13、ジャストフィットなんです
一部に修正を加えさせて頂きました。 詳細は活動報告をご覧下さい。
「ウィズの馬鹿馬鹿、なんで止めてくれなかったのよ!」
ウサ耳をウィズの顔に投げつけた。
パシンと音がした。 魔術師は、軽く目を閉じただけで避けない。
あたしがピンクバニーを着る話は、何故だか音速に近いスピードで、常連さんたちに広まっていた。
その結果、ウィズとミギワと白井さんだけじゃなく、いつの間にかベレッタ刑事と怜さんまでメンバーに加わり、母やあたしを合わせると7人の人間が我が家にひしめくことになっていたのだっだ。
あたしは激怒していた。
着るのはイヤだったけど、イヤだからそこまで怒ってるんじゃない。 ウィズにそのことで文句を言ったら、多いほうが楽しくていいじゃないかと言われたからだ。
そういうことじゃないでしょう?
ウィズや怜さんが女装するジョークとは、根本的に違う話になっちゃってるじゃないか。 その事がセクハラになることも、あたしにとってどれだけストレスになるかってことも、ウィズなら解ってくれると思っていたのに。
「ウィズはあたしがこんな際どい服を着て、みんなにジロジロ見られても平気なの?
それとも自分が興味あるだけなの? ウィズが見たいの?」
「いや、見たくないけどあのね‥‥」
「見たくもないわけ! あーそーどーでもいいわけ!!」
「違うって‥‥」
結局何を言っても噛み付いてくるんじゃないか、って顔で閉口している様子の魔術師に、あたしはますます苛立った。
普段はどうでもいいことにヤキモチ焼くくせに、こんな時に限ってなんでこいつのジェラシーセンサーは感応しないんだろう。
「美久ちゃん、忘れたの?
もともとミギワの社会生活のためにやってることなんだよ。
だったら、たくさんの人が関わった方がより効果があるじゃないか」
「ウィズこそ忘れたの?
あたしが好きでもない男の人に、そんないやらしい目で見られるのがどんなに苦痛か、ウィズは知ってるじゃない。 わかってくれてると思ってたのに、ミー君のためなら忘れちゃうわけ?」
「でも美久ちゃん‥‥」
「知らない!!」
あたしはバニーの衣装一式を、今度はウィズの胸元に投げつけた。
あたしだって、ミギワのためにできるだけのことをしてあげたいよ。
だからもし、無理させてごめんとか言って頼まれたら、しぶしぶでもやったかも知れない。
それでもって、「ホントは他の男になんか見せたくないんだ」とか言ってくれたら、もうラブラブウキウキで着ちゃったりもしたかも知れない。
でも、この展開であたしがはいはいとコスプレするだろうと思われてた事自体、もう全然許容範囲外なのだった。
「千里眼のクセに、なんであんなに鈍感なの?
男っぽいわけでもないのに、なんでそこまで乙女心がわかんないの?
そこらへんのギャップがどうしても許せないのよぉ!!」
仕事から帰った母に、思い切り愚痴をぶちまけた。
母はミギワやウィズと食事をするために、大きな土鍋を買って帰って来たのだ。 父と母が離婚して二人暮しになった我が家には、二人分の食事をまかなう食器や鍋しか置いてないからだ。
鍋の包装をバリバリ外しながら、母は黙ってあたしの訴えを聞き、
「それで怒って帰って来たの。 困った子ね」
と、思いがけない事を言った。
ええ? あたしが悪いのか?
「母さん、あたし間違ってる?」
「うん、美久が間違ってる」
「どうしてえ? これってセクハラでしょう? どう見ても男どもが悪いじゃない!」
「そうね、そこは間違ってないわね。
でも、そう思った美久が吹雪さんを一方的にやっつけちゃうのは間違ってるわよ。
吹雪さんだってミギワ君を預かった責任があるし、色々考えて美久が解ってくれるものと思い込んじゃったんだと思うのね。
そういう時は、怒るんじゃなくて泣かなきゃ」
「泣くぅ?」
「こんな恥ずかしいの着れないよぉ、みんなからエッチな目で見られたら、またジンマシン出ちゃうよぉ、無理だよなんとかしてよう、って泣いて甘えた方が絶対反省するじゃない。 うわあ忘れてた、美久チャンはこういうのダメだったのにごめんね、って。
吹雪さんに守ってもらいたいんなら、守ってあげたくなる女の子にならなきゃ」
「それは演出しろって‥‥こと?」
「そう、演出よ。 演出って言うのはウソをつく事じゃないわ。
実際、腹を立ててる気持ちの裏側には、泣いて訴えたい悲しい気持ちも、持ってるでしょう?」
「そ、そりゃあ‥‥」
「そっちを見せてあげなきゃ、少しも説得力がないじゃないの。
美久は母さんに似て、甘えるのが下手だから、吹雪さんだって乙女ちゃん扱いがしにくいのよ」
演出する?
ウィズに守って欲しいあたしを見せる?
あの魔術師に、そういう変化球が有効なんだろうか?
考え込んでいると、来客用チャイムが鳴り出した。 下のエントランスに来客があるという知らせだ。
思わず時計を見ると、夜の9時だ。
「美久ちゃん、開けて」
インターホンの小さなモニター画面には、問題の魔術師の姿があった。
「あら、吹雪さん優しいわね」
母があたしの横でモニターを見て笑った。
「そ、外で話して来る!」
あたしはあわてて玄関を飛び出した。 ウィズが自分から折れて来るのは今までなかったことだ。
まさか別れ話じゃないだろうけど、不安と緊張でドキドキする。
ウィズの方も、整った顔に意味不明の緊張感をみなぎらせていた。
着ている服は、今の季節にはどうよと思うような、踝まである長いコート。
エントランスの黄色っぽい間接照明の中で、その姿はレトロな映画みたいで、ステキといえばステキなんだけど‥‥はっきり言って場違いだった。
大体、たかが3ブロックの距離を移動するのに、なんでこんなに重たい格好なんだ?
「ええと‥‥なんなの?」
先に口を開かないウィズに焦れて、とりあえずこっちから質問してみる。 言い方があんまり可愛くないなと、自分でも思った。
「うん。 これを見て欲しくて」
ウィズはいきなりコートのボタンを外し、バッと身ごろを全開にした。
目の前がショッキングピンクになった。
魔術師はコートの下に、あのピンクバニーを着込んでいたのだ。
「いやあああああ?」
思わず声が出てしまった。
だって、さすがのウィズにもこの服は着こなせてなかったんだもん、ああ見たくなかった!!
「なに? なんでウィズが着てるの? ってか着るなよ!」
「だから、これって僕のサイズの服なんだってさっき言いたかったんだよ!」
「は?」
「僕にピッタリのサイズなの。 だから美久ちゃんには絶対ブカブカで無理だって!
白井さんは舞い上がって忘れてたみたいだけど、ゲイバーから男性サイズを借りて来てるんだよ」
「そう言えば」
確かに最初に見た時、妙にでかいような気がしてはいたんだ。
改めて見ると、なるほどウィズのボディにピッタリフィット。
こんなラメの入った伸縮性の少ない生地の服を、177cmのウィズと154cmのあたしとで、共用できる訳はない。
「白井さんに言ったら、絶対サイズ違いを借りて来るに決まってるから、当日まで黙っとこうと思ったんだ。 その話を美久ちゃんにしようとしてたのに、聞いてくれないから」
その時、ウィズの肩にガシッと太い腕が食い込んだ。
後ろから彼を羽交い絞めにしたのは、保安警備員の服装をした長身の中年男。
「あんた、何をやってるんだ。
ちょーっと警備室に来い!」
「あッ? ち、違います!」
なんとウィズは、エントランスでコートの前を開いたので変態さんと間違えられてしまったのだ。
「違いますだ? じゃあこのピンクの服はなんだよ? これを見せたかったんだろうが?」
「み、見せたかったけどだから違いますってば」
「自分にピッタリだということを知って欲しかったんだな?
変態はみんなそう言うんだよ! よく似合ってるぜ!」
あたしも慌てて事情を説明したのだが、結局ふたりとも警備室に引っ張られた。
母まで呼び出されて、警備室で事情を話したら大笑いされてしまった。
そもそもセクハラじゃないことをあたしに証明しようとして着たのに、可哀想なウィズ。
偉大なるあたしの母さん、反省しました。 あなたの言うことは尤もです。
一方的に怒ったら、伝わるものも伝わらなくなるってことだよね。
わかってたつもりなんだけどなあ。
あたしはまだまだ修行が足りない。
魔術師のお嫁さんになるためには、もっと柔軟にならないとね。
はい、お見苦しいところをお見せ致しました。
コスプレ関係はここで一旦終了しまして、次回からは殺人鬼の予言回避プログラムに戻ります。