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鉄屑の眠り姫と、青すぎる空の下で  作者: あかはる


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3/4

他力本願の女神と、轍(わだち)の刻む希望

 森の侵食は、慈悲がない。

 数千年の歳月は、かつてのアスファルトを土へと還し、ビルの残骸を苗床へと変えた。凸凹とした地面は木の根によって複雑怪奇な隆起を描き、歩行者に対して常に足首の捻挫を要求してくる。

 そんな悪路を歩き始めて、体感時間にして約三十分。

 最強の兵器として製造された少女、E.L.F-2492-T6――エルフィは、唐突にその足を止めた。

 何かの気配を察知したわけではない。敵襲でもない。

 彼女は空を見上げ、深く、肺の中の空気をすべて吐き出すようなため息をつくと、そのまま重力に身を任せたのである。


 ドサッ。


 乾いた音が響く。

 エルフィは地面に大の字になっていた。

 スカートが捲れるのも、背中のウェポンラックが土に食い込むのもお構いなし。まるで空から墜落した瓦礫のように、彼女は森の一部と同化した。


「……もう、無理」


 虚空に向かって投げ出された言葉は、驚くほど覇気がない。


『あの、お嬢様?』


 頭上を浮遊していたドローンが、困惑したようにその場で旋回する。


『故障ですか? 関節駆動系に異常発生? それともジャイロセンサーが狂って、地面が壁に見えていますか?』


「正常だよ。オールグリーン。身体の調子はすこぶるいい」


 エルフィは寝転がったまま、目の前を横切る蟻を目で追った。


「ただ、私の高度な演算プロセッサが弾き出したんだよ。これ以上、この歩きにくい地面を二足歩行で移動するのは、エネルギー効率の観点から見て極めて非合理的である、ってね」


『それを一般用語では「怠惰」と呼びます』


「違うね。最適化オプティマイズだよ」


 エルフィはふてぶてしく言い放ち、手近にあったシダ植物の葉をちぎって顔に乗せた。木漏れ日が眩しかったのだ。


「そもそもさあ、私は『高機動強襲制圧型』なわけ。空からブースターで降下して、敵陣のど真ん中で暴れ回るのが仕事なの。こんなハイキングコースをてくてく歩くようには設計されてないの」


『設計段階の話をするなら、貴女には不整地踏破プログラムもインストールされているはずですが。泥沼だろうが瓦礫の山だろうが走破できるスペックをお持ちです』


「スペックとやる気は別物!」


 葉っぱの下から断固たる拒絶の声が上がる。

 彼女の言い分はこうだ。

 自分は高級スポーツカーである。エンジン出力も足回りも最高級だ。だからといって、未舗装の砂利道を泥だらけになって走りたいかと言えば、答えはノーである。

 宝の持ち腐れ上等。彼女にとって、今の状況は自身の美学に反する労働だった。


「というわけで、私はここで待機モードに入る。スリープまではいかないけど、アイドリング状態で省エネに努めることにする」


『……それで? まさか、私が貴女をおんぶして運ぶとでも? 残念ながらこのボディに積載能力はありませんよ』


「違うって。アンタ、飛べるじゃん」


 エルフィは葉っぱの隙間から、恨めしげに浮遊する球体を見上げた。


「自分だけ重力制御でスイスイ飛びやがって。ズルいと思わない? 主人が地べた這いつくばってるのに、執事が空調の効いた部屋から見下ろしてるみたいな構図、どうかと思うよ」


『これは私の機能ですから』


「だからさ、その機能を役立ててよ。先行偵察スカウト


 彼女はひらひらと手を振った。追い払うような仕草だ。


「アンタが先に行って、なんかいい感じの場所とか、人間とか見つけてきてよ。私はここで森のマイナスイオンを吸収して待ってるから」


『……は?』


 ドローンの単眼が、信じられないというように点滅速度を上げる。


『私一人で、ですか? この未知の森を? 護衛対象である貴女を置き去りにして?』


「大丈夫、大丈夫。ここに敵なんていないし、もし熊が出てもデコピンで倒せるから。ほら、行った行った」


 完全に職務放棄である。

 だが、ドローンのAIは瞬時に計算を行った。

 このままここで駄々をこねるポンコツ・アンドロイドを説得して立ち上がらせるのに要する時間とストレス値。それよりも、自分が迅速に周囲を索敵し、明確な目的地あるいはニンジンを提示して誘導する方が、結果的にタイムロスは少ないのではないか。

 論理的帰結は、後者を支持していた。


『……承知いたしました。貴女のその腐りきった性根には呆れるほかありませんが、状況を打開するためにはやむを得ません』


「言い方がキツいなあ。もっと主人を敬って」


『敬意は成果アウトプットに比例します。現在の貴女への敬意は、そうですね、そこに落ちている虫食いの落ち葉と同レベルです』


 ドローンは皮肉たっぷりに言い捨てると、ふわりと高度を上げた。


『半径五キロ圏内を走査してまいります。その間、どうか苔と同化してしまわないようご注意を。戻ってきたときに風景に馴染みすぎて見つけられないと困りますから』


「はいはい、いってらー」


 エルフィの気のない返事を背に、ドローンは風を切って飛び立った。

 推進音が遠ざかっていく。

 あとに残されたのは、森の静寂と、大の字で寝転がる銀髪の少女だけ。

 彼女は顔に乗せた葉っぱを少しずらし、青い空を覗き見た。


「……あー、楽チン」


 本音だった。

 数千年ぶりの覚醒。身体の機能チェック。見知らぬ風景。

 彼女の脳内メモリは、起きてから数時間で膨大な情報を処理し、少しばかりオーバーヒート気味だったのだ。

 兵器だって、休息は必要だ。

 彼女は目を閉じ、土の冷たさを背中に感じながら、意識のレベルを深く沈めていった。


 ◇


 一方、主に見捨てられた(あるいは見捨てた)ドローンは、木々の間を縫うように飛行していた。

 高度な障害物回避センサーが働き、枝葉の一枚にも触れることなく森を疾走する。

 視界には常にサーモグラフィーと地形解析のグリッドが表示され、周囲の環境データを収集し続けていた。


『気温二十四度。湿度六十パーセント。植生は針葉樹と広葉樹の混合林。……平和そのものですね』


 独り言ちる。

 彼のメモリーにある「外の世界」は、もっと荒涼としていた。

 大気は汚れ、地表はクレーターだらけで、生物反応などドブネズミとゴキブリくらいしか検出されなかった時代。

 それがどうだ。今はどこを見ても緑、緑、緑。

 生命力が溢れすぎていて、無機物である彼にとっては少し居心地が悪いほどだ。


『しかし、人工物が皆無というのは解せませんね』


 数キロ進んだが、目に入るのは自然物ばかり。

 かつて文明があった痕跡すら、植物に覆い隠されている。

 人間は滅びたのだろうか?

 いや、大気成分の清浄化プロセスを考えれば、意図的に環境再生を行った可能性が高い。ならば、管理者がどこかにいるはずだ。


 その時だった。

 視覚センサーの端に、違和感が引っかかった。

 ランダムに生い茂る木々の配列の中に、不自然な「空白」が存在する。

 ドローンは空中で急停止し、スラスターを吹かして方向転換した。

 木々のトンネルを抜ける。

 そこには、明らかに「意図」を持って切り開かれた空間があった。


『……これは』


 道だ。

 舗装はされていない。ただ土を踏み固めただけの、粗末な道。

 だが、獣道ではない。幅が広すぎる。

 ドローンは高度を下げ、地面を詳細スキャンした。

 土の上に、二本の平行線が刻まれている。

 雨風に晒されて薄れているが、それは間違いなく「わだち」だった。


『車輪の痕跡。トレッド幅から推測するに……四輪車両、あるいは二輪の荷車』


 データを照合する。

 反重力浮遊車ホバーカーではない。キャタピラでもない。

 ゴム、あるいは木製のタイヤが、物理的に地面を転がった痕だ。


『技術レベルの退行が確認できますね。しかし、これは朗報だ』


 道があるということは、往来があるということ。

 轍があるということは、物流があるということ。

 そして何より、この轍は比較的「新しい」。数日以内に何かがここを通った痕跡だ。


『あの怠け者のポンコツ姫も、これなら納得して動くでしょう』


 ドローンは満足げに空中で一回転すると、座標を記録し、来た道を全速力で引き返した。


 ◇


「……むにゃ。あと五分……」


『起きてください、粗大ゴミ様。夜になりますよ』


 耳元で響く警告音に、エルフィは不機嫌に顔をしかめた。

 重いまぶたを持ち上げると、ドローンの単眼が至近距離でこちらを覗き込んでいる。


「……んあ? 早かったね。もう諦めて帰ってきたの?」


『誰かさんと違って、私は優秀ですので。成果を持ち帰りました』


 ドローンはホログラムを空中に投影する。

 そこに映し出されたのは、先ほど撮影した「道」と「轍」の映像だった。


「道……?」


 エルフィが半身を起こす。


『ここから北東へ約二キロ。森を抜けた先に、街道らしきものが整備されています。しかも、車輪の痕跡あり。文明圏へのルートである確率は九十九パーセント以上です』


「へえ、やるじゃん執事」


 彼女は感心したように口笛を吹こうとして、失敗してただの息を漏らした。


『さあ、移動しますよ。二キロ程度なら、這ってでも行けるでしょう?』


「這っては行かないけどさ」


 エルフィはよっこらせ、と掛け声をかけて立ち上がる。

 背中の土を払い、伸びをする。

 関節がパキパキと小気味よい音を立てた。

 目標が定まったことで、少しはやる気が出たらしい。

 二人は再び歩き出した。

 今度は先ほどよりも足取りが軽い。

 鬱蒼とした森の中をあてどなく彷徨うのと、明確なゴールに向かって歩くのとでは、精神的な疲労度が違うのだ。

 ドローンのナビゲートに従い、藪をこぎ、倒木を乗り越えること数十分。

 不意に視界が開けた。


「おー……」


 エルフィの声が漏れる。

 森が左右に分かれ、その真ん中を黄土色の帯が貫いていた。

 田舎道だ。

 かつてのハイウェイのような威容はない。ただの土の道。

 けれど、その両脇には雑草が刈られた跡があり、人の手が入っていることが一目瞭然だった。

 空は広く、道の先は地平線の彼方へと続いている。


「すごいね。本当に人間、生きてたんだ」


 エルフィは道の中央に立ち、轍を見下ろした。

 土に刻まれたその凹みは、彼女にとって「平和」の象徴に見えた。

 戦争兵器が通る道ではない。

 生活を運ぶための道だ。


『感動しているところ申し訳ありませんが、立ち止まっている暇はありませんよ。この轍の深さと乾燥具合から見て、最後に車両が通過したのは昨日か一昨日。追いつくには急ぐ必要があります』


 ドローンが先を促すように、道の進行方向へ機体を揺らす。

 町へ向かうなら、この轍を辿っていくのが定石だ。

 しかし。

 エルフィは動かなかった。

 それどころか、道の脇にある少し盛り上がった草地に、とすんと腰を下ろしたのである。

 膝を抱え、ちょこんと座り込むその姿は、まるでピクニックに来た少女のようだ。


『……あの? お嬢様?』


 ドローンが訝しげに戻ってくる。


『なぜ座るのです? 休憩には早すぎますが』


「んー? 休憩じゃないよ。待機」


 エルフィは足元の猫じゃらしを引き抜き、鼻先で揺らした。


『待機? 何をです?』


「何をって……」


 彼女は当然のように、道の向こう側――町とは反対方向を指差した。


「次の便」


『……はい?』


「だってさ、ここ道でしょ? 轍があるってことは、車が通るってことでしょ?」


 エルフィはニシシと、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。


「だったら、待ってれば誰か通るじゃん」


『はあ。それはそうでしょうが……いつ通るかもわからないんですよ? 田舎道の交通量など、一日に一台あるかないかかもしれません』


「それでもゼロじゃない。歩いて町まで行くのと、ここで昼寝しながら車を待って、乗せてもらうの。どっちが楽か、火を見るよりも明らかでしょ」


『貴女は……本当に……』


 ドローンの処理回路が、呆れを通り越して感嘆の数値を弾き出す。

 この期に及んで、まだ楽をしようというのか。

 最強の戦闘能力を持ちながら、その能力を「いかにサボるか」という一点のみに行使するその姿勢。ある意味でブレがない。


「いい? ドローン君。戦術の基本は『待ち伏せ(アンブッシュ)』だよ。敵を追いかけるより、有利な地点で待ち構える方が勝率は高いの」


『それは敵を殲滅する場合の話です。ヒッチハイクの極意として語らないでいただきたい』


「似たようなもんよ。ターゲット(親切な通行人)を捕捉し、交渉おねだりによって車両(足)を確保ゲットする。高度な心理戦なんだから」


 エルフィはリュックを枕にして、草の上にゴロンと横になった。

 青い空に、白い雲がゆっくりと流れていく。

 風が草を撫でる音が心地よい。


「というわけで、私は果報を寝て待つことにします。見張り番、よろしくね執事」


『……承知いたしました。貴女がミイラになる前に、誰かが通ることを祈るばかりです』


 ドローンは諦めたようにため息をつく(電子音で)と、上空の警戒モードに入った。

 街道の脇、草むらの中に転がる銀髪の少女と、その上を漂う黒い球体。

 奇妙な取り合わせの二人は、こうして運命の「足」を待つことになった。


 時は流れ、太陽が少し西に傾いた頃。

 遠く、道の彼方から、カタカタという乾いた音が聞こえてきた。

 それはエンジンの轟音ではない。

 蹄の音と、木の車輪が軋む音。

 エルフィの耳がぴくりと動く。

 閉じていた瞳が、すっと開かれた。

 その瞳孔の奥で、ターゲットロックオンの照準が赤く明滅した――かもしれない。


「来た」


 彼女は口元を歪め、獲物を待ち構える捕食者のように(実際はただのヒッチハイカーとして)身を起こした。


(続く)

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