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23、神様の贈り物

 キッチンにたまったグラスやお皿を洗っていると、ウィズがカウンターに入って来て、

 「わかってるよ」

 ポツリと言った。

 「美久ちゃんは、怜が僕のことどう思ってるか気になるんだろ。

  でももう少し待ってやってくれないかな」

 「待つって何を?」

 「怜自身、自分が何者なのかまだ全然わかってない。

  そうじゃなくても、そもそもレイミ先生と二人だった時代から、恋愛についてはお互いにかなり混乱してたんだ。 今はもう少し迷っておいた方がいいと思う。 

  ほら、分かれ道のところでしっかりキョロキョロしてから歩き出した方がいいのと同じでさ」

 

 あたしが泡だらけにしたグラスを、ウィズが取り上げてぬるま湯ですすぐ。

 白い泡が流水に溶けて透明なガラスが現れて来るのを、あたしはじっと見ていた。

 「ウィズは怜さんの将来が見えるんでしょ?

  どういう恋愛をするのかわかるんなら、何かアドバイスしてあげたらいいんじゃないの?」

 「見ないよそんなの」

 魔術師はきっぱりと言った。

 「見ようと思ったら見えるし、見なくても匂い程度には見えちゃう場合もあるんだけどね。

  でも怜はもう自分で歩けるし、いい大人にそういう押し付けは失礼だよ」

 「だったらそう言ってあげればよかったのに。

  怜さんは昨日、ウィズが未来を覗いてるもんだと思って怒ってたわよ」

 「ちゃんと言ったじゃないか。 怜の未来はもう見ないって」

 ‥‥そう言えば確かに言ってたね。

 怜さんはそういう意味に取ってなかったけど。


 「‥‥不器用ねえ」

 あたしはくすんと笑って手を拭き、グラスを洗い続けるウィズのシャツの袖をまくってあげた。 もう手遅れって感じにすっかり水浸しになっている袖を。

 ほんっと、ウィズっていつも自分のことがお留守ね。

 お陰であたしは始終心配でハラハラして同時に癒されて、そしてたまらなく愛しくて苦しい。

 この不器用な魔術師をあたしにくれた神様に、心から感謝と、ちょっとだけ恨み言も言いたい気持ち。




 「怜さん、今夜の寄せ鍋パーティーどうしよう?

  ミギワくん、まだ体に戻ってないんでしょ」

 湯上りにまた氷水を飲みながら、二日酔いに眉根を寄せている怜さんの隣に座り、聞いてみた。

 「今2階まで覗きに行ったけどまだだったね。

  でもあれが戻るとなると一瞬だから、中止はしたくないんだが‥‥。

  お母さんはなんて?」

 「母は、動けなくても体を連れて来て予定通りやればって。

  子供が楽しみにしていた行事、自分が親なら中止に出来ないって」

 「そうか。 じゃあ親代わりの我々もそうしよう。 よろしく言っといて」

 「はい」

 「それと‥‥今日はまどかくん来ないの?」

 「え? まどか!」


 今回の企画は「ウィザード」の常連メンバーから出た物なので、まどかの名前は入ってない。

 「ウィザード」のお客さんは、老人から学生まで実に多彩で、ミギワの先生になりたい大人も結構な人数いるのだ。 山登りを教えたいとか釣りに誘いたいとか、それぞれがハンドルを握りたがるので収拾がつかなくなりつつある。

 あたしとしては、パソコンに興味のあるミギワに、まどかが「楽しいインターネット教室」をやってくれたらいいなと思ってはいるんだけど。


 「いや、まどかくん昨日せっかく来てくれてたのに、俺たちがさっさと出かけちゃったろ?

  美久ちゃんのお母さんとふたりで、あのあと気まずい思いをしたんじゃないかと気になってたんだ。

  怒ってなかったな?」

 「まどかはああ見えて穏やかな性格なんで、ひとりでカリカリ来ることってあんまりないけど‥‥でも、そう言えば夕べ、ごめんねってメール打ったのに戻って来てなかったわ」

 ミギワのことばかりで忘れてたけど、ちょっとあたしも気にはなってたんだ。

 「俺もなんかセクハラっぽい発言もしちゃったし。

  謝ってたって言っておいてくれないかな」

 「今言う! そいで、今夜来てって誘っとく!!」

 あたしはその場でまどかにメールした。

 あっという間に返事が帰って来たのは、タイトルを「怜さんが‥‥」としたことのご利益かなと思ったのは、あたしの考えすぎだろうか?


 まどかのメールには、今晩あたしの家には行けるけど、その前に1度、外で会って欲しいと書いてあった。 何か迷いを感じる文章だった。



 

 「ウィザード」ではなく、うちのマンションのすぐ前にあるパン屋さんに来てもらうことにした。

 ベーカリーショップに小さなティーラウンジが付いているのだ。

 ドアを開けて、パンの焼けるいい匂いの霧の中に踏み込んだあたしの目に、信じられない光景が映った。 一番奥の席にいる長身の美人が、拗ねたような素っ気ない顔で手を振っている!!


 「まどか‥‥」

 なんでだろう? まどかが女の子に見える。 

 スカートじゃないよね。 化粧してる訳でもない。

 ジーンズじゃなくてパンツスーツだからか? あ、髪型をちょっと変えてる。

 それと、ああ、ネックレスと小さいイヤリングをしてるんだ!

 こんなちっぽけなアイテムで、彼女がこんなに女の子らしく見えるなんて知らなかった。

 しょっちゅうショッピングに付き合ってもらった上に、クリスマスだって誕生日だってさんざんプレゼントを贈る機会がありながら、あたしはなんて友達甲斐のない女だったろう!!



 「すごい‥‥まどかメチャメチャきれい‥‥」

 昨日のことを謝るのも忘れて、一人でテンション上がってしまったあたしと逆に、まどかはうつむき加減に首を振った。

 「こんな自分、やなんだ」

 「そんなことない! 似合ってるよ」

 「そこじゃなくて!」

 どん、とまどかが拳でテーブルを叩く。

 「美久に勝とうと思ったんだ。 負かしてやろうと思ったんだ!」

 

 語気の強さに気を飲まれ、あたしは黙り込んだ。

 怜さんが言ったとおり、まどかはあの場に置き去られて少なからず腹を立てたんだろう。

 「まどか、ごめ‥‥」

 「美久はどうせ如月さん以外の人と付き合う気はないんだ。

  そう思ったらなんかすごく美久が傲慢に思えて腹が立って、きのう帰りに美容院に飛び込んで、そのあとスカートまで衝動買いした」

 「うそ! なんで今日履いて来なかったの?」

 「だからいやだったんだってば! そういうのって、浅ましいじゃないか。

  美久に腹が立つなら美久にそう文句言ってやればいい。

  それをしないで美久から何かを取り上げるとか、ギャフンと言わせるとか、陰で動いて復讐するのはくだらない女がよくやることで、一番嫌いなことのはずだったんだ。

  怜さんに誉められて、確かに女らしくしてみたくなったよ。 でもその途端にそんな嫌なところがオンナオンナして来るなんて、自分で自分が気持ち悪くてやめたんだ。

  さあ、美久。 ここに立て。 ちゃんと近くに来て頭下げろ」


 あたしは立ち上がってまどかに駆け寄った。

 そして思い切り抱き付いた。

 「おい‥‥なんだよ、違うだろ。 ちゃんと謝れって‥‥」

 「まどか好きだあ!」

 人が見たら誤解しそうな台詞を思いっきり叫んでしまった。

 この友人も、神様の贈り物だ。 

 あたしの幸せは、周囲のステキな人たちが日夜生産してくれているのだ。


 ブラボー!! 


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