第43話:防音の繭(サイレント・コクーン)
SGオールスター中盤戦。支倉累が放つ「共鳴」の波状攻撃により、乾健児の肉体は限界を迎えていた。高周波による内耳の損傷、そしてマブイ伝導系の過熱。ピットに戻った乾は、機体から降りるなり激しい眩暈に襲われ、膝をついた。
「……っ、ハル。……音が、消えねえ。耳の奥で、ずっとあいつが笑ってやがる」
「おじさん、バイタルが危険域だよ。マブイの共振で神経が焼き切れる寸前だ……」
支倉の『死の喝采』は、観客が増えれば増えるほど出力を増す。準優勝戦に向けて、浜名湖のボルテージが上がるほど乾の勝率はゼロに近づいていく。
その夜、翼は乾をピットの奥、黒崎家の専用コンテナへと連れ込んだ。そこには、龍平がかつて「対マブイ兵器」として極秘裏に開発していた、鈍い銀色の板材が並んでいた。
「パパはマブイの力を信じていたけれど、同時にその『暴走』を誰よりも恐れていた。これはあらゆる波動を吸収し、熱に変換して相殺する特殊合金、**『静寂』**よ」
翼は徹夜で乾のヘルメット、そして機艇のコクピット周囲をその合金で補強し始めた。
「……健児、これは単なる防音材じゃない。あんた自身のマブイさえも外に漏らさない『檻』になる。外の音は聞こえなくなるけれど、あんたは自分の『心の声』だけで走らなきゃいけなくなるわよ」
「浜名湖SG・準優勝戦……全艇、起動!!」
スタートの号笛。乾が『静寂』で補強されたヘルメットを被った瞬間、世界から音が消えた。数万人の観客の怒号も、エンジンの爆音も、一切届かない。
そこにあるのは、自分の心臓の鼓動と、ハルの微かな電子音だけ。
支倉累が隣のコースで不敵に微笑み、右腕を掲げた。
属性変質――『共鳴・地獄の鎮魂歌』。
浜名湖全体を震わせる凄まじい高周波が放たれた。他艇のレーサーたちが苦悶に表情を歪め、旋回を乱す中、乾の機艇だけが静止した時間の中を走るように、真っ直ぐスリットを突き抜けた。
「……聞こえねえ。……支倉、あんたの汚ねえ音は、この『繭』には届かねえんだよ!」
支倉は驚愕した。自分の最大出力の共鳴が、乾の周囲で霧が消えるように吸い込まれていく。
「馬鹿な……! 僕の歌を無視するなんて、そんなことが許されるものか!!」
乾は、外部の音を遮断したことで、内側に溜まったエネルギーを極限まで純化させた。
『静寂』の合金が吸収した共鳴エネルギーを、逆に乾の白銀マブイが取り込み、自らの推進力へと変換する。
新形態――『白銀・防音の繭』!!
音を捨て、沈黙を選んだ乾の旋回。第1マーク、乾は支倉が放つ共鳴の「波」そのものを踏み台にするように、無音のまま加速。支倉のサイドを一瞬で切り裂いた。
1位、乾。2位、支倉。
「……静かだ。……こんなに静かな浜名湖は、初めてだぜ」
乾はヘルメットを脱ぎ、数日ぶりに「本物の風の音」を聞いた。
敗れた支倉は、虚空を見つめ、力なく笑った。
「……完璧な静寂。乾さん、あなたは『愛』さえも拒絶してしまった。……でも忘れないで。音を消した世界で、あなたのマブイは確実に『孤立』し始めている。それは、議会が最も望んでいた形なんですよ……」
翼が駆け寄り、乾の体を支える。しかし、ハルの表情は晴れなかった。
「……おじさん。今のレース中、おじさんのマブイから『生命の拍動』が一時的に消えていた。……このチューニング、もしかしたらおじさんを『機械』に変えてしまうかもしれない」
SGオールスター、ついに決勝戦。
音を失った王者は、自らの魂を守り抜くことができるのか。それとも、議会の目論見通り「無情の処刑マシン」へと変貌してしまうのか。




