをかぶった若い男だった。

 彼は片手で手すりをつかみ、もう片方の手でサッシの窓を開けようとしていた。

 (のぞき? 痴漢? それともそんなとこからピザの配達?)

 そんなバカなことがあるわけはない。


 それからやっと気が付いた。

 「ミー君だ」

 さっきのクレソンもこのピザ屋も、ミギワが中に入っていたんだ。 ホントにあたしを助けてくれるつもりなのだ。

 「ミー君、ミー君でしょ」

 呼びかけるとピザ屋はにっこりして、まだ窓をこじ開けようとする。

 「無理だよ。 中から鍵かかってるんだよ」

 するとピザ屋はあきらめたように窓から手を離し、窓伝いに移動してあたしからは見えなくなった。


 更にしばらくしてから、今度は珍しいものが窓からあたしを覗き込んだ。

 ポケットモンキーだ。

 動物病院から抜け出してきたのだろう。

 手のひらサイズの小さな体で、壁伝いにひょいひょい移動して屋根の方へ上がって行った。

 

 そのあと猿は、天井の排気口の枠を器用に外して室内に入って来た。

 可愛らしい指先を細かく動かして、あたしの檻の鍵を開けてくれる。

 「ミー君! なんてお利口なの」

 あたしは扉を開けて外に飛び出した。

 予想した通り、檻が乗っていたのは大きなデスクの上だった。


 部屋のドアにカギ穴は付いていない。

 そーっと開けると、目の前は階下へ向かう階段だった。

 お猿のミー君を肩に乗せ、調狂師に見つからないよう、極力音を立てずに降りて行く。


 ところが、居間らしい部屋まで降りてきて、あたしたちは大変なものを発見した。 白衣のままで倒れている田島先生だ。 

 と言っても調狂師ではなく、“インカの王様”老先生の方だ。 ソファから半分ずり落ちた形で、あおむけに倒れこんでいる。

 (まさか……死んでる?)


 そっと体を揺すって声をかけてみると、幸いにも息がある。

 田島先生は小さくうめいて瞼をヒクヒクさせた。

 「先生! 大丈夫ですか?」

 「いひゃい……アゴに入っひゃ」

 「殴られたんですか?」

 肩を貸して体を起こさせ、取りあえず痛いところを冷やすことにした。

 小猿のミギワはキッチンからタオルを取ってきてあたしにくれ、そのまま姿を消してしまった。


 「ま、まじゅいじょ。 患畜が逃げひょる」

 猿を見て田島インカ先生が目を剥くのを、大丈夫ですとなだめ、濡れタオルを顎に当ててあげた。 きっとミギワは猿の体を元の場所に戻しに行ったのだ。

 

 でも先生はあたしの手を振り払って起き出そうとした。

 「いやあんたね、こんなことしちゃおれんわ。

  『あれ』は、あんたんとこ行ったんだよ、あんたの彼氏のとこ」

 「ウィズのとこに、なんで?」

 「なんでか知らんが、手術用のメスと麻酔銃を持っていこうとしたからわしゃとめたんだ。

  そしたら、こうじゃ」

 先生は自分の顎に拳がヒットするジェスチャーをやって見せた。

 

 「大変!」

 あたしは一瞬慌てたが、すぐに思い直した。

 ウィズのことだ、この展開を読んでないわけはない。

 そうだ。 さっき車の中で様子がおかしかったじゃないか。



 田島邸を出ると、そこは動物病院のすぐ裏手だった。

 ちょうど裏口から、ミギワが駆け出して来たところだった。

 「これ」

 彼が差し出したのは、あたしの持ってたトートバッグ。 それと、クレソンが入った鳥籠だった。

 「クレソン怪我してない? ガラスに突撃したでしょ」

 「あれはクレソンじゃない。 あのクソ女のインコだ」

 吐き捨てるようにミギワが言った。 話しながらも二人で道を急ぐ。


 「怖いおねーちゃんだった。 俺を外に出すなって言われてたんだろ。

  閉じ込めようとしたから、へそオンナにしてやった」

 「えええっ! ま、まさかキミ、こ、殺し……」

 あたしは青くなった。 はさみでお腹切っちゃったのか?

 「殺してない。 ベッドに縛り付けてスカートとパンツ窓から捨ててやった」

 ミギワがそっけなく言った。


 (楠 みやびを殺さなかった?)

 それはつまり、ウィズの予見が回避されたってことじゃないのか。

 「ホントに殺してないのね?」

 「我慢した。 だって美久ちゃんの母ちゃんが、みんな頑張って我慢してるって。

  怜先生も毎日いっぱい我慢するんだって」

 「そうよ、ミー君、えらいわ!」

 反射的に褒めてしまったけど……。

 いいのかな、さりげに犯罪じゃないかと思うんだけどな。




 「ウィザード」の扉を開けた途端、怜さんの背中に衝突した。

 「美久ちゃん! 大丈夫だったか」

 「うん、ミー君が助けてくれたから……って、ちょっと! 一体何やってんのよ!?」

 

 店の中は異様な雰囲気になっていた。

 怜さんばかりではなく、他にも10人ばかりの大人が、中央の4人席を囲んで立っている。

 顔を見るとみんな常連の人たちだ。

 彼らが取り囲んでいる4人掛けのテーブルで、ウィズと田島調狂師が向かい合って座っていた。


 テーブルの上には、ミニサイズの容器がずらりと並べられている。 ウオッカグラスが20個ほど、そのほかはジュースの試飲に使う小ぶりの紙コップが30個近く。

 テーブル窓辺側のコップには中身が入っていて、反対側に並んだ物はすでに空になり、テーブルに逆さに伏せられていた。


 ウィズも調狂師も、ひとこともしゃべらず相手の顔を睨みつけている。

 「そろそろ舌が回らんだろう」

 調狂師が低い声で言う。

 ウィズがふっと不敵な笑いを漏らし、唐突に

 「寝る時に抱き枕。 マザコンですね」

 と言った。


 「くっそがあああ!」

 田島は目の前のグラスをつかみ、中の透明な液体を自分の口に流し込んだ。

 ウィズもタイミングを合わせてグラスを煽る。

 カン! と音を立て、二人同時に空のグラスを伏せた。 

 拍手が起こる。


 「怜さん! これはどういうこと?」

 異常なムードにすくんでしまったミギワの肩を抱きながら、あたしは涼しい顔の精神科医に問いただした。

 「見ての通り、ウオッカの飲み比べだよ」

 「そんなことをなんで昼間から!」

 「男の勝負なんだとさ。

  やあ、お帰りミギワ。 昼飯が置いてあるから食ったら?」

カウンターに置いてあった食事のトレーをミギワに渡してから、怜さんは説明を始めた。


 「あの獣医、武器持って乗り込んで来たからさ。

  常連さんたちが取り押さえて話し合いをさせたんだ。

  そしたら、何だか知らんが男らしくないだなんだと口論になって、じゃあ勝負するかって話に」

 どういう展開だ。

 「俺なんか、仕事してたのに医者が必要とか言って呼び出されたんだ。

  知り合いが危篤ってことになってるから話を合わせてくれよ」

 「でも怜さん、お酒飲めたら男らしいって理屈、おかしくない?」

 「しょうがねえだろ。 殴り合いになったら勝ち目はないから、コロ助も考えてんのさ」


 怜さんの言葉に、食事を始めていたミギワが顔を上げて口をはさんだ。

 「吹雪は昨日からわかってたよ。

  でも映像しか見えないから、殺しに来るのは俺だと思ってたみたい」

 そうか、はじめミギワが店内でフォーク持って襲って来た、あれと同じと思ってたんだ。

 夕べウィズはミギワにその話をして、襲ってくるのがミギワではないと判ったから、ミギワにあたしの事を頼んだのだ。


 「大丈夫だよ、美久ちゃん」

 怜さんがあたしの不安な表情を似て微笑んだ。

 「あいつ見かけより修羅場踏んでるからさ。 わざと自分のフィールドに相手を誘導したんだ」


 いや、そりゃウィズはお酒強いよ。 

 多分あたしの知る限りの人間の中で一番の酒豪だよ。

 でも、これって本当に殴り合いよりもマシなのか?

 素手の喧嘩だったら、急性アルコール中毒の方がよほど死亡率高いんじゃないのか?

 あたしはグラスを目で数えた。 二人とも同数で27杯ずつ。


 「や、やめさせなくていいの?

  ウオッカ27杯って凄い量なんじゃ……」

 「このセンセも化け物だな」

 

 カン!

 28杯目のグラスが、双方同時にテーブルに伏せられた。

 

 

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