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14、ミー君と遊ぼう ~お散歩~

 「明日のメニューって何にするんだい?」

 怜さんが聞いた。 ミギワの右手を握って歩いている。

 「ありきたりだけど、寄せ鍋にしようかって。

  うどんとか柔らかい物を増やすから、ミー君にも食べやすいでしょ」

 あたしは答えた。 ミギワの左手を握って歩いている。

 ミギワを家に招待する前日の土曜日のことだった。


 ウィズは明日の分まで仕事を片付けると言って、「ウィザード」の占いルームに缶詰めになっていた。

 それで、仕事が休みだった怜さんが、ウィズの代わりにお散歩のお供をしてくれているのだ。

 

 お散歩の日課は、ミギワの足がだいぶしっかりして来た3週目あたりから、新たに加わった生活メニューだ。

 所要時間は1時間弱。 夕方の住宅街をゆっくり歩き、途中でお茶を飲んだりショッピングをしたり、公園で遊んだりして、行きとは違う道を通って帰る。

 これは体を鍛えるというよりも、さりげない会話をする時間を作るのに効果があった。

 本音で接する機会は、無駄な時間からのほうが生まれやすいものだ。


 時おり白井さんや所沢刑事、喜和子ママも仕事の合い間を見つけて一緒に歩いてくれた。

 ミギワはポツポツだが、リハビリの先生と話したことなんかを伝えて笑っていた。

 のどかな風景と風の爽やかさを満喫しながら歩いていると、この少年が殺人鬼になるなんて、ウィズの勘違いじゃないのかしらと思えて来るのだった。


 ミギワの成長はめざましかった。

 リハビリは順調で、歩くのも指先を使うのもすぐに上達した。

 もともと体に故障があったわけじゃないので、筋力が回復すれば運動能力に問題はないのだ。

 会話の方も、最初は基本も出来てなかったのに、1週間もたたないうちにスムーズな受け答えが出来るようになっていた。 口の筋肉が未発達で言語が不明瞭な状態も、少しずつ緩和されて来ていた。

  この頃では話しかけると、まずうんとうなずいてから自分の話をする。 その中で、少しずつ笑顔も混ぜるようになった。 その方が会話がスムーズに行くことも、自分で学習したらしい。

 かなこちゃんの時とは段違いに吸収が早い。 もともと頭がいいんだろう。


   

 そのことは喜ばしいと思えたけど、反面危険でもあった。

 あたしたちは互いに、表の顔しか見せ合ってなかった。 向上しているのは技術的な社会性だけだ。

 あたしとウィズは、クレソンを保護したことをミギワに隠していた。

 ミギワの方も、クレソンが居なくなったことを誰にも尋ねない。 お互いが本当に問題だと思うことを話し合ってないのは、まだ信用しあってないからだ。


 いきなり事実を突きつけて問い質しても、うまく行くとは思えない。 ミギワが心を閉ざしてしまったら、情操面ばかりか、リハビリも打ち止めになってしまう危険性があるのだ。

 でも、時間は限られている。


 リハビリをし、社会性を身につけるだけのプログラムを優先させるなら、このままでいいのだ。 ミギワは元気に歳相応の体力と社会性を身につけて、愛児院に戻って行くだろう。 

 そこから学校にも行けるだろうし、将来を考えて何か技能を身につける道も開けて行くに違いない。

 普通の里親であれば、それで充分なバックアップをした事になるはずだ。 そう、魔術師が彼の将来を見てしまってさえ居なければ。


 ミギワを愛児院に戻すということは、殺人鬼をこの世に解き放つということ。

 そのことを知ってるあたしたちしか、それを止めることは出来ないのだ。



 

 「ねえミー君、どうして最初、あたしの家に来たいって言ったの?」

 ウィズのマンションに向かう住宅街の歩道を歩きながら、あたしは聞いてみた。

 体の小さなミギワをあたしと怜さんとで挟んで、手を握って歩いていると、道行く人が目を細めて見ているのがわかる。 家族連れだと思われているのだ。 


 「美久ちゃんの家、前の家に行ったことがある‥‥」

 ミギワが意外な返事をした。 前の家というのは、両親が離婚する前に住んでいた家の事だ。

 今のマンションの、隣のその隣の町にある一戸建ての家で、今では父が1人で住んでいる。

 「ええ? 家に来たことあるの?

  いつ頃の話? あたしがいたって事は、中学1年までだよね」

 あたしはウィズと知り合ってから、あまり家に帰ってない時期があったのだ。

 6年前だとしたら、ミギワは8歳か9歳。

 やっぱり覚えがない。


 「そう言えば、ミギワは美久ちゃんのこと、前から知ってた感じだったよな。

  どこで知り合ったんだ?」

 怜さんがミギワの顔を覗き込んだ。

 「家に行った。 11歳の時で、ふたりで、後をつけて」

 「誰とふたり?」

 「友達。 友達だけど知らない奴、オレの友達じゃない‥‥高校生」

 「まさか、誰かの体を借りて?」

 ミギワがうなずいた。


 高校生と聞いて、あたしはハッとした。

 なんだか記憶の隅に、ひっかかることがあったのだ。

 「もしかしたら、うちの父さんにメチャメチャ叱られた子?」

 ミギワがもう1度うなずく。

 そうか、わかった。 あたしは直接会ってないんだ。 会ったのはうちの父と母だ。

 ふたりの高校生は、携帯のお宝写メを見てあたしのことを調べ、家まで張り付いて来たのだ。

 あたしがもう「ウィザード」に入り浸りになっていた頃の話だ。


 当時あたしは夜中しか家に帰らなかった。

 喜和子ママと約束して、絶対に1日1回家に帰る事になっていなかったら、多分その時間も帰らなかっただろう。 それほど家が嫌いだった。

 するとその晩に限り、わざわざ起きて待っていた母があたしを詰問したのだ。

 「あんた、ヘンな写真を売ってるってホントなの?」


 そのあとの会話は思い出したくもない。

 あたしと母が、決定的に決裂した夜だった。


 その日の昼間、高校生の男子がふたり、家の前でうろうろしていて、父が不審尋問したらしい。

 何をしてる、娘の知り合いかと問われ、脱兎の如く逃げ出そうとしたのを、辛うじて1人だけ捕えて問い質した。 携帯に入っていたあたしのエッチな写真を、もちろん消去させた。

 「その捕まった高校生が、ミー君だったの?

  なんでそんな人に取り付いてたの」

 「そいつら肉まん、食ってて‥‥。 すごく腹へってたから‥‥」

 小学生だったミギワの動機は単純だった。


 「その時の美久ちゃんのお父さんがこわくて、お母さんがやさしかった」

 娘を守ろうとする父の様子は、ミギワから見ると鬼気迫るものがあったようだ。

 どこの父親も怖くて暴力的で身勝手‥‥と思ったらしい。

 ところが、帰りかけた彼らの後を母が追って来て、こう言ったのだそうだ。

 「ねえ、あなたはほんとに美久の友達じゃないの?

  あの子の友達を誰か知らない?

  おばさんはね、美久がほんとは何を考えて何をしたいかがどうしてもわからないの。

  ねえ、そういうことがわかる子に心辺りはないの?」

 

 ミギワにはその言葉の意味はよくわからなかった。

 でもその時に思ったんだそうだ。

 自分は、父親が異常だからひどい目に会っていると思っていた。

 でも、この母親が正常なのだとしたら、自分の母親は全然ダメだ、と。

 ミギワの母は、息子を夫の暴力から庇うことはなかった。 そればかりか、ミギワを置いて家を出てしまうことが多かった。


 「あたしはほんとに贅沢な娘だったんだね。

  愛されてるのに反抗してた。

  ミー君にはそれが勿体なかったの?」

 ミギワは軽く首をかしげて、そうかも、と答え、そのあともう1度、違うかも‥‥と言った。

 本人にも理由はよくわからなかったようで、別の事を話し始めた。


 「冬の頃、愛児院の事務所で、パソコンを見せてもらった。

  美久ちゃんとよく似た制服の女の写真がいっぱい出て来た。

  みんなスカートをまくって、ヘソを丸出しにして、股を開いて」

 あたしと怜さんは息を飲んだ。 とんでもないサイトに入ったのだ。

 「美久ちゃんかと思ったけど違った。 だから探した。

  いろんなサイトで制服の女の写真があった。

  全部取り込んで探した。 やっと一個だけ見つけて、アクセスしたら、ヘンな別のサイトに入った」

 「どんな?」

 「占い師のやってるサイト。 吹雪のとこ」

 ウィズのHP?


 「どういうこと? まさかウィズが写真を投稿してたってことじゃないよねえ?」

 あたしは怜さんに聞いた。

 「美久ちゃん、それはコロ助に直接聞いてみた方がいいんじゃね?」

 「お、教えてくれるかなあ。 なんか秘密の匂いがするんだけどなあ」

 あたしの写メは、去年の冬にかなり消去されてるはずだ。 それがサイトに流れていた。

 しかもウィズがそれに関与してる‥‥?

 いやいや、あのウィズがあたしのエッチ写真をサイトに流すわけはない。


 冬。 あたしがお宝写メを消去させたのがバレンタイン前。

 ウィズのパソコンのエッチ動画。

 なんかある。 なんか絶対隠してる。



ああ、説明と伏線で1話終ってしまいました。

次回あたりから覆面が外れます。ミギワの本性は?

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