20、不死身なあいつと魔術師なあたし
今夜、12時。
夢の中で会おうね。
おとぎ話の台詞じゃないよ。
あたしの魔術師は大真面目で、そんな台詞をおやすみなさいの代わりにする。
そしてほんとに実行してしまう。
気がつくと、あたしはちゃんとあの時のお花畑の中にいた。
青空は視線の先のずーっと高いところにある。
草の感触は背中の下に。
そう、花畑に横になっていたのだ。
ウィズの顔が、視界を遮ってあたしを見下ろしていた。
なんと、既に彼の腕の中にいるじゃないか。
ふたりで横になって抱き合っている。‥‥服は着てるけど。
「ええと‥‥あはは」
あんまり唐突なんで、笑い出してしまった。
「いきなりここからなの?」
ロマンチックな夢のデートのはずなのに、突然ベッドシーン(ベッドはないけど)から始まるって、ちょっといただけない。
「もう、ウィズのエッチ」
「違うよ。 エッチは美久ちゃんじゃないか」
「あたし?」
「だって美久ちゃんの夢の中に来てるんだよ。 だからこれはみんな、キミが考えたこと」
えええ? そうなのか? あたしがスケベか?
この前から見ているウィズとの青空エッチは、やっぱりあたしの願望か?
「願望とは違うよ、ただの想像だもの。
望んでないことを想像しちゃうことは、誰でもあるだろ」
言いながらウィズの指先は、さりげなく仕事をしている。
やだ、そこでボタン外したらだめ。 屋外なんだよ、ミギワが来たら丸見えだよ。
え? もしかしてこれもあたしの想像?
「そうだよ、忘れないで。 ここでは美久ちゃんの想像が全て。 美久ちゃんが魔術師なんだ。
僕やミギワは外から来て、ここに干渉してるけど、美久ちゃんの頭で想像できない光景は絶対に現れないから、悪いことを想像しないようにすれば悪いことは起こらない。
ほら、覚えてないかな。 以前夢の中で、僕は君に手錠をかけたことがある」
「覚えてるわ」
「あれは『拘束する』という行為から君が想像した映像なんだ。
少し前に僕らはふたりとも、本物の手錠を触っていたから、共通認識があった。
それを僕が利用して映像に乗っかったんだよ」
「ああっ」
「なに?」
「ウィズの手、すごく冷たい‥‥」
胸の中にちゃっかりと潜り込んで来たウィズの手は、震え上がるほど冷たかった。
すると魔術師はいたずらそうに目を輝かせて、耳元でこう囁いた。
「あったかいよ。
ちゃんと想像して。 僕の手は冷たくなんかない、暖かいんだ」
するとウィズの掌は、あたしの胸の上でほわんと暖かくなった。
「ね?」
「そうか、あたしは魔法使いね。
でもって、ウィズはあたしをコントロールしてるから、魔法使い使いね!」
「なにそれ!」
ウィズが笑った。
笑いながら更に大胆になって、あたしのブラを外し、指先は下半身へとスライドしながら、胸の敏感なエリアに舌を這わせた。
「やん。 だめ」
「ダメなら想像するのをやめてごらん」
意地悪く言われてムッとした。
憎ったらしい! そんなら断固拒否してやる。
あたしは自分自身に言い聞かせた。
「想像しない! あたしは想像しない。
ウィズがあたしの胸を‥‥あ、〇〇するとか想像しない!
ゆ、指を‥‥いやっそこ‥‥〇〇に〇〇ってるとか、絶対想像しない!
あああっ、それがあたしの〇〇に〇〇ってもの凄く〇〇〇〇ちゃうだとかなんて、死んでも想像しない!」
「美久ちゃん、美久ちゃん」
ついにウィズが吹き出した。
「大丈夫? 全部実況しちゃってるんだけど」
「ふええええん、ウィズの意地悪ぅ」
「いや、そこは頑張るトコじゃないと思うんだけどなあ」
「だけど、ミギワが来たら中断でしょ? キスだけにして?」
「わかった」
ウィズの唇があたしの唇にそっと触れ、それからゆっくり深く重なって来た。
ウィズのキスは好き。 キスだけならいつでもOKだ。 お互いの口に爆弾でも詰まってない限り。
‥‥え? 爆弾!?
ヤバイ。 爆弾を想像してしまった。
ギョッとした。 あたしとキスするウィズの口の中に、何か硬い物が生えている。
舌先で探ると、薄く平たい金属の感触。
よかった、爆弾じゃない。 ‥‥って、じゃあこれは何!?
あたしは唇を離し、ウィズの胸をぐっと押した。
遠ざかった彼の顔は人形のようにうつろで、その口から銀色の物が突き出していた。
銀色に光る、薄っぺらくて冷たい金属。
刃先‥‥だ。
うっすらと血の赤がまとわりついた、刃物の先っぽ。
「ウィ‥‥ズ?」
ウィズの体がどさりとあたしの胸に落ちて来た。
首の後ろに、長い銀色の刀身が生えていた。
日本刀だ。
刀身をゆっくり目で辿ると、鍔が見え、柄が見え、それを握っている殺人者の白い手と顔に行き着いた。
「ミギワ‥‥くん」
ミギワは唇を震わせてしばらく呆然としていた。
そのあと静かに笑い始めた。
「なんだ‥‥なあんだ、簡単なんだな!」
高らかな笑い声と共に、ミギワが日本刀をウィズの首から引き抜くと、ざあっと音がするほどの大量の血が、あたしの顔と胸に降りかかった。
「あははは、殺した! 殺せるじゃないか。
なあんだ、吹雪なんか簡単に殺せるんだ!」
ミギワは日本刀を放り出し、高笑いのためよろけながら走り去って行く。
悲鳴をあげたが、ほとんど声にはなっていなかった。
「ウィズ! ウィズ! ウィズ死んじゃだめえっ」
ウィズの体の下から這い出したあたしは、なんとか出血を止めようとしたけどだめだった。
目を見開いているのに、涙で何も見えなくなる。
「美久ちゃん」
ふと死体の顔のまま、魔術師がしゃべった。
「美久ちゃん、僕は死なないから」
そんな顔で武田鉄矢なことを言われても。
「美久ちゃんが想像しなかったら死なないんだってば」
「あ、そ、そうか。 わかった。 ウィズは元気ね!!」
取って付けたように言うと、確かにちょっとだけ大丈夫な気がして来る。
そうよそう、ウィズは不死身よ、全ッ然平気。
バリバリ元気なのよ、わかった? わかりましたか美久ちゃん!!
「よおし、はい起きて下さい!」
あたしはわざと勢いよく、ウィズの体を押しのけて立ち上がった。
「怪我人でもないのに、いつまでも寝てないの。
ミー君を追いかけるわよ。 ほら早く立って走るの」
「うわ‥‥きッつ‥‥」
ウィズはホントに死に掛けていたらしく、何か口の中でぶつぶつ言いながら、辛そうに体を起こした。
首筋からピューピュー血が出てるんだけど、信じないことにしよう。
「はいはい、急いで急いで」
あたしはよろよろしているウィズを引っ張って、ミギワが消えた方向へ走って行った。




