11、白くて冷たくても雪じゃない
ミギワが寝るのを待ち、ウィズの占いの客が引けるのを待ってるうちに、夜が更けてしまった。
怜さんは仕事を終えて、自宅に帰っていると言う。
ウィズとふたりでマンションの部屋を訪ねたのは、もう日付が変わってからだった。
「お前な。 いくらフィアンセでも、こんな夜中まで美久ちゃんを連れ回すなよ。
親御さんが心配するだろう」
ラフな服装で玄関に出て来た怜さんが、まずウィズに文句を言った。
「まずいかな美久ちゃん、お母さんに叱られるかな」
ウィズは初めて気づいたようで、心配そうにあたしに聞いて来る。
「大丈夫よ、ちゃんと電話しといたから」
「ホント?」
「ホントよ」
ウィズに悪気はない。
無責任なわけでもなく、ホントにわかんないのだ。
彼は自分自身が、家族に夜遅くまで待ってもらった経験がないので、こういう時の家族の対応が計算できない事がある。
普段9時過ぎると家まで送ってくれる。
でもそういうことって、感覚的なものじゃなくて、デジタルに学習した習慣なんだろうな。
先にあたしを送って行こうと言い出したウィズをなだめて、怜さんと話をすることにした。
怜さんの部屋は、以前レイミ先生が使っていた時とはかなり様子が変わり、なんとなく男の人らしい雰囲気になっていた。
昼間のうちに連絡しておいたので、職場から持ち出したらしい資料がいくつかテーブルに用意してあった。
暖かいコーヒーをすすりながら講義が始まる。
「ミギワは幼少期に日常的な虐待を受けていた。
のちに家庭の崩壊も経験している。
その後社会生活をほとんどせず、他人と関わらずに思春期を迎えた。
思春期になっても健全な性的充足を得るべき相手に巡り会えず、加えて自分の妄想ばかりを延々と楽しむだけの場所や環境に恵まれ、1人きりで過ごせる豊富な時間があった。
このプロフィールはね、ある犯罪者の典型的な経歴と一致するんだ。
なんの犯罪者か、わかる?」
怜さんがあたしたちをコーヒーカップ越しに見ながら質問した。
「殺人鬼?」と、あたし。
「そう。 それも連続通り魔。
欧米風の言い回しだと『シリアル・キラー』って奴だね」
「普通の殺人鬼と違うの?」
「殺人鬼に『普通の』って付ける人も珍しいけどな」
怜さんが小さく吹き出した。
「普通かどうかはまあ置いといて、大量にドバッと殺す奴がいるじゃないか。
町なかで銃を乱射しちゃったり、ナイフで通行人に次々襲い掛かったり」
「ああ、バスを燃やしちゃった人も居たわよね」
「うん、そういう奴だな。
同じ計画殺人でもこのタイプは、溜めて置いた感情がはじける瞬間にドーンと一気に行っちゃうだろ。 プッツン型なわけ。
シリアル・キラーはそうじゃない。
巻き添えで数人行っちまうことがあるにしても、殺す相手はおおかた1人ずつだ。
何ヶ月か何日か、日にちを置いてポツリ、ポツリとひとりずつ。
どうしてそうなるのかと言うとね、彼らが殺してるのが、セックスの相手だからなんだ」
あたしは声を失った。
小さなミギワの話をしてるのに、イメージはそこからどんどんかけ離れて行く。
悪魔、悪魔と胸元で十字を切ったシスターの泣き声が頭の中から引き剥がせない。
「その‥‥つまり、レイプしてから殺す、ってことなの?」
あまり口にしたくない言葉だ。
怜さんはレイミ先生だった頃、あたしの性的カウンセリングもしてくれていたので、こういう話は比較的しやすい。
それでも、レイプと言う言葉を自分の舌に乗せるのは怖かった。
「うーん。 シリアル・キラーの場合、必ずしも被害者をレイプしてるとは限らないんだよな。
まずドンと一発血を見ておかないと、エレクトしない奴もいるし。
‥‥って、こら聞けよ、コロ助!」
怜さん、ウィズをいきなりボコンと殴った。
魔術師はさっきから、テーブルの上の資料を読み漁ることに没頭していたのだ。
「っ痛いなあ。 ちゃんと聞いてるよ」
「こっち向いて一緒に空気読めっての!
俺が美久ちゃんセクハラしてるみたいになっちまうじゃないか」
「願望があるからすぐそういう風に‥‥」
「何か言ったか」
ウィズはそれ以上抵抗せず、唇を尖らせたままソファに体を起こした。
怜さんが気を取り直して、さっきの続きを話し始める。
「実際のレイプ云々は置いといて、シリアル・キラーは、その殺害の動機と性的な欲求が直結していることに特徴があるんだ。
つまり、普通の男はポルノを読み、エロ画像やDVDで盛り上がったら、女の子にアタックしてエッチすることによって最終的に充足する。
しかし彼らシリアル・キラー君たちは、妄想で盛り上がったあと、女の子を攫って来たり監禁したりして、最終的に殺害することで満足感を得る。
殺人が性行為の一部になるんだよ」
「ミー君の経歴が、その犯罪者のものと一致してるって言ったわよね。
っていうことは、もう取り返しがきかないの?
ミー君はシリアル・キラーになっちゃうの?」
あたしが詰め寄ると、怜さんは首を振る。
「犯罪プロファイルというのは、犯罪を犯した者の記録から、経歴や性格の共通項目を取り出したものだ。
だから、罪を犯した者のデータの方が、犯さずすんだ者のデータより断然多い。
だからって、この経歴の人間が必ずシリアル・キラーになるって訳じゃもちろんないからね」
「でも警察が捜査する時にプロファイルを使うでしょ?
確実だからなんじゃないの?」
「使い方の問題さ。
例えば、『雪は白い』というデータがある。
もうひとつ、『雪は冷たい』というデータがある。
どちらも間違ってない。
だけど、白くて冷たいものが全て雪と言うわけじゃない。
氷だって霜だってあるわけだから。
警察がこの種のプロファイルを使いたがるのは、そうすれば手っ取り早く黒い物や熱い物を、捜査線上から除去することが出来るからなんだ」
「じゃ、ミー君はその氷や霜であれば問題ないんだわ」と、あたし。
ウィズが隣でうなずいて口を開いた。
「ミギワが最初の殺人を犯すまでに、まだ3年ある。
この3年間に何をしたらそれが止められるんだろうって、それを怜に聞きに来たんだ」
ウィズがまっすぐに怜さんの顔を見つめて言った。
キッと目を凝らした魔術師の顔は、整っているだけに妙な迫力がある。
怜さんもちょっと気圧されたのか、軽く息を飲み、ウィズの目を眩しげに見てからそっと視線を外した。
「ポイントはやっぱり、人だと思うぜ。
それも、家族とか恋人とか親しい友人。
近しく生活して同じ時間を共有できる相手ね。
家族が崩壊した後、この相手に恵まれるかどうかが、ひとつの分岐点だと思うな」
怜さんの言うことは、よく理解できた。
昼間もミギワに、あたしは家族じゃないのかと聞かれたばかりだ。
あたし、一緒に暮らしてあげた方がいいのかな。
ウィズの部屋に泊まりこんで、しばらく寝起きした方がいいかな。
そうだとしたら、うちの母はどう説得したら納得してくれるかな。
考え込むあたしの隣で、何故かウィズも悩んでいた。
「どうした、コロ助。
あんな可愛げのない子は家族として難しいか」
わざと意地悪く怜さんが聞いた。
顔を伏せたまま、ウィズが首を振る。
「可愛げのないのはお互い様だけど‥‥」
「なんだ、よくわかってんじゃねーか」
「でも怜、僕に家族なんて役は出来そうにないと思う。
僕は家族という集団をほとんど知らないんだ」
ウィズはおずおずと視線を上げて、怜とあたしの表情を窺った。
今、ウィズはその能力をほとんど開放していない。
そうなるとこの美形の魔術師の全身からは、少年のような頼りなさと、たくさんの戸惑いが溢れ出して来る。
「喜和子ママは察しが良いから、僕を比較的自由に過ごさせてくれたよ。
それがなかったら、きっとあそこに来た途端、息が詰まってダメになってた。
修道院に引き取られた頃も、最初は誰かと一緒に食事を取るのがつらかった。
なんで他人に食事風景を見られなきゃならないんだ、って思うんだ。
家族が四六時中一緒に居る幸せを、僕がミギワに教えられるとは思えない」
「ウィズ」
あたしはいきなり魔術師を抱き締めたくなって、自分で自分に戸惑った。
「あたしが教えたげるよ。
ミー君と並んで、ウィズも一緒に家庭の味を覚えればいいじゃない」
「できない。 きっといやになるよ」
「大丈夫よ」
「えー、ゴホンゴホン」
怜さんが文字で書いたような咳払いをして、ふたりの世界に入りかけたあたしたちを牽制した。
「盛り上がってるところ悪いんだがな。
何も本当の家族になったり、家庭の味を教え込んだりする必要はないぜ。
たくさんの時間をミギワと過ごして、その時間を楽しむようにすれば、おのずと関係は深まる。
俺も含めて、周りのみんなが、ミギワと関わることで幸せになる。
そういう時間の過ごし方を考えるんだ」
「自分の好きなことをしていいの?」
「ミギワが一緒に楽しめることならな」
あたしはホッとした。
それならいろいろ考えられそうな気がする。
あたし以上にホッとして、深いため息と共にソファに沈んだウィズを見て、その蒼ざめた頬に、思い切りキスしたくなった。
ヘタレで優しい、あたしの魔術師。
彼の出てくる夢を、今夜は見れるといいな。
今回少し長めの一章になりましたね。 説明文が多くて退屈しなかったでしょうか。
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次回は車椅子を押して遊びまわりましょう。