ギルド職員、限界寸前
夕方。
冒険者ギルド近くの乗り場で待機していると——
「……はぁぁぁぁ〜……もう無理……」
ため息の塊みたいな女の人が、タクシーのドアに手を置いた。
肩にギルドの徽章。
仕事終わりらしく、髪も乱れている。
「北区の宿までお願いします……」
声に覇気がなさすぎて、逆に心配になる。
「大丈夫ですか? 相当お疲れみたいで」
座るなり、彼女は天井を見上げて言った。
「今日だけで書類が山三つよ……! 三つ!!」
(山を数える単位が雑になってる)
エンジンを入れると同時に、彼女の愚痴がスタートした。
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「まずね!! 朝いちで来た新人冒険者、申請書に“魔王討伐”って書いてきたのよ!」
「おお……勇者志望?」
「レベル3!! 木の棒よ!? 木の棒!!」
「……せめて鉄の棒にしてほしいですね」
「でしょ!?」
彼女は両手をバンッと上げる。
「しかもね、その新人……
『ギルドカードって魔力で光らないんですか?』
とか聞いてくるの! 光るわけないでしょ!!」
(勇者みたいなやつ、最近流行ってるのか?)
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続いて、彼女は眉をつり上げた。
「午後は午後で、ベテランがギルドの床にスライム持ち込んで!」
「え、どうしてそんなことに」
「“ほら見てくれよ、新種なんだ!”って……
あのねぇ、ギルドの床は観察施設じゃないの!!
しかもそのスライム、跳ねるタイプだったのよ!」
「跳ねるスライムはキツそうですね……」
「受付の棚に飛んで書類ベタベタ!!
魔物持ち込み禁止って何回言えば……!」
(……想像できるのが辛い)
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さらに、彼女は肩をぐるぐる回しながら続ける。
「極めつけは夕方の依頼取消ラッシュ!!
おじさん冒険者たちがね、阿吽の呼吸でキャンセルしてくるのよ!」
「阿吽の呼吸でキャンセルとは」
「“今日、なんか腰が……”“急に膝が……”
全員同じセリフ!! カイコ(魔鳥)狩りの季節なのよ!!」
(揃いすぎて逆に面白いな)
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信号で停まったとき、彼女はじっとフロントガラスを見つめた。
「……はぁ……辞めたい。まじで」
困ったもんだ。
でも、タクシー運転手として言えることはひとつ。
「大変な仕事なのは聞けばわかりますけど……」
彼女がこちらを見る。
「それでも、あなたの仕事のおかげで冒険者は安心して依頼できるわけですよ」
「……ん」
「今日みたいに笑い話になる日は、案外すぐ来るかもしれませんし」
彼女はしばし沈黙し——
やがて小さく吹き出した。
「……笑えなかったことが、少し笑えてきたわ……」
「それなら良かった」
「タクシーって……いいわね。逃げ場みたいで」
「どうも」
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北区の宿に到着すると、彼女は降りる直前に言った。
「……明日も仕事だけど、頑張るわ。
あなたが聞いてくれたおかげ。ありがとう」
「こちらこそ、お疲れさまです」
彼女は軽く会釈し、宿へ消えていった。
《乗客満足度:★★★★☆
コメント: “愚痴聞いてくれて助かった……”》
「いや……今日はたぶん五つ星でよかっただろ」
でも、こうして誰かが少し軽くなるなら——
タクシー運転手も悪くない。
さて次の客は、愚痴ではなく
できれば普通の話題をお願いします。
……普通の客、来るかなぁ。




