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25、何故殺人がいけないのか?

 病院の廊下が、暖房もきかないくらい冷たいということがわかった。

 電気が点いていても少しも明るくないものだということがわかった。

 神様なんて信じてなくても、人は祈るものだということも。


 自分の血があのくらい流れたところで、そこまで動揺はなかっただろう。

 体が妙に重くて、側に座ったベレッタ刑事から何度も声をかけられた。

 「大丈夫か、お嬢。 お前さんが医者に掛かった方がよくないか?」


 ウィズ、ウィズ、ウィズ、まだ天国になんて行かないで。

 あたしはあなたのように、あの世までお迎えになんか行けないんだから。



 「大げさだ」

 ベッドごと廊下へ運ばれて来たウィズが青い顔で笑った。

 治療は後ろ頭を3針縫っただけで済み、その間に彼の意識は戻ったらしい。

 その後の精密検査でも、今のところ重大な異常は見つからない、ということだった。 ただし脳内出血の危険があるため、一晩入院して様子を見ると言われた。

 

 ホッとした途端、なんだか目の前が暗くなって来た。

 「貧血だろう。 気が緩んだな」

 ベレッタ刑事が暖かいタオルを貰ってきてくれ、病室のウィズの隣であたしまでサイドベッドで横にならせて貰った。

 「ごめん。 ドジった」

 ウィズがベッドの上から手を伸ばして、あたしの冷たくなった手を握ってくれた。

 「ホントにドジよ。 予見者のクセに」

 「油断したんだ」

 「もういやよ、こんなの。 ウィズが死んじゃったらあたし壊れちゃうからね」

 「ごめん」

 「ミー君を預かるの、もう限界じゃない? 愛児院に帰そうよ」

 「それはだめ」

 「ウィズ!」


 あたしが睨みつけると、ウィズは握った掌にぐっと力を込めた。

 「美久ちゃん」

 「なによ!」

 「ごめん、まだ言ったことがなかった」

 「なんのこと?」

 「大好きだよ」

 

 怒っていたはずなのに、力が入らなくなった。

 涙が涙腺から押し合いへし合いしながらどんどん溢れてきて、あたしは黙ってそれを拭き、ハナミズの洪水を咽喉の奥に逃がすだけでなんにもできなくなってしまった。

 仕方ないなあ。

 この要領の悪い魔術師が望むなら、ミギワが鬼でも悪魔でも、最後まで守ってあげよう。 

 





 2時間後。

 あたしは我が家の玄関にいた。

 「まあ、美久! こっちへ戻って来て大丈夫なの?」

 玄関まで迎えに出た母がまず叫び、それからあたしの後ろの連中にあわてて頭を下げた。

 「どうもご心配おかけしました」

 「お久しぶりです。 この度はわがままを申しまして‥‥」

 「はじめまして、お邪魔します」

 怜さん、ベレッタ刑事、白井さんがそれぞれ母に挨拶をし、手を引かれて入ってきたミギワにも頭を下げさせた。


 「ウィズが、ちゃんと予定通りやれって言ってきかないんだもん」

 あたしは不満いっぱいの口調で母に訴えた。

 「僕はいいから。 付き添いがいるなら喜和子ママに頼むから、ミギワを美久ちゃんちへ連れてって」

 魔術師はそう言って、あたしを病室から追い出してしまったのだ。

 せっかく「好きだ」なんて珍しいことを言ってくれて、感動していた矢先だったのに。


 

 「ミギワを叱るなとは言わないよ。

  でもそのことと、美久ちゃんちに行くことは別の約束だからね。

  いい子にしている交換条件で約束したんじゃなかっただろ」

 「みんなそんな気分じゃないわ!

  あなたに怪我をさせた子を囲んでどう楽しめって言うの」

 「ミギワが僕を殺そうとしてることは、今に始まったことじゃないし、みんなもわかってたはずだ。

  そういうことをしない子に育てるために、みんなで楽しもうってことにしたんだろ。

  だったら、ミギワが殺しをしようとした今日こそ、ちゃんと楽しませてやるべきだ」


 言うだけ言うと、魔術師はベッドの上からひらひらと手を振った。

 もう、馬鹿。

 人にこれだけ心配させといて、そのヒラヒラはないだろヒラヒラは!! 




 乾杯の後、寄せ鍋が始まってもみんなは無口だった。

 おしゃべりしている気分じゃない。

 ミギワは相変わらず無口で無表情だったが、勧められるままにお鍋をつつき、予想していたよりもはるかによく食べた。

 あたしより早くキッチンを手伝っていたまどかは、怜さんの顔を見るとうつむいてしまって、これまたいつもより無口だ。

 

 「なぁ坊主、聞いてもいいか」

 ベレッタ刑事がさんざん迷った挙句といった様子で、ミギワに対する質問の口火を切った。 どうやら、コレは最年長者の役目と覚悟を決めたらしかった。

 「今回もそうだが、お前さんはなんであのお人好しを目のカタキにしてるんだ?

  具体的にどんな理由で殺したいと思ってるのか、俺にはどうもピンと来ないんだがな」

 ミギワは目をシバシバさせて、このストレートすぎる質問を消化しかねている様子だった。

 

 「人を殺すことはいけない事だっていうのはわかるのかしら?」

 母がミギワの取り皿にうどんをよそってやりながら尋ねた。

 当たり前じゃないか。 

 この母の天然ぶりにあたしは呆れたが、周囲の反応は違った。

 「お母さん、難しい質問だよ。

  それがわかってりゃ、世の中に戦争なんぞ起こらんでしょう」

 ベレッタ刑事がビールを飲み干して笑った。

 「死刑制度もね」と怜さん。

 「国の許可があれば、人は人を殺していい。 決まりごとなんだこういうのは」

 ちょっと。 みんな酔ってるの?


 「そんなの特殊な場合じゃない。

  国の許可があろうとなかろうと、殺人はいけないことだわ!」

 あたしが叫ぶと、刑事がにやりとして、

 「よしお嬢。 そんなら法律云々は無関係ということで、お前さんが語ってくれ。

  何故、人を殺しちゃいけないんだ?」

 この酔っ払いはもう、何考えてるのかしら。

 あたしは呆れながらも考え考え話し始めた。


 「人は生まれて来て、自分の意思を持って生きてるのよ。

  それを他の人がどうこう動かしてはいけないわ。 1回死んだら取り返せないんだから」

 「じゃあ生きる意志が明確にない人間は殺してもいいんだな」

 怜さんが意地の悪い言い方をする。

 「違う! 本人だけじゃないわ。

  人は生まれてきて、いろんな人間に関わって生きてるじゃない。

  1人の人を殺したら、その人の親や兄弟や友達が悲しむわ。 たくさんの人が悲しむし、怖い思いもするわ。 だからダメよ」

 どう? わかりやすいでしょう?

 あたしが胸を反らすと、それまで黙ってひたすら食べ続けていた白井さんが口を開いた。


 「じゃあさ。 友人も知人も家族もいない人間は殺してもいいわけだな。

  例えば山の中で狼か何かに育てられたか、生まれた村の人が死に絶えたかなんかして、山奥でぽつんと誰にも知られずに暮らしている人間だったら?

  そしてその人間が、自分は生きていても仕方ないと思ってるとしたら、こいつを殺してもいいのかな」

 「なによその設定! ありえなさ過ぎ!」

 「仮にだってば。 そういう人間に山の中で会ったら、殺してもいいってことだよな?

  だって悲しむ奴も人間の尊厳を傷つけられる奴もいないし、誰も迷惑しないんだぜ」

 「ダメよ、それでもだめ!」

 「理由は?」

 男どもが口を揃えて聞いてくる。 あたしもよくわからなくなった。


 「ええと、い、命は神様にもらったものだから‥‥?」

 「ブー。 ?マークつけるなよ。 美久ちゃん、神様信じてないじゃん!」

 白井さんが容赦なく突っこむ。

 「結局法律が宗教に変わっただけで、何かから禁止されてるからって言わなきゃ理由がわからんってことなんだろうかね」

 刑事が唸るように結論を述べた。 あたしは納得できなかった。

 「で、でもだめよ、だめでしょう?

  このへん。 ほら、胸のこの辺で、ダメダメって誰かが言ってるじゃない。

  そういうお部屋がここにあるもんじゃない、ね?」

 何を言ってるんだか自分でも判らないけど、あたしは違うと思った。


 その時、空のビール缶を片付けて新しい缶を持って来た母が、厳かにこう言ったのだ。

 「それでも、みんなまだ誰も殺さずに頑張ってる、それがいかに立派なことかって言うのを語り合えばいいんじゃないの?」

 全員がぽかんとした顔を見合わせた。

 「うーん、そうか。 俺たち頑張ってるんだな」と、ベレッタ刑事。

 「この世知辛い世の中で、殺しも殺されもさずに生き抜いてきてるんだもんな」と、白井さん。

 「俺なんか仕事中いつも、湧き上がる殺意をこうしてこうして、たたんで引き出しにしまって抑えて蓋を閉めてだな‥‥」

 怜さんが洋服をたたむゼスチャーをする。

 「皆さんご立派よ。

  ご褒美に、とっときのナポレオン空けちゃいましょうか。

  水割りがいい人? ロックの人は?」

 母の言葉に、大きな拍手が起こった。

 

 「では、今日も殺人を犯さず頑張った偉大なる我々に!」

 「かんぱーい!」

 訳のわからない乗りで怜さんが音頭を取り、全員がグラスを揚げた。

 「ミギワくんには、はい。 プリンがあるわよ」

 母がミギワの手にスプーンを握らせた。

 「うちの娘のお婿さんを、殺さないでくれてありがとう。

  あしたもあさっても我慢してくれたらもっと嬉しいわ。

  頑張った日にはいつでもうちに来て。 おやつを用意しておくわ」

 母がミギワの頭をクシャクシャと撫でた。

 

 その途端。

 ミギワの目から涙がボロボロとこぼれ出した。

 

 「うあああああーん」

 赤ちゃんのように大声でミギワが泣き出した。

 

 一瞬あっけにとられたあと、白井さんがひとこと「あほ」とつぶやいて、ミギワの頭を優しく小突いた。 怜さんとベレッタ刑事も同じことをする。

 あたしはミギワの背中をゆっくりと撫でてあげた。

 そうだ、そうだよね。

 ミギワはあんなことをしたあとで、ここに来るのだって怖かったはずだよね。

 自分の体から逃げ出さずに、初めて頑張ったんだ。

 

 「ミー君、ウィズを殺さないでくれてありがとう」

 あたしも心から言った。

 

 

 その晩ミギワは泣き続け、疲れ果てて眠ってしまうまで泣き止まなかった。

 それまでに溜まっていた感情を全部、体外に吐き出してしまうような泣きっぷりだった。

 母と相談して、そのまま我が家に泊める事になった。


 その晩あたしは、ひとつの決心を胸に病院のウィズにメールを送った。

 ミギワの心の中に、殺人を止めてくれるためのお部屋がないなら、あたしが作ってあげる。


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