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21、貧困でごめんなさい

 泣き声がする。

 激しく殴られている気配もする。

 

 「やっ‥‥イヤ‥‥! お父ちゃん」

 ミギワの声だ。

 小さな声だが、家を押し潰す雪の重みのように、ひしひしと重く怖い。


 お花畑の先にあったのは、ころりと可愛くまとまった感じの小さな森。

 サラダの中にブロッコリーを丸ごと立ててあるみたいに、丸く刈り込んだ森だ。

 「ミー君、ここにいた」

 あたしが言うと、

 「罠だけどね」

 魔術師が釘を刺した。



 その森にたどり着くのはウィズがいるから簡単だったのだけど、そのウィズを元気にするためにあたしは結構な苦労をしていた。

 人間、想像力を羽ばたかせるのは努力さえすれば出来る。

 でも一旦想像した事を取り消す場合は、努力に加えて発想の転換が必要になって来る。

 1度見てしまったウィズの死体のイメージを取り除くために、あたしは頭の中で彼にスーツを着せたり、部屋着にしているジャージを着せたりしてみたが、ウィズが傷ついている気がするのを止められなかった。

 最後にヤケクソで、あの狂ったようなショッキングピンクのバニースーツを着せてみて、ようやく恐ろしい想像を振り切ることが出来たのだ。 もちろんその後で、ちゃんと上からロングコートで隠してあげた。

 そんなわけで魔術師は今、長い厚手のコートを着ている。



 あたしの掌を握り締めたウィズの手は熱かった。

 ミギワの捜索をするうちに全開してしまったらしく、表情からもソコハカとなく“オレサマオーラ”が噴出している。

 こんな時、この男はこわいほど思い切りがいい。

 罠だと言いつつも、ためらいなく森の中へずんずん入って行く。

 木陰に入り込んだ途端、薄暗くなって方向も定めにくくなった。 四方八方同じ木立ちが並んでいるようで見分けがつかない。 

 ミギワの声を頼ろうにも、周囲にこだましてさっぱり見当がつかない。

 

 あたしの困惑と逆に、ウィズの足取りは確信に満ちていた。

 ほどなく辿り着いた、森の中央部であろうひときわ暗い場所。 そこには、巨大な幹を持つ木が一本生えていた。

 幹の向こうに小さな空き地があり、粗末な掘建て小屋のような物が建っていた。

 周囲には木から木へとロープが張り巡らされており、シーツやシャツなどの洗濯物が万国旗のようにかけられている。

 巨大な幹と洗濯物の陰で、虐待は行われていた。

 体の大きな男が、小さな男の子を布団たたきで殴り続けているのだ。


 「ミー君‥‥」

 これはミギワのイメージ世界なんだろうか。

 それとも彼自身の記憶の再現なんだろうか。

 足が震えて呼吸が乱れるのを感じた。 恐怖心ではなく、怒りのためだ。

 

 ウィズは足を止めて静かにあたしに言った。

 「美久ちゃん、何か僕に武器を出して」

 「武器?」

 「君がイメージできる物しか手に入らないんだ。

  思い浮かべられる最強の武器を僕にくれ。

  できれば刀や剣じゃなく、飛び道具がいい」

 「わ、わかった! ええとそうね、こ、光線銃にする!」


 2秒後。

 あたしの手の中に出て来た物をみて、ウィズが言った。

 「僕はのび太くんか」

 そう、あたしの貧困なイメージで作り出せる光線銃なんて、ドラえもんの便利グッズよりもまだ曖昧なデザインで、とても最強の威力は期待できそうになかった。

 いや、小学生の粘土細工でももう少しましかも‥‥。


 「ごめんね! イメージ超貧困で!!」

 「いいよ。 百発百中なら許してあげる」

 おい。 ナニサマだ?

 ムッとしたあたしに、オレサマ魔術師は畳み掛ける。

 「美久ちゃんが的中するって思ってくれなきゃ困るから言ってるんだ。 的中するね?」

 「あああ、そ、そりゃ百発百中だわよ!

  なんたって自動センサードンピシャ照準付き万能光線‥‥がここからビビビビ」

 言、言ってる端からどんどん弱そうになってくのはなんでだろう。

 「ありがとう。 これでヤッ〇ーマンレベルになった」

 オレサマ・ウィズの憎ったらしい背中にあたしはアカンベをした。

 

 ウィズは巨木の陰から1歩踏み出し、銃を構えて言った。

 「そのままこっちを向きなさい」

 古風なロングコートに光線銃。

 お伽の国ばりの森の中に、生活臭丸出しの洗濯物。

 一体何の映画なの?って感じのシーンになってる。


 「んだよてめえ?」

 男が舌をもつらせながら凄んだ。

 むさ苦しい無精ひげの下の顔は赤黒くドロンとしている。 酔っているのだ。

 「子供を殴るのをやめるんです」

 「るせえっ! てめえに関係ねえだろ、躾けでやってるんだ。

  親は子供をちゃんと躾けなきゃなんねえんだよ!」

 「手を離さないんですか」

 「オレの勝手だろ!」

 男がウィズに向かって布団たたきを振り上げる。


 びびびび。

 勘弁してくれと言いたくなるほど間の抜けた音がして、ウィズの持つ銃から放たれた赤い光線が、男の額を打ち抜いた。

 男の顔が一瞬笑ったようにゆがむ。

 そして、一気にしぼんで無くなってしまった。

 同時に体も霧のように散って行った。


 と、突然森の中に、野太い声がこだました。 今消えたばかりの男の声だ。

 「どいつもこいつもオレを馬鹿にしやがって。

  頭が高えってんだ、さっさと(ひざまず)けえ!」



 声の反響が消えるまで、しばらくかかった。

 「馬鹿が本音を吐いたぞ」

 全開時特有の皮肉たっぷりの口調で、ウィズが吐き捨てた。

 

 「ミギワくん!」

 あたしは突っ立ったままの子供に駆け寄り、その場にかがんで肩を抱き寄せた。

 「会えてよかった! 心配したんだよ。

  どこが痛い? 怪我してない?」

 そのあたしの声を遮って、金切り声で叫んだ者がいる。

 「うちの子に何すんのよ!」


 家の中から母親らしい女の人が飛び出して来た。

 いや、訂正する。“母親らしくないけどどうやら母親のようである人”だ。

 ミニスカートに派手な色の髪。 睫毛を盛りまくったギャル化粧。

 「あんた何?

  うちの子に勝手に触るんじゃないよっ」

 ウィズがフンと鼻を鳴らした。

 そして次の瞬間、銃の先をその女の人に向けたのだ。


 「ウィズ?何すっ‥‥」

 赤い光線が、厚化粧の鼻の上に命中した。

 あたしの悲鳴が響くのと同時に、それを凌駕するボリュームの怒鳴り声が轟いた。

 ドスの利いた女の声で。

 「おまえなんか産みたくなかったんだ。

  おまえさえ生まれなきゃ、もっとましな男つかまえて幸せになれたのに。

  あたしの人生返せよ、このくそガキ!!」


 呼吸が止まりかけた。 今のは、この母親の本音だ。

 銃で撃たれた人は、お腹の中の本音を吐き出してる。

 それが秘められた物なのか、過去にミギワに向けて吐き出されていた実際の言葉なのかは、あたしにはわからない。 でもミギワの心の中にある“傷”の部分だという可能性は充分ある。 だってここは夢の中なのだから。


 木立ちの陰から、ランドセルを背負った小学生が4人ほど出て来て、ウィズを指差しながら叫んだ。

 「見たぞ! こいつ人殺しだ」

 「殺人犯だ! 警察に言ってやる」

 「いーってやろいってやろ」

 「せーんせいにいってやろ」

 ウィズは黙って、躊躇なく引き金を引いた。

 赤い光線は小学生たちを横なぎに薙ぎ払い、一撃で霧散させてしまう。


 ばらばらに散り去った4つの体から、飛び立ったのは4羽のスズメだった。

 彼らは屋根の上に飛び上がって、粗末なベニヤ板の上を飛び回りながら歌い出す。

 「ミーギワミギワ  ツギハギミギワ

  ミーギやヒダリのだんなさま

  あわれなミギワでございます

  どうかわたしにおめぐみを」

 

 そうかこいつら、ミギワを学校でいじめてたのね?

 あたしは一気に同情する意欲を失った。

 ウィズがもう1度銃の引き金を引いてスズメたちを処刑するのを、こんどは止める気にならなかった。


 

 あたりが静まり返ると、ウィズは銃を引っさげてあたしとミギワを振り返った。

 小さな手が怯えたように、あたしの腰にしがみつく。

 大丈夫だよ、ミー君。 ウィズは優しいよ。

 言おうとしてあたしは声を飲み込んだ。

 ウィズが不細工な光線銃の銃口を、すっとこちらへ向けたからだ。


 「美久ちゃん、どいて」

 「‥‥な、何言ってるの? ミギワ君だよ?」

 「違うね」

 ウィズは引き金を引いて、子供の頭を打ち抜いた。

  

 前回に引き続き、美久ちゃんの夢の中からお届けしています。

 普通の夢だと、なんだかもっと自分自身の気持ち的には淡々としてるんですが、ここでは魔術師がコントロールしているので、かなり現実に近い感覚で展開しています。

 次回ももう一話ぶん、夢の中の話になると思われます。

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