2、魔術師はごきげんななめ
「美久はいいなあ。 あんなゴージャスなカレシとラブラブで」
あたしがウィズといるところを見た友達は、決まって言う。
それが間違いだと言う気はない。
あたしの彼、ウィズこと如月 吹雪は、CG映画の美青年役が素で張れる感じの、超美形だ。
性格だっていい。
言う事もやる事も、考え方も優しい。 少々ムラっ気なところはご愛嬌だ。
占い師って職業は、結婚相手としたら胡散臭いかもしれないけど、天職なんだから仕方がない。
彼がインチキだと思う人は、試してみるといい。
今朝あなたが使った歯磨きの銘柄まで当ててくれるから。
そう、実は彼のやってるのは、“占い”とは微妙に違う。 正確には“千里眼”だ。
「映像を見る」形でなら、現在・過去・未来なんでも見通せる。
でもあたしが彼を好きなのは、美形だったり有能だったりするからじゃない。
どっちかと言うと、もっと弱い部分が好きかもしれない。
お金持ちなのに、少しも使い方を知らないとこが好き。
気分屋で人に誤解されやすいのに、ちっともフォローできない不器用さが好き。
打たれ弱くて、すぐにヘタレちゃうとこが好き。
あたしを好きになってくれたとこが、好き。
もちろん、いいことばっかりじゃない。 付き合っていて苦労してることもある。
昨日はデート中に、いきなり「ペットショップに行く」と言い出した。
そこで鳥を飼ってもいないのに、鳥籠と鳥の餌を買ったのだ。
「これから必要になるから」と言って。
確かに数時間後に必要になったわけだから、便利な能力だなって思うでしょ?
ところが籠を買った後、彼はだんだん不機嫌になり、デートのムードは険悪になってしまった。
「ウィズ、何か怒ってる?
あたし、何かやったっけ」
「怒ってないよ。 不愉快なのは‥‥今は関係ないことだし」
プイと向こうを向いて言われても、なんの足しにもならないよね。
こういう時は、絶対あたしから怒っちゃいけない。
未来だの過去だの遠くだの、彼はありえない力で色々な物を見る。
それに引きずられて動揺したり感情的になることもある。
でもそれがあたしには見えてないことも、ちゃんとわかっているはずなのだ。 だから時間が経つと絶対、気分を変えてフォローして来る。
それをゆっくり待たなきゃいけないし、 時にはごめんねが言いやすいように、誘導してあげなきゃいけないのだ。
見えない何かに一喜一憂する彼を責めない事。
ひたすら見守る、とりあえず許す。
その扉があたしに開かれる時を、信じて待つ。 最近はそれが出来るようになった。
あたしはウィズにぞっこんだけど、溺れているわけじゃない。
ようやくそんな気がし始めた、今日この頃なのだ。
さて。
前代未聞の殺人リレーの後片付けが終ってからのこと。
いつものボックス席に戻ったウィズは、ひとことも口をきかなかった。
パソコンを一旦閉じたくせに、すぐに再開したのは、きっと他にあたしと口を利かずに済む方法がなかったからだろう。
あたしの胸の谷間では、殺人インコが満足そうにブラのハンモックで仮眠中。
さて、作戦を考えなくちゃ。
あたしは頭の中で過去帳をめくって、ウィズの攻略方法を検索する。
昨日から、この不機嫌な態度だもん。
絶対ウィズって、この鳥のこと、もっと詳しく読んでるはずだよね。
でも、何故か口に出したくない様子。
うまい具合に、オタリーマン白井さんが、グラスを片手にこっちに移動して来た。
「うわ。 すっかり美久ちゃんのバスト独占しちゃってるな、エロインコめ。
見てよ、この得意そうな顔‥‥わッ、こわ!」
白井さんが、ぽっちゃり太った手で指差すと、インコはその指に向かってギイィッと威嚇の声を出した。 白井さん、あわてて手を引っ込める。
「こいつ相当、美久ちゃんに入れ込んでるなあ」
言いながらテーブルの向かい側に腰を降ろしかけた白井さんを、今度はウィズが牽制した。
椅子の上に、長い足をドンと乗っけたのだ。
「何すんだよ、吹雪くんまで!」
「膨張税です」
「小学生みたいな真似すんなよな!」
まったく、このふたりって、仲がいいのか悪いのか。
あたしはやむなく喧嘩を逸らすために、白井さんに話しかけた。
「白井さんはどう思います?
このインコがさっきの騒ぎの原因って、ありえるんでしょうかねえ」
「うーん。 僕、オカルト好きだから面白いとは思うけどね」
白井さん、インコにかこつけて今日は大っぴらにあたしの胸を見ながら言う。
「さっきの感覚は、例えばインコに命令されたとかって言うんじゃないと思うんだ。
自分が何やってるかわからないってだけじゃないんだな。
その間の記憶が時間ごと抜けちゃってる感じなんだ」
「美久ちゃん、美久ちゃん」
怜さんが、やっぱりグラスごと寄ってきて合流した。
「俺はさっきの騒ぎの時さ、ちょっと判ったぜ、なにしろ慣れてるからな」
「何に?」
「人格交代」
あたしと白井さん、見開いた目を見合わせた。
朝香 怜さんは、精神科のお医者様だ。
この人はもともと多重人格者で、メインキャラのレイミ先生という女医さんが、この「ウィザード」の常連だった。
今は人格を統合し、治療も進んで、すっかり男性キャラが板に着いた怜さんだけど。
その彼が「馴染みがある」と感じたのなら、さっきのあれは「インコが乗り移って、人格を乗っ取った」状態だったということなんだろうか。
説明するのは簡単なんだけど、そんな漫画みたいな話が、実際ありえるんだろうか?
「あッ、こら! コロ助!!」
怜さんが文句を言った。
もう、ウィズったら怜さんまで座らせないつもりだわ。
「お前は、インコと同じ次元かよ!」と、怜さん。
「そうだそうだ、幼稚すぎるぞ吹雪くんは!」
白井さんもここぞとばかり抗議する。
あたしはあきれてため息をついた。
「ね、ウィズ。 このコ、あたしが預かろうか」
おデコにピキピキ怒りマークの出てるウィズに提案した。
「あたし、4月まで家に居るだけだし、ずーっとこの格好でも平気だから。
その間に、ウィズはこのコの飼い主を探してよ。
ウィズなら、数日あれば探せるでしょ」
魔術師はその時、ものすごく悲しげな目つきであたしのことを見た。
そして、何故か猛烈に強い口調で、
「1日で探して見せる」
と言い切ったのだった。