昼下がり、荷物は語る
昼前の王都は、妙に静かだった。冒険者たちは依頼に出ている時間帯で、街の中心部はどこか緩い空気が流れている。
「こういう日は、客が少ないんだよな……」
タクシーをゆっくり走らせながら、私は自動翻訳ナビの案内を聞き流していた。客がいないときは、そのまま街を巡回するだけだ。
そんな時——。
ピコン。
《依頼:荷物運搬の臨時タクシー呼出》 《依頼主:雑貨屋 フィーナ》
「……荷物運びか。まぁ、暇よりはいいか」
異世界は“配送サービス”がまだ一般的じゃない。だから、タクシーが代わりに使われることも多い。
タクシー運転手で、宅配便も担当する世界線だ。
◆
「ごめんなさいねぇ! 急ぎで頼みたくて!」
店の前にいたのは、雑貨屋の若い店主、フィーナ。
明るい笑顔だが、しっかり者で評判の女性だ。
「荷物ってこれですか?」
「そうそう! お客さんから“鍛冶屋に届けて”って頼まれたの。ちょっと重いけど大丈夫?」
渡された木箱は、ズシッとした重量感。
鉄製の工具か何かが入っているのだろう。
「大丈夫ですよ。じゃあ積みますね」
「お願い! あ、割れ物だから優しくね!」
「割れ物……?」
思わず重い木箱を見下ろした。
——いや、絶対割れ物じゃない重さなんだけど。
異世界あるあるだ。
◆
木箱を後席に固定して走り出す。
鍛冶屋通りまでは短い道のり……のはずが、いつもどおり問題は起きる。
「お、おじさん運転手さん! その荷物なんですか!?」
通りかかった新人冒険者に声をかけられた。
「いや、ただの配送だよ」
「いやいや! その箱……魔力の気配しますよ!?」
魔力?
私はミラー越しに箱を確認した。
すると……
——ピシ……!
木箱の板が、わずかに内側からしなった。
「……おいおい、聞いてねぇぞフィーナさん……」
中で何かが“動いた”気がした。
◆
「運転手さん!! その箱、たぶん魔道具か魔獣の卵です!!」
「卵!?」
後席で“ごとん、ごとん”と不安な音が鳴る。
私は急いで鍛冶屋通りへ向かった。
もっとゆっくり運びたかったが、正直怖い。
◆
鍛冶屋に着くと、店主が慌てて飛び出してきた。
「おおっ! ようやく届いたか!」
「これ……何が入ってるんです?」
「“鉄喰い虫”の幼体! 安全に運べたか!?」
「安全……って言っていいのかな……」
カーナビの満足度は《★★★☆☆》という微妙な評価をつけていた。
店主は木箱を抱え上げ、中を覗き込む。
「おうおう、元気だ元気だ。よし、これなら加工に使える」
「加工……?」
「鉄を柔らかくする特殊な作業があるんだよ。こいつが必要なんだ」
なるほど。
異世界の道具は本当に何でもアリだ。
◆
「ほい、運賃な」
店主が銀貨を差し出す。
「助かったぜ。タクシーって便利だな。早いし丁寧だし」
「丁寧……?」
私の疑問をよそに、店主は満足げに店へ戻っていく。
まあとにかく、無事に届けられたなら良かった。
◆
タクシーに戻ると、カーナビが勝手にメッセージを出した。
《隠し実績:荷物も客扱いです!》 《称号:異世界配送ドライバー》
「……また変なの増えたな」
私は肩をすくめつつ、午後の街へとハンドルを切った。
「さて、次は普通の客だといいんだが」
そう呟いたが、どうせ普通では済まないんだろう。
この世界では、タクシーにも物語が乗ってくる。




