1、殺人者には翼がある
ぜひシリーズ化を!とありがたいご希望を頂きながら、なかなか続きが書けないでいるウィザードシリーズです。別サイトで超長編で連載したのですが、出来具合に不満で一部を焼き直して短めの物にすることに。詳しくは「魔術師のプレミア」をご覧下さい。
その時、「ウィザード」の店内にいたのは、9人の人間と一羽の鳥だった。
飲み屋から流れて来たらしい、3人連れの男性客。
ドア近くのボックス席で、もう1時間近く話し込んでいた。
常連の、オタリーマン白井さんは、カウンターで喜和子ママのお酌を受けていた。
その隣に、ベレッタさんこと所沢刑事が座って、ちょっと疲れた様子でグラスを傾けていた。
そのまた隣に、朝香先生こと怜さんが、遠慮がちに腰掛けてベレッタさんに話しかけていた。
もともと怜さんは、あたしとウィズの向かい側の席に座っていたんだけど、途中で席を立ってしまったのだ。
理由は、あたしたちの会話があんまりにも下らなかったからだろう。
ウィズは、お気に入りのボックス席で、ランタンの明かりを浴びながらパソコンを打っていた。
なにやら深刻な相談に答えているらしく、話しかけても最初は上の空だった。
あたしも、仕事の邪魔をしないように大人しく怜さんと話をしていた。
「甘いな」
不意に、ウィズがつぶやいた。
運ばれてかれこれ20分は放置されていたアイスコーヒーを飲んだ感想だ。
「誰かこれに砂糖入れたりした?」
魔術師は甘い物が大の苦手だ。
「入れてないわ。 第一、シロップが添えられてもないじゃない」
喜和子ママは、ウィズの飲み物には初めから何も添えて出さないのだ。
「でも甘いよ」
言われてあたしは、そのコーヒーに口をつけた。
「薄ッ!」
氷が溶け切ったコーヒーは、薄まってやたら不味かった。 でも、甘みを感じるとは思えない。
「おいしくないけど、お砂糖の味はしないわよ」
「いや、甘いよ。
美久ちゃんは、もともと口の中が甘く出来てるから感じないんだ」
あたしの魔術師は、キーを叩く手を休めずに言う。
「口の中が甘い?」
また謎めいた表現をするので、予言の類かと思って聞き返した。
「ウィズどういうこと? 人の口に、甘い辛いがあるの?」
「いつも甘いよ。 最初の頃は、キャンディーかなんかなめてるんだと思ってた」
「な、なんのこと?」
「キスのとき」
怜さんが、口の中の水割りを吹き出した。
思い切り咳き込む怜さんに、ウィズは軽蔑の視線を投げた。
「汚いなあ、怜。
パソコンにかかったらどうすんの」
あたしはあわてておしぼりでテーブルを拭いた。
怜さん、咳き込みながら、ウィズの頭を勢いよく叩いてから、立ち上がって席を替わった。
店内の全員が、ウィズにあきれた視線を送っていた。
本人は自分の発言が起こした衝撃にまるで気付いていなかった。
これがあたしの恋人、占い師の如月 吹雪というオトコなのだ。
ずいぶん慣れたつもりだけど、このデリカシーのズレ具合には、いまだについて行けない。
顔が真赤になったので、あたしは自分のアイスティーのグラスで頬っぺたを冷やした。
その時だ。
ボックス席の男性客のひとりがいきなり立ち上がって、こっちに走って来た。
「危ない!」
風圧。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
男性客がウィズに体ごと突っ込んで来たのだ。
手に持った銀色に光る物は、ハンバーグセットについていたフォークだった。
彼は雄たけびを上げてフォークを振り上げ、ウィズの顔を突き刺そうとした。
あたしは驚いて、咄嗟に身動きできなかった。
ウィズはよけようと立ち上がったが間に合わず、膝から崩れた。
ソファの脇に転倒する。
ベレッタ刑事が何か叫んで、男を突き飛ばした。
現場叩き上げの刑事の敏捷さは、瞬間、その場を圧倒した。
怜さんが協力して、男性客からフォークをもぎ取る。
「はぁ‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥」
全員の動きが止まると、呼吸の音だけが店内に満ちていた。
「俺は今‥‥何をした?」
男がつぶやいた。
「何言ってるんだ。 あんた今、こいつを殺そうとしたんだぞ!」
ベレッタ刑事が怒鳴る。
「なんでだ? 俺が見も知らんこの人を殺す理由がないじゃないか」
男性客が助けを求めるように、周囲の人の顔を見る。
教えて欲しいのはこっちだ。
その時、更に信じられない事が起きた。
怜さんだ。
彼はしばらく黙っていたが、いきなりスーッと右手を上げた。
その手に、たった今男性客から奪い取ったばかりの、フォークが!
「何すッ‥‥」
「いやあああぁ!」
叫び声が交錯した。
「どういうつもりだあ!」
またも所沢刑事が大活躍。 手際よく怜さんを抑えこんだ。
しかしその武器を取り上げた途端、刑事の表情が変わった。
フォークをかざして、ウィズに飛び掛って来る。
またしても全員がだんごになって止めようとする。
「この野郎」
「フォークを持ったやつがおかしくなるぞ」
「取り上げろ! 遠くへ放るんだ」
「馬鹿野郎、お前が憑かれるだろうが」
「どけ、デブ!」
もう何がなんだか判らない。
「美久ちゃんッ」
逃げ回りながら、ウィズが叫んだ。
「鳥だ! 鳥かごを見て!!」
「な、なに?」
「さっきのインコを見て!」
意味不明の指示だった。
でもとにかくあたしは、鳥籠の置かれた窓際へ走った。
そこには昨日から、大型のケージが天井から吊るしてあった。
中には、灰色と黄色のインコが一羽。
昨日の夕方、店に迷い込んで来たオカメインコだ。
来るなり、妙にあたしにばかり懐いてそばを離れなかった。
ウィズがケージを取りに行ってる間に、甘えてあたしの胸元に潜り込んで来た。
胸の谷間のトコ、狭い隙間にすっぽりはまるのが気持ちいいらしい。
ブラの縁に足をかけて、トロトロ眠ってるのが可愛らしかった。
飼い主がわかるまで、店で預かる事になった。
鳥籠を覗き込んで、あたしは悲鳴を上げた。
「死んでる!」
インコは籠の底に落ちて、仰向けになっていた。
「さっきまで元気だったのに」
「美久ちゃん、そいつ死んでないから!
さっきみたいに胸ん中入れてみて」
息を切らしてウィズが叫ぶ。
その上に、今度は白井さんが覆いかぶさって攻撃してるのを、みんなが必死に止めている。
急いでケージに手を突っ込んだ。
インコをつかんで取り出すと、なるほど死体じゃない。 暖かいのだ。
胸ボタンを開けて、インコを中に入れてみた。
途端に、周囲が静かになった。
白井さんがぽかんとした顔でフォークを取り落とす。
腕や足にしがみついて止めていた怜さんやベレッタ刑事が、ずり落ちて床に崩れる。
インコの体に、たちまち力がみなぎって来た。
あたしの胸元から、黄色い頭がヒョコンと出て来て、得意げに周囲を見回した。
まさか。
このコが犯人(犯鳥?)だなんて、ウィズ言ってないよね?
ウィズは口をへの字に結んで立ち上がり、席に戻るやノートパソコンを乱暴に閉じた。
きゃーごめんなさい、いきなり初っ端からミスってました。
店の中、8人と書いてたけど9人います!! 最終章を書いてて改めて数えなおしてたら、カウンターの中にいた喜和子ママを忘れていたのに気づきました。 直しを入れましたので悪しからず。