15、まどかの目覚め
怜さんとふたり、ミギワの手を引いて「ウィザード」の前まで戻って来た時、後ろから声をかけられた。
「みーく!」
驚いて振り返ると、まどかがケーキの箱を高く掲げて笑っていた。
寺内まどか。 あたしの高校時代からの親友。
ジーンズに軽めのジャケット姿は特別に男装してる感じじゃないのに、やっぱり男の子にしか見えない。
「美久んちに電話したら、こっちって言われたから」
「なんで携帯にかけないの」
「だって、パソコンの調子が悪いから直してくれって言うから来たんだぞ。
美久のお母さんが、すぐ帰るって言ってたから、直しながら待ってりゃいいかなって。
でも結局バス停がここだからさ。 あ、怜さんこんにちは」
「こんにちは。 ほら、ミギワも挨拶してごらん」
「だれ?」
ミギワは怪訝そうな顔で問い返した。
「あたしの友達よ、寺内まどかちゃん。 男の子に見えるけど、れっきとした女の子なんだよ。
まどか、ミギワ君の話はしたよね?」
「聞いた聞いた。 こんにちはミギワ!」
「‥‥こんにちは」
長身のまどかに上から覆いかぶさるように挨拶されて、ミギワは目を瞬かせた。
「ウィザード」にミギワを送り届けてから、まどかと一緒に家に帰ろうとしていたら、怜さんが後ろから追いかけて来た。
「ごめん美久ちゃん、俺も家にお邪魔しちゃダメかな」
「え。 いいけどなんで?」
「お母さんに挨拶しときたいから。
明日は全員で雪崩れ込んで迷惑かけるし」
「そんなの気にしなくてもいいのに。 大体、それってウィズの役目じゃないの?」
「その通り。 でもあいつはそういうことが全然ダメだからさ。
ここは俺が横取りして、お母さんに対する点数を上げて、あわよくば美久ちゃんとの交際に賛成して貰おうと」
「まだそんな事言ってるの?」
あたしは呆れて見せたけど、ホントはちゃんとわかってた。
怜さんは、意外とそういう儀礼的なことがキチンとやりたい人だ。
きっと母に説明したりお礼を言ったりしときたいことがあるんだろう。
「ただいまあ、あ、ああああああああ!?」
玄関を開けた途端、悲鳴を上げてしまった。
家の奥から、母が笑いながら駆け出して来たのを見てしまったからだ。
「みっくちゃああん、見てこれ、入った~!」
彼女の頭には、例の可愛いウサ耳が翻っていた。
そしてその中年のタプタプしたボディには、あのどピンクのラメラメコスチュームが!!
そして足には、お肉がトコロテンみたいに搾り出されるんじゃないかってくらいにキュウキュウのアミタイツが。
そう、母はウィズが置いていったあの衣装を着てみていたのだ。
まどかと怜さんが、ざざざざっと音を立てて3メートルくらい後ろへ下がったのがわかった。
じつは、あたしも昨日、念のためにそっと試着をしてみたが、やっぱりでかすぎて着れなかった。
母に「『トッポ』の着ぐるみみたい」と言われたくらい、胴体がガバガバだったのだ。
そのあたしより、母のほうが身長が低いはずだ。
しかしああ、恐ろしいのは横幅という物の存在である。
母の胴周りについた貫禄たっぷりのお肉で引っ張られた衣装は、横ジワを残しながらも、なんとかかんとかそれなりにフィットしてしまっていた。
だけどもちろん、大きさが何とかなればいいって衣装じゃないわけだから。
母も特別不細工なオバサンじゃないが、なんと言っても歳が歳だから、賞味期限というか耐用年数というか、そういうものが過ぎてることは自覚して欲しいわけで。
「やだもうやだもう!!冗談だったんだってば!
朝香先生一緒だったらそう言ってよぉ!
美久とまどかちゃんがふたりで帰って来ると思ったから、ちょっとドッキリやろうと思ったの!!」
母は必死で弁解した。
そう言ってる間に、一刻も早く着替えて欲しいと、あたしたちは思った。
「どうもこの度は、お手数をおかけします」
着替えて出てきた母に、怜さんが神妙に頭を下げた。
「こちらこそいつも美久がお世話になっております」
母も丁寧に頭を下げて、そのままふたりは顔を上げなかった。
そして1分間、無言で笑い続けた。
あたしはまどかをキッチンの窓際に置いてあったパソコンのところに連れて行き、ついでにコーヒーメーカーをセットした。
「おばさん、昔と雰囲気変わったねえ。 あんなにはしゃぐ人だったかな」
まどかが、居間で笑い転げている母と怜さんの声を聞きながら言った。 あたしもつい苦笑した。
「そうね、母さんは離婚と共に娘時代に戻っちゃった感じなの」
「独身になったら気分が変わったって事かな」
「いろんなシガラミを脱ぎ捨てたんだって」
「脱ぎ捨て過ぎだろ」
キッチンの床に、母が脱ぎ落としたバニーの衣装が転がっている。
あたしはそれを片付けようとして、ふと思いついた。
「まどか、これ、着れるよね?」
「あああ?」
「身長がウィズと一緒くらいだもん、合うよね」
「だから何だよ」
「着て見せて」
まどかは憮然とした表情になった。
「なんでオレが着なきゃいけないんだよ?」
「いけなくないけど、まどかはスタイル悪くないし、絶対こういうの似合うよ。 着て見せてよ」
「アホかァ! お前ら親子揃ってキレまくりだな!」
「ここで内緒で着るだけだよ、人に見せろって言わないから、あたしだけに見せてよ」
「うーん」
とんでもない、という顔をしていたまどかが、ちょっとその気になった。
なんだかんだ言っても、こういう物を見ると、内緒で着てみたくはなる物らしい。
長い付き合いのまどかとあたしは、お風呂なんかも一緒に入った仲だ。
へへへ、と笑って、まどかは立ち上がった。
ホントに冗談のつもりだったのだ、あたしもまどかも。
「きゃあああ、ステキ! ウソお!」
思わず大声で叫んでしまった。
バニーを着たまどかは、そのままミスコンに出しても大丈夫なくらい、見ごたえのある美女になってしまったのだ。
「で、でかい声出すなよ!」
「だってすごいィ‥‥」
ハイヒールを履き、長い足を惜しげもなく出したそのスタイルは、文句なくモデル並みの8頭身。
あまり大きな声を出したので、母と怜さんが覗きに来た。
まどかはあわてて流し台の裏に隠れようとして、ヒールが邪魔してつまづいた。
「危ない」
怜さんが駆け寄って助け起こす。
そうして、まじまじとまどかの格好を見た。 ほんとに上から下まで、視線で撫でるみたいに。
悲鳴に近い声で、まどかがそれを止めようとする。
「み、見ないで下さいっ、これは単に冗談で」
「誰でも見るだろう、こんなキレイな物が落ちてたら」
「落ち‥‥か、からかってないで向こう行ってて下さい!」
「からかってねーって。 ほんとにキレイと思うから言ってるんだ。
俺とレミは苦学生だったから、夜のバイトで結構こういう衣装も着たし、いろいろな着こなしを見て来てるから言うんだよ。 こういうのがホントに似合う女の子少ないんだぜ。
こんなキレイな足を、なんで今までジーパンで隠すなんて勿体ないことしてたんだよ?
まどかちゃんスカート履けばいいのにさ。 そう思うだろ、美久ちゃん」
あたしは力いっぱいうなずいた。
まどかの顔が、それはそれは見事な勢いで真赤に染まって行った。
トマトみたいなその顔は、あたしも初めて見る、彼女の女の子としての顔だった。
真赤になったまどかが、無言で着替えのためにあたしの部屋へ下がった時。
携帯が鳴った。 キッチンの椅子に放り出した、あたしのバッグの中だ。
「美久ちゃん、落ち着いて聞いて」
ウィズの声だった。
「美久ちゃん今すぐ、ひとりになれる?」
「え? どうして?」
「今、家にいるんだろ? で、怜とまどかちゃんとお母さんがいるね」
「うん」
毎度のことだからいちいち驚かないけど、そういうことが全部わかるわけね。
「すぐにトイレかどこか、鍵の掛かるトコへ入るんだ。
ミギワが攻撃を始めるぞ」
「攻撃って‥‥」
「ばれたんだ、クレソンのこと。 田島先生が偶然店に来て、目の前で喋っちゃったんだよ!」
一瞬で背中に汗が浮かんで来た。
つまり、被っていた仮面がはがれてしまったということだ。
「そ、それでミー君はなんて?」
「ミギワはひとこと、怖い声で『おためごかしはやめろ』と言って僕を睨んだ。
それっきり喋らなくなって、今見たら寝てる、というか、魂が抜けてる。
僕は今、ミギワとふたりきりだから、僕を攻撃する気ならもう何か起こっててもいいはずだけど、何もないんだ。
そっちにいる誰かの中に、もう入ってるかも知れない」
視線を上げると、コーヒーを飲んでいる怜さんと目が合った。
母も振り返って、なあにと呑気な声を出した。
まどかは着替えを終って、寝室から出て来るとこだ。
「‥‥誰もおかしくなってないわ‥‥」
「騙されちゃいけない。 ミギワはココに来たときよりも、人間らしくなってる。 みんなのこともよく観察してわかってるんだ。
本気で擬態をされたら、おかしいどころか少しも気づかないかもしれないよ。 だから隠れて、今すぐ!」
はい、問題です。 ピンクバニーの衣装を美久んちに置いて帰った吹雪クンは、帰りにどんな格好で帰ったでしょうか。
①、コートの下は裸で。 ②、美久の服を借りて帰った。 ③、さすがに持って来ていた。
ついでになんでわざわざ置いて帰ったのかも、実は謎です??
自分の書いたものに自分で突っこんでしまいました。 正解は活動報告で!