スライム、ギルドで働き始めました
昼過ぎ。王都の大通りをゆっくり流していたときだった。
車内のカーナビが急に光った。
《付近に“既知の魔物反応”を検知
推定:第1話のスライム》
「いや、推定すんなよ……」
苦笑しながら周囲を見回すと——
タクシーの前で、ぷるっぷるっと跳ねている透明の姿があった。
『あっ……! 運転手さん!!』
懐かしい声だ。
最初にこの異世界で乗せた、あのスライム。
「お、久しぶりだな。……元気してたか?」
『はいっ! あの……ぼく、今はギルドの“おてつだい”してます!』
「おお、ちゃんと居場所ができたんだな」
身体をぷるぷる震わせて、得意げにしている。
前よりずっと、輝いているように見えた。
『今日は……ギルドから“荷物の配達”を任されて……
でも……その……重くて……』
言いかけた瞬間、バサァッと大量の書類がスライムの体からこぼれ落ちた。
『あ〜〜っ!! また落としたぁぁ!!』
「お、お前な……」
どう見ても一人じゃ無理な量だ。
「乗れ。全部まとめてギルドに届けてやるよ」
『えっ……! い、いいんですかっ!?』
「そのためのタクシーだろ」
そう言うとスライムは、嬉しすぎて液体のまま膨張した。
『じゃ、じゃあ……遠慮なく……!』
荷物と一緒に後部座席へ乗り込むのを確認し、出発する。
◆
『あの、運転手さん……』
「ん?」
『ぼく……ギルドの人たちに、ちゃんと“役に立ってる”って言われるんです……
“スライムは弱いけど、君は働き者だね”って……』
「そりゃ良かったな」
『でも……』
「でも?」
スライムの身体が、しゅん、と小さくなる。
『……まだ、怖いんです。
外に行くと、他の魔物に“おまえみたいな雑魚がギルドで働くな”って言われて……』
「ああ……」
『……正直、くじけそうで……』
スライムは、少し震えていた。
——こいつは最初から、弱い自分を責めるタイプだった。
「スライム」
『……はい』
「仕事を任されてる時点で、お前は“雑魚”じゃねぇよ。
雑魚なら誰も頼らない」
スライムの透明な身体がきらっと光る。
『……っ!!』
「それに、強さなんてあとからついてくるもんだ。
まずは出来ることからやればいい」
『……はいっ!』
スライムは身体の色を、少し濃い青色に変えた。
嬉しいと色が変わるタイプらしい。
◆
ギルドが見えてきた、そのとき。
「あっ!!」
『えっ!?』
路地裏から、ゴブリンが荷物を抱えて全速力で飛び出してきた。
《スリ+書類泥棒》
と、カーナビが勝手に判定する。
「お前……書類盗むなそんなジャンル!」
だがゴブリンは早い。
このままだと逃げる——と思った瞬間。
『ぼ、ぼくが……やります!』
スライムが後部座席から車外へ飛び出した。
「おいスライム!?」
ぷるん!! と弾むように地面に落ちたスライムは——
ゴブリンの足元へ高速で転がり込み、
ズルッ!!
「ぶぎゃっ!?」
見事に足を滑らせて転ばせた。
その隙にスライムは盗られた書類を吸い取り、
ころん、と俺の足元まで戻ってくる。
『と、とれました……!』
「……やるじゃねぇか」
スライムは照れくさそうにぷるぷる震えながら言った。
『ぼく……役に立てた……!』
◆
ギルドへ書類を無事に届けると、受付嬢が感謝してくれた。
「スライム君、ありがとう。本当に助かったわ」
『へ、へへっ……!』
スライムは誇らしげに膨らんでいた。
「じゃあな。また乗りたくなったら来いよ」
『はいっ! 絶対また来ます!!』
スライムは嬉しそうにギルドの中へ跳ねていった。
また一匹……いや、一人か。
また一人、ここで前を向いて進んでいく。
「いいな……あいつ」
俺も負けずに頑張らないとな、と思いながら
次の乗客を探してタクシーを走らせた。




