昼食堂オープンと、あのオーク再び
白樺亭の昼食堂を始める――昨日そう決まったはずなのに、朝の女将さんはどこか落ち着かない様子だった。
「修一さん、本当に料理人さん紹介してくれるのかいね……?」
「もちろんです。腕は確かですよ。見た目は……まあデカいですけど」
「デカい……?」
隣のマリアはワクワクと瞳を輝かせていた。
「強面でも味が良ければOKです!」
(いや、強面どころじゃないけどな……)
そんなことを思いながら、俺はいつものようにタクシーを走らせた。
昼前、王都南区へ客を降ろし戻ってくると——
道の端で、巨大な影がこちらに向けて手をブンブン振っているのが見えた。
(あ。来たな……)
近づくと、そのオークは相変わらずの筋肉と、相変わらずの緊張で固まった顔をしていた。
「う、運転手よ! また会えた!!」
「いや毎回そんな全力で来なくていいんだって。どうした、仕事は?」
「今日は……店主に言われてな。“修行の成果として、街へ出て食材の仕入れをしてこい”と!」
胸を張るオークの腕には、大鍋食堂の店主が書いたらしい買い物メモが握られていた。
「だが……道が……ぜんぜんわからん……!」
(まぁそうだよな)
「で、タクシーを呼んだわけだ」
「そうだ!! わしはもう……お主のタクシーでないと街を歩けぬ!」
「そんな依存システムは搭載してないんだけどな……」
そうツッコミながらも、後部座席の重さで車体が沈む感覚が懐かしい。
《重量オーバーですが、調整します》
「おお……すまぬタクシーよ……!」
「タクシーに謝るオークはお前くらいだよ!」
買い物リストの店を二軒まわると、オークは急に真剣な顔になった。
「……運転手よ。わし……もっと多くの人に料理を食べてもらいたいのだ」
「いいじゃないか。夢がある」
「だが……大鍋食堂は忙しくての。わしが学べる時間も限られておる」
そこで俺は、昨日の提案を思い出した。
(今……誘うなら、ここだな)
タクシーをゆっくり走らせながら、俺は切り出した。
「オークさん。ひとつ、相談なんだが……」
「む? なんだ?」
「実は俺の常宿で、“昼だけ食堂を開きたい”って話が出てるんだ。
でも料理人が足りなくて困っててさ」
オークは一瞬、目を丸くした。
そして次の瞬間、座席で背筋をピーンと伸ばす。
「…………わしが、行ってもよいのか?」
その声は、戦士のそれではなく——
料理を愛する一人の職人見習いの声だった。
「もちろん。白樺亭の料理は元々うまい。あんたが入ればもっと伸びる。
それに……昼の間だけだから、大鍋食堂の修行も続けられるはずだ」
オークの目が、じわりと潤んだ。
「運転手よ……お主……良い奴すぎる……!」
「いや泣くなよ!? 後ろで大の男が泣くと運転しにくいから!」
「すまぬ……嬉しすぎて……!」
白樺亭に着くと、玄関先にいたマリアが固まった。
「お、お、おっきい!!」
「お邪魔する!! わしは料理がしたい!!」
女将さんは最初こそ怯えていたが、オークが丁寧に頭を下げると、すぐに表情が和らいだ。
「その……力仕事も任せてもらえれば……!」
「なんて礼儀正しいオークなんだい……!」
(女将さん……オークの基準を知らないだけだと思うけどな)
マリアが厨房の扉を開けると、オークは大鍋を見つけて目を輝かせた。
「おお……! これは良き鍋だ!!
ここで……料理ができるのだな……!」
なんだろう、
この巨体が嬉しそうに鍋を撫でてる姿、ちょっと和む。
女将さんが俺の肩を軽く叩いた。
「修一さん、本当にありがとうねぇ」
「いえ……俺も恩返ししたいだけですから」
オークは厨房で張り切り、マリアは大喜び。
白樺亭の昼食堂は、これで一歩前に進んだ。
(よし……少しずつ、少しずつだ)
タクシーに戻る時、玄関からオークが叫んだ。
「運転手よ!! わしの料理が完成したら、真っ先に食べに来い!!」
「ちゃんと料金取れよー!」
豪快な笑い声が白樺亭に響いた。
少しずつだけど、確かに前に進んでいる。
そんな実感が、胸に温かく残った。




