「焼き鳥令嬢と、不穏な“観察者”」
夕刻。
貴族街を出て次の客待ちスポットへ向かう途中――
妙な視線を感じた。
信号待ちでふと左を見ると、
通りの陰に、年配の男がひとり立っていた。
黒い外套、片手には杖。
ただの老人にしては目つきが鋭すぎる。
(……さっき令嬢が言ってた“妙な男”って、あれか?)
目が合った瞬間、老人はすっと顔をそらした。
だが――
俺のタクシー、その後部座席を、ちらりと見る。
(……後部座席?)
嫌な予感がしてアクセルを踏んだ。
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そのまま夜まで仕事を続け、
最後の客を降ろしたあと、車庫に戻ろうとしたとき。
《後方に接近:徒歩速度で尾行中》
「……は?」
バックミラーを覗くと――
あの老人がこちらへ歩いて来ていた。
(本当に俺をつけてたのか?)
急いで車を出し、路地へ入る。
しかし、しばらく走ったのに、振り返ると――
(まだいる……だと?)
老人は距離を一定に保ちながら歩いている。
まるで“俺がどこへ向かうか確認してる”みたいに。
《推測:令嬢ではなく、運転手を監視している可能性》
「なんで俺?」
考えても理由はわからない。
ただ、あの老人には
“人の本質を見透かすような目”があった。
普通じゃない。
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深夜。
なんとか甩いて帰宅したが、
眠りが浅いまま朝を迎えた。
次の日。
客待ちのために王都広場へ車を停めると――
「……運転手」
声をかけられ振り向くと、焼き鳥令嬢が立っていた。
今日は珍しく……暗い顔だった。
「どうしたんです?」
令嬢は周囲を確認してから車に乗り込む。
「……わたくし、昨日の帰りに見ましたの。
あの老人、あなたのタクシーをずっと見ていましたわ」
(やっぱりか)
「お嬢様は何か心当たりがあります?」
「……ない、と思っていますわ。
けれど――」
令嬢は一瞬だけ、瞳に陰を落とした。
「あなた、気づいてませんの?
あの老人……あなたの“前世を見ている目”ですわ」
「……前世?」
あまりに唐突で、思わず聞き返す。
令嬢は窓の外を見て言った。
「この国には、稀に“魂の記憶を嗅ぎ分ける者”がいますの。
生まれ変わった者の匂いを追い、探し、見つける……」
「俺、そんなに変な匂い出してませんよ?」
「例え話ですわ!!」
怒られた。
だが続く声は、少し震えていた。
「……その老人、たぶんわたくしのことも見ていましたの。
“素のわたくし”があなたの前でちょっと出たでしょう?
焼き鳥の件も、孤児院も……
ああいう姿を好ましく思わない人たちもいるのですわ」
「お嬢様の素が出るの、いいことじゃないですか」
「……っ」
令嬢は口元を押さえ、俯く。
「……だから嫌なのですわ。
わたくし、自分でも気づかないうちに“変わっていく”気がして……
あなたと話すたびに……素の自分でいられて……」
「それの何が悪いんです」
「……あなた、ずるいですわね」
令嬢は、涙をこらえるように目尻を上げた。
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その時。
車の中央に設置した案内パネルが突然光った。
《後方20メートルに“例の老人”を確認》
「……また来たか」
令嬢が震える声で言う。
「お願いですわ、運転手。
今日は……走って。
わたくしの家まで、誰にも追いつかれないように」
「任せてください」
俺はアクセルを踏んだ。
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細い路地を抜け、大通りへと滑り込む。
老人は徐々に姿が小さくなる――
だがその視線だけは、最後までこちらを追っていた。
(あれ、ただの老人じゃねぇ)
《推測更新:危険度“中”→“高”》
令嬢は落ち着かない様子で窓の外を見続けていた。
「……ごめんなさい。
あなたにこんな迷惑を……」
「迷惑じゃありませんよ。仕事です」
「違いますわ。
あなたは“わたくしの知らない何か”に、巻き込まれていく気がして……」
令嬢がしめった声で言う。
その横顔は、いつもの強気とは違い、
年相応の不安が滲んでいた。




