タクシー協会、はじまる?
交通局での大規模な会議から一夜。
俺は白樺亭の朝食を食べながら、ひとつの言葉がぐるぐるしていた。
——会社、つくるか?
いや、ほんとに?
異世界で企業を立ち上げるとか、そんな大それたことできるのか?
考えれば考えるほど胃が痛くなる。
(でも……昨日の会議の感じだと、早めに動かないとダメだよな)
交通局は本気だ。
タクシーを“この国の交通制度の柱”にしようとしている。
その中心に、俺——。
責任重大すぎる。
---
昼前、タクシーを出してしばらくすると、
昨日講習に参加した若い御者が手を振ってきた。
「修一さーん! ちょっと乗ってもいいっすか!」
車を寄せると、彼は元気よく乗り込んできた。
「いや〜、昨日から街でめっちゃ話題ですよ、“タクシー増えるってよ!”って!」
「そんな広まってんの?」
「そりゃもう。
冒険者の間では、“タクシーの優先乗り場作ってほしい”とか言ってたし、
商人たちは“長距離タクシーも始めてほしい”って」
(需要、えぐいな……)
若い御者は続ける。
「それで……修一さんって会社つくるんですか?」
「は?」
「いや、昨日の会議で言ってたじゃないですか。
“運転手の育成が必要だ”って。
だったら、タクシーを統括する組織って絶対必要ですよ!」
こいつ……なんでそんな前向きなんだ。
「それに、修一さんを慕ってる御者、多いんですよ。
“あの人についてけば食っていける”って」
「簡単に言うなよ……」
「簡単じゃないっすよ! だからこそやるんです」
俺は思わず吹き出した。
(……若いのに、言うことがいっちょ前だな)
とはいえ、彼の言っていることは正しい。
単なる馬車タクスィーの延長じゃなく、
“タクシー文化”を育てるには、どうしても組織が必要になる。
その名前は——
「タクシー協会……とか?」
「いいじゃないですか! かっけぇ!」
---
午後、ギルド近くで待機していると、
リーネが書類を抱えたまま小走りで近づいてきた。
「修一さん! 交通局から連絡がありました!」
「また?」
「増車計画、本格的に動くそうです。
そして——“タクシー組織の立ち上げについて、修一さんの意見を求めたい”と」
「まじか……」
リーネは真剣な顔で頷く。
「ここから先は、修一さんが“個人の運転手”のままだと回らなくなります。
本格的に、誰かがリーダーになる必要がある……そう言っていました」
「俺が……?」
「はい」
彼女は続ける。
「でも、あなたならできます。
あなたのタクシーは人を安心させるし、御者たちからの信頼も厚い。
それに——この世界に“新しい文化”をもたらしているんですから」
そこまで言われると、逃げられない。
(会社……協会……か)
重い。でも、不思議と嫌じゃない。
---
夕方。白樺亭に帰ると、女将さんが笑って出迎えてくれた。
「修一さん、なんだか最近、顔つきが変わったねぇ」
「そうですか?」
「ええ。“街を動かす人の顔”になってきてるよ」
思わず苦笑した。
(街を……動かす、か)
そんな大層な自覚はない。
でも——
待合所ができ、人が動き、経済が回り、
この街の“未来”が少し変わったのは確かだ。
俺は白樺亭の玄関先で小さく息を吐き、空を見上げた。
(会社……つくるか。いや、“つくるしかない”か)
この異世界での新しい挑戦が、いよいよ始まりそうだった。




