「白樺亭を救いたい」
白樺亭に泊まり始めてから、もうずいぶん経つ。
女将さんの優しさも、マリアの明るさも、俺にとってはもう生活の一部みたいなものになっていた。
――だからこそ、あの借金取りの姿が頭から離れなかった。
(……恩返し、少しずつでもやらないとな)
そう決意して迎えた翌朝。
俺は宿を出る前に、女将さんへさりげなく聞いてみた。
「その……最近、宿の入りはどうなんです?」
女将さんは苦笑いを浮かべて肩をすくめた。
「昔より減ったわねぇ。旅人が来なくなってねぇ……」
やっぱり、苦しいのは事実らしい。
でも、昨日の会話の感じから見て、借金についてはこちらから聞かない方が良さそうだ。
(よし、俺にできることをやるか)
仕事に出ると、運よく“宿を探している”というお客が来た。
「どこか落ち着いた宿ありませんかね? 市内は初めてで」
よし、これだ。
「静かでご飯が美味くて、料金も良心的な宿がありますよ。
白樺亭ってところですけど」
「いいですね、そこ連れてってください!」
よし一件。
その後、城下町へ来ていた書類持ちの役所の職員も、
「宿が見つからなくて……」と困っていた。
「じゃあ、白樺亭ってところが――」
「そこ、評判いいですね! 行ってみます!」
二件。
最後に乗せたのは、地方から来た商隊の手伝いをしている青年だった。
「とにかく安くて静かなとこ……寝たいんです……」
「白樺亭がおすすめです」
「お願いします……」
三件。
よし、今日はこれくらいで十分だろう。
毎回こんなタイミングよく宿探しの客が来るわけじゃない。
だから、紹介だけに頼るのは安定しない。
(別の方法も考えないとな……)
夕方、宿へ戻ると、ちょうど女将さんが帳簿にため息をついていた。
「今日、お客増えてましたよね?」
「あんたが紹介してくれたんだろう? ありがとうねぇ」
そう言われると、やっぱり嬉しい。
でも、今日のやつは偶然が多い。継続性がない。
そこで俺は、ちょっと勇気を出して切り出した。
「女将さん。
昼間は空いてる部屋、多いですよね?」
「まあねぇ。昼は泊まり客いないし……」
「じゃあ、昼間は“食堂”にしてみるのはどうです?
宿屋って夜のための商売だけど、昼の時間を使えれば収入増えますよ」
女将さんは驚いた顔をした。
「食堂……?」
「白樺亭、ご飯も美味いし。
旅の途中の人や商人が気軽に寄れたら、そこそこ来るんじゃないですか?」
マリアがぱっと目を輝かせた。
「いいじゃないですか! あたし、お手伝いします!」
「でも料理人が――」
「それなら紹介できますよ」
俺は思い出した。
以前タクシーに乗せた“料理修行中のオーク”のことを。
あのオークは筋骨隆々なのに不器用で、
「ワリは……うまい料理を作りたいだけなんだ……」
と涙目で語っていた、料理に本気なやつだ。
「腕は確かです。
強面ですけど、味は保証します」
女将さんはしばらく考え――そして、静かに頷いた。
「……やってみようかね。
昼の間だけの食堂なら、無理もないし」
マリアは拍手して喜んだ。
「やった!! 修一さん、すごい!!」
(よかった……少しは力になれたか)
その夜、俺は久しぶりに疲労感より“達成感”を感じながらベッドに倒れた。
白樺亭を立て直すのは俺一人じゃ無理だけど――
それでも、今日みたいに少しずつなら、恩返しはできるはずだ。
(……よし、明日もできることをやろう)
そんな気持ちで、静かに目を閉じた。




