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22、開いて見せろ

 「ミギワくん!」

 ミギワの額からパーッと赤い霧のようなものが散って、彼の体は溶けてなくなってしまった。

 その後を追うように、ヒステリックな声が森の木の葉を揺るがした。

 女の子の叫び声。


 「あたしじゃない! ミギワがやったのよ。

  ミギワを殴りなさいよ、あたし何もしてないっ」

 

 ウィズの顔はいつも通り無表情だったが、発した声には凍てつくような怒りと悲しみが絡まっていた。

 「髪を切られてるから男の子に見えるけどね。

  今の子供はミギワじゃなくて、お姉さんの美奈茂(ミナモ)

 「殺されて埋められてたお姉さん?」

 「そう。 でも彼女が亡くなった今でも、ミギワはこの言葉を恨み続けてる。

  父親に殴られるたびに、彼女は折檻から逃れようとしてミギワのせいにした。

  結局ふたりとも殴られるだけなんだが」

 

 「‥‥じゃあ今、ミギワくんはどこにいるの?」

 森の中は静まり返っている。 関係者を皆殺しにしてしまったのだから無理もないけど。

 「ミギワはこれからココに来るよ」

 ウィズが言った。

 途端にズン、と大きな地鳴りがした。

 「来た」

 「き、来たってこ、これ?」

 ズン、ともう1度地面が揺れた。

 お腹に響く音と共に体が飛び上がる。

 ズン。 ズン。 ズン。

 これは地鳴りというより‥‥足音だ。


 バキバキと木が倒される音がした。

 待て。 待て待てちょっと待て。

 あたしは何を想像しようとしてる?

 こういうシチュエーションで登場するって言えば、怪獣とか巨人とか、ああっ考えちゃダメだ! もっとかわいい物を想像しなきゃ。


 「か、可愛いクマさん! 可愛いパンダさん! 可愛いゾウさん!

  って、あああダメだどれもデカい!!

  可愛くてちっちゃい蚤さん! い、いや、可愛くてちっちゃいハエさん! 蚊さん!」

  か、可愛い物が想像できない!

 パニクッった頭の中で死に物狂いで検索をかけるのだが、この怪獣映画っぽいシチュエーションを打破するイメージを作ることが出来ない。

 困り果てた挙句、辛うじて頭の隅に湧いてきたアイデアにしがみついてしまったあたしを、どうか責めないで欲しい。


 「ウサギだっ。 かわいいぞ小さいぞ、よしウサギさんだ決めたっ」

 あたしは近づいて来る足音に向かって、魔物に襲われかけた祈祷師が放つ呪文のように叫んだ。

 「ウサギさんウサギさん、あれは可愛いウサギさん。

  赤いお目目に長ーいお耳がとってもキュートな。

  ‥‥とってもっ‥‥キュー‥‥究極にでかい‥‥で、でかすぎるウサギさん‥‥」

 台詞の最後の方は、もう敗北の白旗と共に押し出すしかなかった。

 

 木の倒された後に見えてきた広い青空に、そびえ立つのはこいのぼりなんかよりずっと大きな、神社の幟のような‥‥ピンク色の長い耳。

 地響きと共にやってきたのは、ピンクバニー仕様の巨大ウサギそれも堂々と二足歩行の漫画チックな、でも馬鹿でかいから結局怖いとしか思えない‥‥ウサギだった。


 うわーん。 ごめんなさい。

 どんなに可愛い動物でも、この大きさじゃ単なる怪獣でしかない。

 ベッド一台分もある巨大な足が、あたしたちの目の前にどーんと降りて来た。

 叫び声を上げる暇もない。 次の一瞬で、ウサギの手がウィズの体をつかんで、空中へと持ち上げた。


 「だめえっ」

 高々と持ち上げられたウサギの手の中で、ウィズの姿が見る見る小さくなる。

 血の池みたいな目玉がギョロンと動いてあたしを睨みつけた。 (ふすま)ほどもある大きな2本の歯が、草食なんぞといった生物学的事実を無視していいほど怖くて、取りすがろうとしたあたしの足はすくんでしまった。

 「ミギワくん、やめてウィズを降ろして!

  お願い‥‥きゃああ、ダメえ!」

 ウサギはウィズを握った前足に、ぐいぐい力を入れていた。

 不器用そうな指が次第に畳まって魔術師を締め付けている。 ウィズの顔が苦痛でゆがみ、手足を突っ張って抵抗している様子が辛うじて見てとれた。


 あたしはウサギの後足に駆け寄って、ポカポカ殴ったり蹴飛ばしたりしてみたが、当然のことながら全くダメージらしき物は与えられなかった。

 「美久ちゃん、殴っちゃだめ‥‥」

 ウィズの声がした。 ウサギの手の中にすっかり握りこまれた彼の姿は、もう見ることが出来なかった。 くぐもった声だけが、上空から微かに落ちて来る。

 「殴っちゃダメだよ。 この子は殴られて育ってこうなったんだ。

  同じことをやってもなおんないよ」

 魔術師の声はそれきり途切れた。 ウサギはまだ手の力を抜いてない。


 かしゃん、と10円玉より安っぽい音がして、あたしの足元に例の不細工な光線銃が落ちて来た。

 

 ああ、どうしよう。

 あたしは忘れてしまったのだ。

 パニックを起こして忘れていた。 「ウィズは死なない」と想像しなきゃいけなかったのに。

 もう遅い。 ウィズは死んでしまった。


 愕然とするあたしの耳に聞こえて来た声は、珍しいくらい元気な魔術師の声だった。

 「おいで、ミギワ!

  もう1歩、ほらあと1歩! ここまで来てごらん!!」

 リハビリルームで両手を広げているウィズの姿が、一瞬青空に映し出された。

 ウィズの“本音”だ。

 それはいつもミギワに接していた時と全く変わらない姿だった。


 ミギワにはよほど意外だったのだろう。

 気が付くと巨大ウサギの姿は消え去って、目の前に小さなミギワが呆然と立っていた。

 あたしは正面から彼を見つめてため息をつく。

 「ほんっとに馬鹿よ、ミーくんは。

  ウィズはお腹の中まで本心からキミの事が心配だったのに、少しも信じてなかったのね?」

 心の中で燃え盛っている青白い炎に、胸の中が焦がれて焼け付きそうだ。

 あたしは銃を拾い上げた。

 

 「あたしの頭の中も、ウソがないか見てみたい?

  ほんとの事言ってるのが信じられないなら、全部空けてみるといいわ。 その代わり、鶏を殺したらもう金の卵は生まれてこないわよ!」

 あたしは光線銃を自分の頭に当て、静かに引き金を引いた。


  ゲーム・オーバー。





 飛び起きて時計を見ると、朝の6時だった。

 「ウィズ‥‥」

 まだ全身が緊張して震え続けている。

 夢だったの?

 ほんとに夢だけだったのかしら。

 あたしは大急ぎで服を着替え、まだ暗い街へと飛び出した。

 

 魔術師にとって、他人の夢に入り込んで見る夢は、ほんとの夢よりも現実に近い。 半分目覚めてないとコントロールできないからだ。

 その分、あたしたちよりも夢の中であったことの影響を受けやすいように思う。 以前、あたしが惨殺される夢を一緒に見ただけでダメージを受けていた。

 握り潰されて殺される、なんてハードな体験をして、日常生活に支障はないんだろうか。


 「ウィズ大丈夫? ねえ、起きて!」

 暗証番号と合鍵で勝手に部屋まで突破して、カウンターバーつきのキッチン脇に置かれたカウチソファに駆け寄った。 横たわった影を抱き締めて耳元で声をかける。

 「ねえ、ウィ‥‥」

 「美久ちゃん、僕はこっち」

 不意に言われて飛び上がった。 浴室のドアが細く開いて、大量の湯気と黄色い明かりと共に魔術師が顔を覗かせている。

 「服取ってくれる? 適当でいいから」

 「え‥‥え?‥‥えええ?」

 ではここで寝てるのは誰なんだ。 

 あたしは恐る恐る腕の中の男を見直した。 嫌な予感がする。

 「コロ、水くれ」

 「いやああやっぱり怜さん!」

 弾かれたみたいに飛びのいたあたしを見て、怜さんは顔をしかめ頭を抱えた。

 「美久ちゃん、もう少しエレガントな声で対応してくれ。 頭痛に響くから」

 「ま、また飲んで泊まったの?」

 「あんまし覚えてないけどそうじゃねえかな」

 「そ、そうじゃねえかなって‥‥。 きのうふたりで大喧嘩してたよね」

 そいでもって、最後キスしたよねウィズと!! 

 そこからウィズは12時には寝てたわけだし、どうやったらこういう状況になるんだ?


 魔術師はあたしが渡した服を着て浴室から出ると、黙って怜さんに氷水を作って渡した。 

 怜さんも無言で水を飲み、そのあとタオルを要求した。 普段お尻の重いウィズを顎で使っている。

 ウィズがバスタオルを渡すと、今度は怜さんが浴室に入ってシャワーを浴び始める。 その間、ほとんど無駄な会話をしていない。

 もの凄く怒っていたウィズと、混乱のあげくに部屋を出て行った怜さんの昨日の状況から、今のふたりを想像するのは難しかった。

 だのになんだか口を挟むのがはばかられて、あたしは事の次第を聞きただせずにふたりの様子を見守るほか何も出来なかった。

 頭の中を開いて見たい。

 夢の中で思いを展開したミギワの気持ちが、ちょっとわかったような気がする。

 このふたりの関係、開いて全部見せて欲しい。

 来年はウサギ年ですから‥‥怪獣にしちゃったけど。

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