初めての“同乗研修”
翌朝。
王都の空は雲ひとつなく晴れ渡っていた。
白樺亭を出て待合所に向かう途中、俺は思わず深呼吸する。
(……いよいよ今日からニコの同乗研修か)
教師でも教官でもない俺が、人を育てることになるなんて思いもしなかった。
少しだけ緊張しながら、タクシーの魔導機関を起動する。
---
待合所に着くと、ニコはすでに待っていた。
目が真っ赤だ。
「お、おはようございます修一さん!
昨日眠れなくて……!」
「緊張しすぎだろ。もっと肩の力抜けよ」
「は、はいっ!」
近くで聞いていたベテラン馬車タクシー運転手のラグがニヤリと笑う。
「ニコ、落ち着けって。修一さんは怖くないぞ!」
「怖いとかじゃなくて……その……尊敬してるんで……!」
(尊敬なんて言われると逆にこっちが緊張するんだよな……)
そんな空気を振り払い、俺はタクシーのドアを開けた。
「ほら、乗りな。研修開始だ」
---
最初の客は、偶然にも子どもを連れた母親だった。
「こんにちは〜、南区の保育院までお願いします」
ニコは硬直したまま。
(まあ最初はこんなもんか)
俺は軽く顎で促す。
「ニコ、まず挨拶」
「は、はいっ! こ、こんにちは! お気をつけてお乗りください!」
母親がくすっと笑う。
「元気な子ねぇ。新人さん?」
「研修中でして……すみません」
そんなやりとりの中、タクシーはゆっくり発進する。
---
途中、子どもが後部座席の窓から外を見て叫んだ。
「馬だーっ!」
ニコは慌てて振り返る。
「えっ!? ど、どこに!? 走ってきてますか!?
危険ですか!? 避けたほうが!?!?」
「落ち着けニコ! ただ見ただけだ!」
「あ、あの……すみません……!」
母親は笑いながら言った。
「真面目ねぇ。安心できるわ」
ニコの顔が赤くなる。
(悪くない…むしろ好印象だな)
---
次の客は職人の兄ちゃんだった。
荷物が多く、座席の後ろに大きな木材を積み込む。
ニコは慎重に運んだあと、深く頭を下げた。
「荷物、崩れないように固定しておきました!」
「おっ、気が利くな!ありがとよ!」
客の表情が一瞬で変わる。
俺も思わずニヤッとした。
(いい判断だ。素質あるかもしれない)
---
午後。
待合所で休憩していると、ニコがぽつりと呟いた。
「修一さん……俺、向いてますかね」
「向いてるかどうかは、まだわからん」
「……ですよね」
不安そうな若者の背中に、俺は一呼吸置いてから言った。
「でもな。
“向いてるかどうかを決めるのは客だ”」
ニコがこちらを見る。
「今日の三人の客……お前の対応を見て笑ってたろ。
安心した顔していただろ。
あれが全てだよ」
ニコの目が少し潤んだ。
「……俺、もっと頑張ります!」
---
その夕方。
最後の客を降ろした後、ニコは深々と頭を下げた。
「今日一日、本当にありがとうございました!」
「まだ一日目だ。
焦るな、ゆっくり覚えればいい」
「はい!!」
ニコの声が王都の空に響いた。
---
タクシーで白樺亭へ戻りながら、俺は思う。
(人を育てるって……悪くないな)
この仕事にまた一つ、やりがいが増えた気がした。




