表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
からくり競艇〜ホームレス、魂のフルスロットル〜  作者: 水前寺鯉太郎
第3部:SG編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/51

第38話:虚空の艇王、上田通彦

江戸川G1・マスターズチャンピオン2日目。

昨日、源権造から「川との対話」を学んだ乾健児の前に、今大会最大の異端児が立ちはだかった。

その男の名は、上田うえだ 通彦みちひこ

後に大宮機艇教習所の校長として、数多のレーサーを震え上がらせることになる「艇王」である。

ピットで機体を見つめる上田の姿に、乾は戦慄した。

顔から指先にかけて走る無数の縫合痕。そして何より異常なのは、彼から**「マブイの波動が一切感じられない」**ことだった。からくり競艇の世界において、感情や魂のエネルギーであるマブイを持たないことは、呼吸をせずに生きているに等しい。

「……マブイがない? ハル、どういうことだ」

「計算不能だよ、おじさん。あの人のバイタルサインは正常だけど、エネルギー的には『空白ゼロ』だ。マブイを検知する僕のセンサーが、あの人の周りだけブラックホールみたいに吸い込まれてる……!」


第12レース。乾は1号艇、上田は6号艇。

江戸川の上げ潮が最高潮に達し、荒れ狂う水面で上田が静かに口を開いた。

「乾君。君の『白金』は美しいが、それは光があるから見えるものだ。……本当の暗闇を知る者には、その光は単なる『ノイズ』に過ぎない」

上田通彦。彼はかつて凄絶な事故により全身を損壊し、その際にマブイのすべてを喪失したと言われている。しかし、彼は絶望の果てに、**「マブイがないからこそ、世界のあらゆる干渉を受けない」**という究極の境地、**属性:『虚無ボイド』**に到達していた。


「江戸川G1・2日目……全艇、起動エンゲージ!!」

スタートの号笛。乾は『白銀・千手観音』を繰り出し、江戸川の潮流を味方につけて飛び出す。

しかし、大外から迫る上田の機艇には、推進音さえなかった。

属性変質――『絶対静止イマジナリー・ストップ』。

通常、からくり機艇はマブイの出力で水を押し、風を切って進む。しかし上田は、自らが「無」であることで、水の抵抗、風の摩擦、さらには他艇が放つマブイのプレッシャーさえも完全に透過スルーする。

荒れ狂う江戸川の波が、上田の機艇に触れた瞬間に「消える」。彼は波の上を走っているのではなく、存在しない空間を滑っているかのように加速した。

「……っ、消えた!? レーダーからも、俺の感覚からも!!」

乾が旋回に入ろうとした瞬間、死角から音もなく上田の機艇が「出現」した。


第1マーク。乾の白銀の旋回。

だが、上田はマブイの火花を散らすこともなく、ただ指先の縫合痕が疼くような静かな動作で、乾の懐を通り抜けた。

「……技術とは、魂に頼るものではない。折れた骨を繋ぎ、裂けた皮膚を縫い合わせるように、絶望を積み重ねた先にしか『本物』はないんだ」

上田の機艇が通った後は、江戸川の潮流さえもが凍りついたように静まり返る。それは源の「沈黙」とは似て非なる、生命の気配が一切絶たれた**「死の静寂」**だった。


1位、上田通彦。2位、乾健児。3位、源権造。

完敗だった。SG王者の称号を持ってしても、上田の「無」を捉えることはできなかった。

ピットに戻った上田は、無表情に自分の継ぎ接ぎの手袋を脱いだ。

「乾君。君は大宮に来る運命にある。……その時、君に教えるべきことが山ほどあるようだ」

上田はそう言い残し、霧の中に消えていった。

ハルは震えながら言った。

「おじさん……あの人は、マブイ議会が送り込んだ刺客じゃない。あの人は、マブイそのものを否定する『からくり競艇の終わりの始まり』かもしれない……」

乾は、自分の右腕に宿る白銀の熱が、上田の冷たさに触れて微かに小さくなったのを感じた。

江戸川マスターズ。老将たちの技に加え、艇王・上田という巨大な壁が、乾の「魂の競艇」を根底から揺さぶり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ