第44話:17,000の血脈、創設者の遺児
SGオールスター優勝戦を翌日に控えた夜。乾健児は、翼の極秘チューンが施されたヘルメットを見つめていた。その「静寂」の檻は確かに支倉の攻撃を防いだが、代償として乾の心から「走る喜び」を奪い去ろうとしていた。
そこへ、敗者となったはずの支倉累が、護衛を振り切って乾の前に現れた。
「……乾さん。あなたが使っているその『17,000』というリミッター。なぜその数字なのか、考えたことはありますか?」
支倉が差し出した一枚の古い写真。そこには、若き日の黒崎龍平と、彼と同じ紋様を腕に宿した、もう一人の男が写っていた。
「僕の父……支倉 創。黒崎龍平と共に、彗星の破片から『マブイ石』を抽出し、このからくり競艇という狂気を作り上げた男です」
支倉創は、マブイ石の力に魅了された龍平の暴走を止めようとして、逆に「議会」を組織した龍平の手によって歴史から抹消された。
「父は死の間際、マブイ石の出力を『17,000』に制限する安全装置を組み込みました。それが、人間が魂を失わずに済む限界点。……乾さん、あなたがその数字を超えた時、議会にとってあなたは『父の遺志を継ぐ者』ではなく、『破壊すべきバグ』になったんです」
支倉累の微笑みが消え、その瞳に冷徹な殺意が宿る。
彼の本当の目的は、議会の命令で乾を消すことではない。父が命を賭けて作った「17,000」の掟を破り、マブイの力を冒涜する者すべてを、自らの共鳴で「処刑」することだった。
「優勝戦、僕は『執行官』として出ます。父の遺した共鳴で、あなたの歪んだ白銀を、根源から粉砕する」
「浜名湖SG・オールスター優勝戦……全艇、起動!!」
スタートの瞬間、支倉累の機艇から、これまでとは次元の違う「純粋な波動」が放たれた。それは観客の歓声を利用した雑音ではない。創設者の血脈だけが引き出せる、マブイ石の原初の響き。
属性変質――『断罪の鐘』。
一刻一刻と刻まれる鐘の音が、浜名湖の水面を物理的に振動させ、乾の『流動鋼』の装甲に目に見える「亀裂」を作り出していく。「防音の繭」さえも、この原初の共鳴の前では紙細工のように無力だった。
「……っ、ハル! 装甲が持たねえ! マブイが……体の中から引きずり出される!!」
乾は、支倉累の攻撃を受けながら、あることに気づいた。
支倉の攻撃は、憎しみではない。父が愛した競艇を、人間を守ろうとする「悲しき正義」なのだ。
(……支倉、あんたの親父さんが守りたかったのは、数字じゃねえ。……人間が、人間らしく笑って走れる『水面』だったはずだ!)
乾は、17,000を超えて暴走しかけている白銀の力を、あえて自分から「17,000」の枠へと押し込めた。
力でねじ伏せるのではない。創設者が定めたその数字に込められた「祈り」を、自分のマブイで受け入れる。
最終昇華――『白銀・17,000の盟約』!!
乾の機艇から溢れていた過剰な光が消え、代わりに凛とした、一点の曇りもない白銀の刃へと研ぎ澄まされた。
「……数字を超えた力じゃない。この数字の中に、無限の『技』を詰め込んでやる!!」
第1マーク。乾は支倉の「断罪」の響きを、自らのプロペラの回転リズムと完璧に同期させた。共鳴を攻撃として受けるのではなく、自らを加速させる「追い風」に変える。
ゴールライン。
1位、乾。2位、支倉。
乾の機艇は、最後の一歩で支倉を差し切った。
ピットに戻った支倉累は、静かに膝をついた。彼の右腕にあった紋様は、乾の「17,000」に触れたことで浄化されたかのように、淡い輝きを放っていた。
「……負けました。父の数字を、これほどまでに正しく、力強く使った男を……僕は初めて見ました」
支倉は初めて、偽りではない本物の微笑を浮かべ、乾に握手を求めた。
乾は、ボロボロになった自分の右腕を見つめた。
「……支倉。あんたの親父さんが作ったこの数字、俺は一生背負って走るぜ。……泥水の王としてな」
SGオールスター、完全制覇。
創設者の遺児との決着をつけ、乾健児はからくり競艇の「真の歴史」をその肩に背負った。
しかし、議会はまだ健在だ。彼らは、創設者の掟を使いこなした乾を、より一層危険な存在としてマークし始めた。




