異世界転生
眩しい光が差し込み、迅はゆっくりと目を開けた。
視界に映るのは、木の梁が走る天井。
柔らかな布の香り、窓から差し込む朝日、微かに聞こえる街のざわめき。
まるで現実の旅館に泊まった翌朝のような、妙に心地よい目覚めだった。
「……なんだこれ。寝起き良すぎだろ」
隣のベッドで晴斗が伸びをしながら言う。
その声に透花も玲奈も目を覚ました。
「VRで寝たのに、現実よりスッキリしてる……」
「これ……ゲームの回復処理ってレベルじゃないよね」
「……確かに、妙だな」
迅も同じ感覚だった。
体が軽い。疲労が完全に消えている。
夢を見た記憶もない。
ただ、深く眠って、自然に目覚めた──そんな感覚。
「とりあえず、飯食おうぜ。腹減った」
「うん……」
「食堂、あっちだね」
「行くか」
四人は宿屋の食堂へ向かった。
食堂は朝の光に満ちていた。
NPCの店主が笑顔で迎えてくれる。
「おはようございます。朝食をご用意しておりますよ」
「……おはようございます」
自然に返事をしてしまうほど、NPCの声は柔らかく、温かかった。
席に座り、四人はメニューを開く。
「……ログアウト、どうだ?」
「……グレーアウトのまま」
「問い合わせも押せない」
「設定の一部も使えないまま……」
晴斗が額に手を当てる。
「……マジで直ってねぇ」
「初日のバグにしては長すぎるよ……」
「問い合わせが押せないのはおかしい」
「……これはもう、バグの範囲を超えてる」
迅の言葉に、三人は黙り込んだ。
食後、四人は街の通りへ出た。
朝のエルデンフォードは活気に満ちている。
NPCが店を開き、プレイヤーが走り回り、露店の準備が進む。
「……NPCに聞いてみる?」
「うん。昨日の反応、気になってたし」
「じゃあ、あの人に」
四人は近くのNPCに声をかけた。
「おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」
NPCは自然な笑顔で話しかけてくる。
晴斗「……眠れたけどさ。あんたらって……AIなんだよな?」
NPC「……えーあい? それは……魔法の一種でしょうか?」
NPCは本気で分からない顔をした。
透花「……え、これ……」
玲奈「AIが“AIを知らない”ってある?」
迅「……いや、普通はない」
NPC「私はこの街で生まれ、この街で育ちました。
あなた方の言う“ゲーム”というものは……存じません」
NPCの表情は、嘘をついているようには見えなかった。
ただ、純粋に“知らない”という顔だった。
晴斗「……これ、もう……」
誰も続けられなかった。
広場に向かうと、プレイヤーたちが集まっていた。
ログアウト不能について話している者もいる。
プレイヤーA「ログアウト? できないっすよ」
プレイヤーB「問い合わせも押せないし……」
プレイヤーC「まあ、バグでしょ! そのうち直るって!」
そんな中、一人だけ雰囲気の違うプレイヤーがいた。
黒髪で、落ち着いた目をした青年。
プレイヤーD「……お前ら、気づいてないのか?」
晴斗「え?」
プレイヤーD「NPCの反応、あれ……AIじゃねぇぞ」
透花「どういうこと?」
プレイヤーD「俺、昨日から色々試してんだよ。
NPCに変な質問しても、全部“意味を理解した上で”返してくる。
あれは……プログラムじゃねぇ」
玲奈「……じゃあ、何?」
プレイヤーD「……知らねぇよ。でも、
“ゲームじゃない可能性”は考えとけ」
迅「……お前はどう思ってる?」
プレイヤーD「……最悪のケースなら、
俺たち……“本当に来ちまった”んじゃねぇかってな」
四人は言葉を失った。
◇
「……おい、これ……昨日と違くね?」
「設定項目……減ってる……?」
「問い合わせ……消えてる……」
「……これはもう、ゲームのUIじゃない」
システムメニューの説明文が変わっていた。
まるで“ゲームとしての体裁”が崩れ始めているようだった。
そのとき──
「じんらいおにいちゃん!!」
小さな声が響いた。
昨日助けた子どもが、全力で走ってくる。
迅「……え?」
子ども「昨日、助けてくれてありがとう!」
子どもは迅の手をぎゅっと握った。
その温度は、完全に“現実”だった。
晴斗「……名前……呼んだ?」
透花「NPCが……プレイヤーの名前を……?」
玲奈「そんなこと普通……ないよね……?」
迅「……」
そこへ、母親NPCが駆け寄ってくる。
母親「迅さん。本当にありがとうございました」
その声は震えていて、
“感謝している人間の声”そのものだった。
晴斗「……NPCが”ジンライ”って言った……」
トーカ「これ、もう……」
レイナ「ゲームじゃない……」
迅「……ああ」
四人は誰も否定しなかった。
そして、誰も笑わなかった。
ここにきて、ようやく──
四人は“異世界転生した”という現実を受け入れた。




