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24、転落

 まどかと一緒にウィザードへ行き、ウィズを誘って一緒にあたしのマンションへ行くことにした。

 ミギワをベルトで固定した車椅子を3人で交代で押しながら駐車場まで歩く。

 ミギワは車椅子の上で、体を斜めにしてぐったりしている。 食事をしないので、点滴のスタンドといつもセットだ。 

 このままの状態が続くなら、やはり入院させないとまずいだろう。 愛児院の時と同じ対応になるわけで、啖呵を切って引き取った以上、できればそれはしたくなかった。


 「ミー君戻って来て。

  一緒にお鍋食べようよ」

 ミギワの髪の毛を、少し乱暴にワシャワシャかき回す。

 気のせいかもしれないけど、ミギワの表情が少し穏やかになった気がした。



 「‥‥何か事件かしら」

 マンションの入口付近に人だかりが出来ている。

 エントランスの正面に横付けになってる車は、1台のパトカーだ。


 パトカーの陰で、ふたりの警官を相手に大声で何か説明しているのは、この前あわやウィズを不審者通報しかけたガードマンのおじさんだ。

 入口のところにも若い警官が1人立っていて、

 「ここにお住まいの方ですか」

 と確認した。

 「さきほど1階ホールを、目出し帽を被った怪しい男がうろついていたと通報がありまして。

  以前このマンションは殺人事件もありましたし、住民の皆さんが不安に思われているので慎重に調べています。 中にも警官が入ってますから、何かあったらすぐ呼んで下さい」

 「え。 まだ中にいるんですか、その不審者」

 「1度追い出した後にまた見かけたと言うんで、念のためです」

 「‥‥住民の人なんじゃない?」

 ウィズの顔を見ながら聞いてみたけど、魔術師は肩をすくめただけだった。 警官本人が不審者を見ていないので、映像が盗めないらしい。

 

 「もしかして、ミー君が体に帰りたくてうろうろしてるんじゃない?」

 ウィズに重ねて聞いてみた。 戻りたくて戻れずに困ってるんだったら可哀想だ。

 でもそれこそ映像で確かめられることじゃないから、ウィズにはわかりっこない。

 「僕がミギワなら、他人に乗り移った時に目出し帽は被んないと思うけどな」

 「そりゃそうだよな、顔隠す必要ないじゃん」

 まどかが賛成した。



 エレベータの前で、中年の男性が押しボタンに向かって伸びたり縮んだりしている。

 「あれえ、ベレッタさん早い!」

 「今日、非番だったんですか?」

 あたしたちが声をかけると、刑事は笑って左手に下げていた大きな荷物を掲げて見せた。

 「『ウィザード』へ寄ったら、喜和子ママに差し入れを頼まれたんだがな。

  こういうのは料理が出来上がってから持って行ったんじゃ間抜けなもんだろうが」

 荷物の中身は白菜だった。 あたしたち車椅子組には荷が重いという、喜和子ママの判断だろう。


 「で、白菜ぶら下げて、何を立ち往生してたんです?

  老眼のじいちゃんみたいでしたよ」

 ウィズがからかうと、刑事は皺の多い額を余計に皺だらけにした。

 「押しボタンが動かんのだ」

 「ボタンは普通移動しませんよ」

 「ウィズ、からかわないの」


 ウィズは笑いながらボタンを押してみて、突然険しい表情になり、くるりと車椅子を方向転換した。

 「ウィズ?」

 「やだ。 僕はこれに乗らない。 階段で上がる」

 「だって車椅子‥‥」

 「やだ」

 1人で車椅子を押してずんずん歩き出す。 

 エレベーターは1階に止まっているのに開かない。 確かに気持ちが悪いので、あたしたちもウィズの後を追って階段へ向かった。

 

 「何が見えたの? あのエレベーターに誰かいるの?」

 「今はいなかった。 でも目出し帽は、あのボタンに触ってる」

 「あいつらに知らせといたほうがいいな」

 ベレッタ刑事、白菜をあたしに押し付けて正面入口へ戻って行った。 あいつらというのは警官のことらしい。


 階段下でウィズがミギワを抱き上げ、まどかが車椅子をたたんで持って上がることになった。

 あたしは重い白菜と点滴ポールを持って、ウィズの後ろをよろよろと登って行った。

 3階まで上がって一息ついてからまた昇り始める。 車椅子も点滴ポールもキャスターがついているのだが、それが意外とこの際は邪魔になっていた。


 足元ばかり見ていたのだ、まどかもあたしも。

 だから、その瞬間ウィズに何が起こったのかわからなかった。

 いきなり、まどかの持っていた荷物があたしの頭にぶつかって来た。

 まどかの手から車椅子が叩き落とされ、あたしの持った点滴ポールを引き倒しながら階段を落ちて行く。

 その後ろを、ウィズの体が通過して行くのを見た。


 ミギワを抱いたまま、ウィズは階段から転落したのだ。



 魔術師の体があたしの前を落ちて行く時、信じられないものを見てしまった。

 ウィズの腕の中で、ミギワが目を見開いているのを。

 ミギワはその腕でしっかりとウィズの首にしがみつき、両足をぴんと伸ばしていた。 

 抱かれた状態で壁を蹴ってウィズにとびかかり、バランスを崩させたのはミギワだったのだ。

 

 瞬きする間に起こった事が、まるで長い映画のようだった。

 ウィズは階段の踊り場に頭を下にして転落し、そのまま動かなくなった。


 

 あたしは一瞬、思考が停止していたんだろう。

 誰かが耳障りな声で悲鳴を上げ続けていて、うるさいなと思ったら自分の口から出ている声だった。

 体は少しも動かなかった。

 まどかが駆け下りて、ウィズに声をかけている。 その足元に何か真っ赤な液体がゆっくりと広がって行くのを、あたしは成すすべもなくただ見下ろしていた。


 「美久! 救急車呼ぶから!」

 立ち上がったまどかに声をかけられた。

 その途端、視界が涙で塞がった。 ウィズの両手が見えたからだ。

 ウィズは落ちながら、ミギワの頭を庇っていた。

 だから自分の肩を下にして落ち、結果的に頭を打ってしまったのだ。

 そして意識がない今も、ミギワの頭部を大事そうに腕に抱え込んでいる。


 そのミギワが、ふっと動いてウィズの手を外し、ゆっくりと立ち上がった。

 無表情な顔を上げて、階段の下からあたしをまっすぐ見る。

 頭の中が真白になった。


 この時自分が何を言ったのかはよく覚えてない。

 思い通りになって満足か、というようなことを言ったのかもしれない。 叩いちゃダメだ、と必死に自分に言い聞かせていたことしか記憶にないのだ。

 ミギワの能面のような顔に表情が宿った。

 笑ったのだ。

 「お前はあの院長とおんなじだな。

  はっきり言えよ。 俺はやっぱり悪魔だろう?」


 我慢できなかった。

 あたしはミギワの頬を引っぱたき、大声で泣いた。

 ベレッタ刑事が大慌てで階段を昇って来る。 後ろから警官が慌しく集まって来る。

 もういい。 もう頑張らない。 ミギワは愛児院に戻そう。

 こんな子、勝手に悪魔になればいい!!

 

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