魔法って、こんなに身近なの?
タクシー運転手として異世界生活にもすっかり慣れ始めた頃。
ふとした拍子に思った。
(そういや……この世界の魔法って、ちゃんと見たことないな)
魔物討伐の冒険者は乗せたことがあるし、
光る魔石やら魔道具やらは見かける。
けど——“人が使う魔法そのもの”には、まだ縁がない。
そんなことを考えていた昼過ぎ。
王都西区で乗せた若い女性が、ぽつりと呟いた。
「えっと……南門のほうで、魔法体術の大会があるんです。
そこまでお願いできますか?」
「魔法体術?」
「ええ! 私も参加するんです!」
そう言って元気よく拳を握る少女。
背は小柄だが、身体にはしっかり鍛えた跡が見える。
(もしかして魔法が見られるチャンスか?)
俺は少しワクワクして「なんの大会なの?」と聞いてみた。
少女は目を輝かせた。
「簡単に言うと、魔力を身体にまとわせて技を出す格闘競技ですよ!
“魔法”って言うと派手な光や火薬みたいなイメージあるでしょう?
でも、あれはごく一部なんです」
「じゃあ、お姉さんは火を出したりは?」
「それはできません!
でも——魔力を流すだけで身体能力が変わるんです!」
と、急に俺の横で手を差し出す。
「たとえば、こうやって魔力を手に……」
彼女の指先がうっすら光る。
白くて、弱くて、けれど確かな輝き。
そして——
「ちょっとだけ、握ってみてください」
「え?」
「思いきりでいいですよ! 大丈夫ですから!」
(……まあ軽く、なら)
俺が遠慮がちに握ると——
カチッ。
鉄の棒でも掴んだみたいに、びくともしない。
「うお……硬っ!」
少女は得意げに笑った。
「これが“硬化系”。
攻撃にも防御にも使えるんですよ」
すげぇ……。
ゲームみたいな、アニメみたいな世界の“魔法”じゃなくて、
もっと日常的に息づいてる魔法だ。
車内のテンションが上がってきた。
「他にもあるのか?」
「はい! 大会ではいろんな魔法体術使う人がいますよ!」
「風を足にまとわせて高速移動する人」
「腕に魔力通して投げ技特化の人」
「跳躍だけ異常に強い人」
「気配を薄くして奇襲する人」
聞けば聞くほど面白い。
「ただ……怪我はしますけどね!」
明るく言うけどこわいよそれ。
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会場となる南門前広場は賑わっていた。
見物人の声、各属性の匂いみたいな魔力の気配が漂う。
少女は降り際にタクシーへ振り返り、軽く礼をした。
「送ってくれてありがとうございました!
よければ、見ていきませんか?」
「仕事中じゃなきゃ絶対見たいんだけどな……」
そう言うと、少女は小さく笑った。
「タクシーの方って大変ですね。
でも——きっとまた乗りますから!」
そう言って、広場の中へ駆けていった。
その後ろ姿から、さっきの光がほんの少し残っている気がした。
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タクシーを走らせながら、俺はひとり呟いた。
(魔法って、こんな身近なもんなんだな……)
火を出すのも、雷を落とすのもカッコいいけど。
こういう“生活の中の魔法”、
鍛えた結果としての力って、すごく魅力的だ。
異世界のこと、俺はまだ全然知らない。
——でも、少しずつ知っていけばいい。
《学習項目追加:魔法体術。
理解度:初歩》
「いやだから誰が学習してんだよ。俺じゃないのか?」
そうツッコミながら、俺は次の客を迎えに王都の通りを走り出した。




