第11話:平和島包囲網、土濤(どとう)の刺客
第11話:平和島包囲網、土濤の刺客
平和島競艇場、2日目。
初日の「星属性」北斗昴との激闘を制した乾健児たちを待っていたのは、静水面の穏やかさとは裏腹の、殺気立ったピットの空気だった。
「……健児、気をつけて。パパが本気を出したわ」
翼が、モニターに映し出された番組表(出走表)を見て顔を歪ませる。
第8レースから第11レースまで、乾、ハル、翼の周囲を固めるのは、すべて黒崎龍平が私設軍隊のように飼い慣らしている「帝都金融」専属の鉄砲玉レーサーたちだった。
「17,000の野良マブイを、平和島の藻屑にしてやれ」
龍平の命令を受けた彼らは、勝利よりも「破壊」を目的とした特攻機艇を操っている。
【第8レース:土属性の変質「震」】
最初の刺客は、土属性を振動に変換する男、巌。
「沈め、不渡り野郎!!」
巌の放つ属性変質――『共鳴破』が、平和島の護岸を震わせ、乾の機艇のネジ一本一本にまで直接振動を叩き込む。
「……機体がバラバラになる気か!?」
乾は歯を食いしばり、17,000のマブイを機体全体に「皮膜」のように張り巡らせた。
金属性の防御形態――『鋼鉄の防壁』。
振動を「硬さ」でねじ伏せ、乾は巌の懐に飛び込むと、一瞬の隙を突いてマブイ・ニードルで相手の舵取りを「切断」した。
【第9レース:火属性の変質「煙」】
続く刺客は、視界と酸素を奪う女、灰音。
「お前のマブイ、窒息させてあげるわ」
属性変質――『黒煙の迷宮』。
平和島の水面が真っ黒な煙に包まれ、乾の吸気口にマブイを阻害する粒子が混じる。
「……見えない!? マブイの感覚が……」
絶体絶命の瞬間、横を走るハルの「風」が吠えた。
マブイネービラのハルは、煙の影響を物理的な「気流」として処理し、乾に最短ルートを指し示す。
「おじさん、僕の後ろ! 空気の流れを斬って!」
ハルの先導により、乾は視覚を捨てた「全速盲走」を敢行。煙を切り裂き、灰音を置き去りにした。
3. 第10レース:泥水の共闘
そして迎えた第10レース。翼の前に立ちはだかったのは、かつての彼女の「教育係」だった男、剛力。
彼は翼と同じ土属性だが、その質は圧倒的な破壊力を持つ**「岩石」**だった。
「翼、お前の甘い『泥』など、私の岩で粉砕してくれるわ!」
剛力の放つ岩石の礫が、翼の機艇を無慈悲に叩く。
「……あたしはもう、人形じゃない!!」
翼が叫ぶ。翼はパパへの恐怖を、自らのマブイを練り上げる燃料に変えた。
「泥はね……岩を砕くことはできない。でも、岩を包み込んで、動けなくすることはできるのよ!!」
属性変質――『万物沈降』。
翼の泥が剛力の岩を飲み込み、その重みを逆に「錨」に変えて相手を水底へ引きずり込む。その隙を突き、乾が「斬」で勝負を決めた。
3つのレースを執念で勝ち抜いた三人は、満身創痍でピットへ戻った。
乾の右腕は激しく震え、翼の機体は岩石の直撃でボコボコだ。ハルもまた、物理的な負荷で顔が青白い。
「……ハァ、ハァ……。パパ、なりふり構わなくなってきたわね」
翼が、折れたネイルを悔しそうに見つめる。
「だが、これで分かったはずだ。俺たちのマブイは、金の力じゃ買い取れねえってことがな」
乾がそう言った瞬間、ピットの入り口に巨大な影が差した。
そこには、ボロボロのドカジャンを羽織り、1100勝の風格を纏った男が立っていた。
大宮機艇教習所校長・今岡 裕太郎。
「……てめえら、酷え面だな。そんなナマクラなマブイじゃ、明日の準優勝戦で『本物』に喰われるぞ」
今岡の口から、紫煙が静かに吐き出される。
「校長……!? なぜここに」
「黒崎の狸が、俺に『招待状』を送りやがったのさ。引退した老いぼれを引っ張り出すとは、相当追い詰められてるらしい」
今岡の目が、鋭く乾を射抜く。
「明日、俺が出る。17,000のゴミ溜めを、俺の『スピード』で浄化してやるよ」
平和島の夜。
乾は一人、宿舎の屋上で、夜の静水面を見つめていた。
明日、かつての師であり、伝説のレーサーである今岡と戦う。
今岡の属性は、まだ誰も見たことがない。
だが、その背中には、数千、数万の敗者たちのマブイを背負った、圧倒的な「速さ」の風格があった。
「……面白くなってきやがった。泥水の底から、あんたの背中を刺し貫いてやるよ」
乾の右拳に、再び銀色の「斬」が宿る。
マブイ金融の刺客たちを退けた三人の前に立ちはだかる、最大の壁。
平和島3日目、準優勝戦。
師弟の魂が、静水面で激突する。




