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からくり競艇〜ホームレス、魂のフルスロットル〜  作者: 水前寺鯉太郎
第3部:SG編

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48/58

第48話:宮島の静寂、グランドチャンピオンの重圧

1994年6月。若松の燃える海を生き延びた乾健児が降り立ったのは、広島県・ボートレース宮島。

目前に日本三景・安芸の厳島を臨み、その背後にそびえる大鳥居が見守るこの水面は、瀬戸内海の穏やかさと、干満差による急激な潮流の変化が共存する、からくりレーサーにとっての「試練の場」である。

開催されるのは、SGの中のSG、「グランドチャンピオン決定戦」。

出場資格はSGでの上位入賞者のみ。まさに「王の中の王」を決める最高峰の舞台。しかし、乾の隣に座るハルのマブイ石は、若松での過負荷により、未だ深い眠りについたまま、時折弱々しく蒼い光を明滅させるだけだった。

「……ハル。お前をこんな姿にした議会の連中、この宮島で一人残らず叩き潰してやるぜ」


宮島に送り込まれたマブイ議会の刺客は、これまでの暗殺者とは一線を画していた。

その名は、プロジェクト・ゼロ

感情を持たないクローン・レーサーであり、その属性は**「万物のコピー――『模倣イミテート』」**。

彼は乾の『白銀』、不動の『万物』、源の『沈黙』……これまでに乾が戦ってきた強者たちのマブイ波形をすべてデータとして保持し、瞬時にそれを再現・上書きする。

「……乾健児。お前の『17,000』は、既に我々の計算式の中に収まっている。お前の過去が、お前を殺す毒となるのだ」

零の機艇『無銘ノーネーム』が、乾の目の前で、乾自身と全く同じ白銀の輝きを放ってみせた。


「宮島SG・グランドチャンピオン……全艇、起動エンゲージ!!」

スタート。乾はハルの不在を埋めるべく、自らの右腕に意識を集中させる。しかし、隣を走る『無銘』が放ったのは、乾がかつて若松で見せた『蒼海跳躍』の完コピだった。

属性変質――『鏡像・白銀の偽光フェイク・プラチナ』。

「……っ、俺の動きを、俺より速くトレースしてやがる!?」

乾が旋回を仕掛けようとすれば、零はコンマ数秒早く、乾が選ぶはずの「最適解」を先回りして潰す。自分自身の過去の栄光が、巨大な壁となって乾の行く手を阻む。宮島の鳥居が、乾の敗北を予言するように静かに佇んでいた。


絶体絶命の乾。その時、沈黙していたハルのマブイ石が激しく明滅し、乾の脳内にノイズ混じりの声が届いた。

「……おじ……さん……。過去の……データ……捨てて……。海は……毎日……違う……」

ハルの「海」属性の残滓が、宮島の複雑な潮流と共鳴した。

乾は気づいた。零が模倣しているのは「過去の乾健児」の記録に過ぎない。

今の宮島の潮流、今この瞬間に吹く風、そしてハルを失いかけた乾の「怒り」までは、データ化できていない。

「……ああ、分かったぜ、ハル。……データにねえ俺を、今ここで見せてやるよ!」

乾は、白銀のマブイをあえて「不規則」に振動させた。計算不能、模倣不能。泥水の底で培った「直感」という名の、からくり(理論)を越えた一撃。


結果は、乾が僅差で競り勝ち1着。

しかし、零の瞳には相変わらず感情がない。

「……イレギュラーを確認。再演算を開始する。……決勝までに、お前の『変化』もすべて飲み込んでみせよう」

零は霧のように消えた。

乾は、ハルのマブイ石を優しく包み込み、宮島の赤い鳥居を見上げた。

「……見てろよ、ハル。お前が目覚める場所は、このグランドチャンピオンの表彰台の上だ」

世界最高の猛者たちが集う宮島。

過去を模倣する「無」の化身と、未来を切り拓く「泥」の王。

ハルの再起動、そして議会との決着を賭けた、静かなる聖戦が始まった。

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