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からくり競艇〜ホームレス、魂のフルスロットル〜  作者: 水前寺鯉太郎
第3部:SG編

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41/58

第41話:虚無と継承、江戸川の臨界


1994年4月。江戸川G1・マスターズチャンピオン優勝戦。

台風の余波と大潮が重なり、江戸川の水面はもはや競艇場とは呼べない「魔の川」と化していた。護岸を噛む怒涛のしぶきが、観客席まで降り注ぐ。

1号艇、乾健児。2号艇、上田通彦。

乾は源権造から受け継いだ「鉄の意志」を宿した**『流動鋼リキッド・スチール』を、上田は一切の気配を断った『虚無ボイド』**を纏い、待機行動に入る。

「乾君。継承とは美しい言葉だが、それは過去の呪縛でもある。……『無』にならねば、この荒れ狂う江戸川の深淵には届かない」

上田の声は、激しい水音の中でも乾の脳内に直接響いた。顔の縫合痕が、冷たい月光に白く浮き上がる。


「江戸川G1・優勝戦……全艇、起動エンゲージ!!」

号笛とともに、二隻の機艇が水面を蹴った。

乾は源の教え通り、潮流の僅かな「脈動」を指先で感じ取り、荒波の背中を滑るように加速する。

しかし、上田がスロットルを全開にした瞬間、物理法則が崩壊した。

属性変質――『虚空の領域ゼロ・ディメンション』。

上田の機艇が通る周囲数メートルの水面が、文字通り「消失」した。マブイを否定する上田の存在が、江戸川の激流そのものを拒絶し、そこには音も抵抗もない「真空の溝」が生まれた。上田はその溝の中を、自由落下のような速度で突き進む。

「……っ、水がねえ!? カジが、プロペラが空を切る!!」

乾の機艇が、上田が作り出した「無の空間」に引き込まれ、バランスを失う。


「おじさん! 上田さんの『無』を計算しようとしちゃダメだ。……源さんの記憶を信じて!」

ピットで見守るハルが、自らの演算回路を乾の右腕へオーバーリンクさせた。ハルが導き出したのは、数値ではない。源が30年かけて体に刻んだ「江戸川の揺らぎ」の波形だ。

「ハル……分かってる。……俺は一人じゃねえんだ!」

乾は、上田が消し去った「無」の空間を埋めるように、自らの白銀マブイを液状化させ、江戸川の泥水と一体化させた。

属性極致――『泥龍・万象継承オール・レガシー』!!

上田が水を消すなら、乾が自ら「水」になればいい。

乾の機艇は、上田が作った真空の底で、泥水とマブイが混ざり合った「新しい流体」を自ら生成し、あり得ない角度でグリップを取り戻した。


第1マーク。上田の「無」の旋回。

抵抗のない空間をマッハで突き抜ける上田に対し、乾は江戸川の激流をすべて右腕に凝縮し、それを一気に解放した。

「上田さん! あんたが捨てた『魂』の重さ、ここで見せてやる!!」

乾の機艇が、上田の機体の「影」に重なる。

一瞬の静寂。

上田の「虚無」を、乾の「継承」が包み込み、そして弾けた。

乾は源の重さと、ハルの絆と、翼のメカニズム、そのすべてを乗せた重厚な旋回で、上田の真空を強引に泥水で満たし、その推進力を奪い取った。


ゴールライン。

1位、乾健児。2位、上田通彦。

泥まみれになりながら、乾が先にチェッカーを受けた。

ピットに戻った上田は、エンジンの熱で蒸気が上がるカウルを見つめ、初めて人間らしい溜息をついた。

「……負けたよ、乾君。私の『無』は、君が背負った『重さ』に耐えきれなかった。……江戸川は、まだ君を選んでいるようだ」

上田の指先の縫合痕が、微かに赤らむ。それは彼の中に、再び小さな「マブイ」の火が灯った証だったのかもしれない。

「上田さん。あんたの教えがなきゃ、俺は今頃江戸川の底だった。……大宮でも、また相手してくれよ」

乾の言葉に、上田は無言で頷き、去り際に一言だけ告げた。

「……マブイ議会が、君を正式な『観測対象』に指定した。次のSG……そこが君の本当の処刑場になるだろう。……死ぬなよ、乾君」

江戸川の夜が明ける。

マスターズを制し、老将たちの魂を継いだ乾健児。

だが、その肩には「17,000」を越えた者だけが背負う、世界の運命という名の重圧がのしかかり始めていた。

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