表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
からくり競艇〜ホームレス、魂のフルスロットル〜  作者: 水前寺鯉太郎
第1部:学校編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/21

第13話:終焉の旋回、泥水の絆は親を超えて

平和島の風:ビル風が作る「魔の気流」

平和島競艇場は、周囲を巨大な建造物やマンションに囲まれた「都市型競艇場」です。このため、風向と風速がレースの展開を劇的に左右します。

追い風(スタンド側から第1マーク方向):

水面が安定し、1コースの「逃げ」が有利になります。しかし、からくり競艇においては、追い風がマブイの燃焼効率を高めるため、加速力が異常に跳ね上がります。ブレーキが効かなくなり、第1マークでオーバーランする危険(差し場を与える隙)が生まれます。

向かい風(第2マーク側から吹き込む風):

スリット付近でボートが抑え込まれるため、ダッシュ勢(4〜6コース)の「捲り」が決まりやすくなります。マブイ属性が**「木(風)」**のレーサーにとっては、向かい風は「味方」であり、風の抵抗を推進力に変換することが可能です。

ビル風(不規則な突風):

平和島特有の現象。ビルに当たった風が垂直に吹き降り、水面に不規則な「押し下げ」を発生させます。これにより、旋回中の機艇が突然バランスを崩し、転覆エンストを誘発します。

第13話:終焉の旋回、泥水の絆は親を超えて


平和島優勝戦。

観客席を埋め尽くした数万人の視線の先、ピットにはかつてない禍々しいマブイが立ち込めていた。

1号艇。そこに座るのは、息子・翼さえも「道具」として切り捨てた男、黒崎 龍平。

彼は自ら開発した最新鋭機『黒死無双こくしむそう』に乗り、禁断の**希少属性「暗黒ダークネス」**を全開にしていた。周囲の光を吸い込み、音さえも遮断するそのマブイは、平和島の静水面を漆黒の鏡へと変えていく。

「翼、健児……。そして名も無きマブイネービラよ。支配される側が、支配する側に牙を剥く愚かさを、その魂に刻み込んでやる」

龍平の声が、スピーカーを通さず、直接脳内に響く。

対する乾、ハル、翼の三人は、昨日の準優勝戦で結成したチームの絆を、マブイのラインで繋ぎ合わせていた。


「平和島優勝戦……全艇、起動エンゲージ!!」

スタートの瞬間、平和島をビル風が切り裂いた。強い向かい風。

だが、龍平の「暗黒」がその風さえも飲み込む。

属性変質――『絶望の領域イベント・ホライゾン』。

1号艇から放たれる漆黒の波動が、乾たちのスロットルレバーを物理的に固着させ、マブイ石の回転を強制停止させようとする。

「……あ、足が……機体が動かない……! パパ、なんて冷たいマブイなの……」

3号艇の翼が、恐怖で震える。かつて家庭という密室で受けた支配の記憶が、暗黒の属性を通じて彼女を縛り付ける。

「翼! 前を見ろ!!」

6号艇の乾が吠えた。17,000のマブイを、翼の機艇へと無理やり流し込む。

「あんたのパパが作ったのは『虚飾の塔』だ! だが、俺たちが今走っているのは、あんたが自分で見つけた『泥の道』だろうが!!」

乾の「斬」が、翼を縛る暗黒の鎖を物理的に断ち切った。

「……そうね。あたしはもう、パパの所有物じゃない。……あたしは、あたしの泥で、貴方を塗り潰す!!」


第1マーク。龍平の『黒死無双』が、光さえ届かない最速のターンを見せる。

暗黒属性の重力が、平和島の「マブイ吸い込み」と共鳴し、後続を文字通り「消滅」させようとする。

だが、ハルが動いた。

「おじさん、翼さん。ビル風が来るよ……『風』を僕に預けて」

ハルはマブイネービラ特有の超感覚で、高層ビルから吹き降ろす突風を捉えた。

物理演算・極――『風神の回廊ウィンド・トンネル』。

ハルが暗黒の重力を利用して突風を「加速装置」へと変換し、乾と翼をその背後に引き連れる。

「行くわよ、パパ! これが……泥水の真骨頂!!」

翼が放つ属性変質――『万物沈降・大渦』。

平和島の吸い込みを、龍平の暗黒よりも深く、重い「泥」で上書きし、水面を底なしの沼へと変える。龍平の機艇が、自らの重力と泥の粘性に足を取られ、コンマ一秒だけ挙動を乱した。 


「……おのれ、泥ネズミどもがぁぁぁ!!」

龍平が狂ったように出力を上げる。だが、その中心には乾健児がいた。

翼が道を作り、ハルが加速を与えた。その先にあるのは、乾の17,000の熱量を一本の極小の点にまで凝縮した、真の「針」。

「黒崎! あんたの『暗黒』も、元を正せば独りぼっちの寂しいマブイだ! 全部まとめて、俺が刺し貫いてやる!!」

乾の機艇が銀色の彗星と化し、龍平の黒い影を真っ二つに切り裂いた。

金属性・神髄――『救済のサルベーション・ブレイド』。

光が暗黒を貫き、平和島の空に突き抜けた。

ゴールラインをトップで駆け抜けたのは、ボロボロになりながらも三艇が重なるように並んだ、乾健児。

1位・乾。2位・翼。3位・ハル。

最下位へと沈んだ龍平の『黒死無双』は、マブイ石が粉砕され、ピットに戻ることもできず水面に浮いていた。


レース後のピット。

翼は、救助艇で運ばれてきた父・龍平の前に立った。

「パパ。貴方の世界は完璧だったかもしれない。でも、あたしたちの泥んこの世界は、もっと自由よ」

龍平は何も言わず、ただ、泥に汚れた娘の顔を呆然と見つめていた。彼の「支配」という属性は、本物のマブイの前に敗れ去ったのだ。

乾は、新宿の仲間たちがスタンドで狂喜乱舞しているのを見上げ、静かにヘルメットを脱いだ。

「……終わったな、ハル」

「うん、おじさん。お腹空いた。今度は高いお寿司、奢ってくれる?」

「ああ。だがその前に、多摩川の馴染みの屋台で、源さんたちと一杯やってからだ」

平和島の夕焼けが、三人のレーサーを赤く染める。

バブルの崩壊から始まったホームレスの逆転劇は、今、伝説の序章へと変わった。

彼らの前には、どこまでも続く、広大な水上の修羅道が広がっている。


――乾健児、プロ通算V1。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ