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【第一部完】『異世界タクシーは今日も営業中!〜乗せた相手の悩みが少しだけ軽くなる車〜』  作者: 済美 凛


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35/69

「焼き鳥令嬢と、不穏な“観察者”」

夕刻。

貴族街を出て次の客待ちスポットへ向かう途中――


妙な視線を感じた。


信号待ちでふと左を見ると、

通りの陰に、年配の男がひとり立っていた。


黒い外套、片手には杖。

ただの老人にしては目つきが鋭すぎる。


(……さっき令嬢が言ってた“妙な男”って、あれか?)


目が合った瞬間、老人はすっと顔をそらした。


だが――

俺のタクシー、その後部座席を、ちらりと見る。


(……後部座席?)


嫌な予感がしてアクセルを踏んだ。


 



---


そのまま夜まで仕事を続け、

最後の客を降ろしたあと、車庫に戻ろうとしたとき。


《後方に接近:徒歩速度で尾行中》


「……は?」


バックミラーを覗くと――

あの老人がこちらへ歩いて来ていた。


(本当に俺をつけてたのか?)


急いで車を出し、路地へ入る。


しかし、しばらく走ったのに、振り返ると――


(まだいる……だと?)


老人は距離を一定に保ちながら歩いている。

まるで“俺がどこへ向かうか確認してる”みたいに。


《推測:令嬢ではなく、運転手を監視している可能性》


「なんで俺?」


考えても理由はわからない。


ただ、あの老人には

“人の本質を見透かすような目”があった。


普通じゃない。


 



---


深夜。


なんとか甩いて帰宅したが、

眠りが浅いまま朝を迎えた。


次の日。


客待ちのために王都広場へ車を停めると――


「……運転手」


声をかけられ振り向くと、焼き鳥令嬢が立っていた。


今日は珍しく……暗い顔だった。


「どうしたんです?」


令嬢は周囲を確認してから車に乗り込む。


「……わたくし、昨日の帰りに見ましたの。

あの老人、あなたのタクシーをずっと見ていましたわ」


(やっぱりか)


「お嬢様は何か心当たりがあります?」


「……ない、と思っていますわ。

けれど――」


令嬢は一瞬だけ、瞳に陰を落とした。


「あなた、気づいてませんの?

あの老人……あなたの“前世を見ている目”ですわ」


「……前世?」


あまりに唐突で、思わず聞き返す。


令嬢は窓の外を見て言った。


「この国には、稀に“魂の記憶を嗅ぎ分ける者”がいますの。

生まれ変わった者の匂いを追い、探し、見つける……」


「俺、そんなに変な匂い出してませんよ?」


「例え話ですわ!!」


怒られた。


だが続く声は、少し震えていた。


「……その老人、たぶんわたくしのことも見ていましたの。

“素のわたくし”があなたの前でちょっと出たでしょう?

焼き鳥の件も、孤児院も……

ああいう姿を好ましく思わない人たちもいるのですわ」


「お嬢様の素が出るの、いいことじゃないですか」


「……っ」


令嬢は口元を押さえ、俯く。


「……だから嫌なのですわ。

わたくし、自分でも気づかないうちに“変わっていく”気がして……

あなたと話すたびに……素の自分でいられて……」


「それの何が悪いんです」


「……あなた、ずるいですわね」


令嬢は、涙をこらえるように目尻を上げた。


 



---


その時。

車の中央に設置した案内パネルが突然光った。


《後方20メートルに“例の老人”を確認》


「……また来たか」


令嬢が震える声で言う。


「お願いですわ、運転手。

今日は……走って。

わたくしの家まで、誰にも追いつかれないように」


「任せてください」


俺はアクセルを踏んだ。


 



---


細い路地を抜け、大通りへと滑り込む。


老人は徐々に姿が小さくなる――

だがその視線だけは、最後までこちらを追っていた。


(あれ、ただの老人じゃねぇ)


《推測更新:危険度“中”→“高”》


令嬢は落ち着かない様子で窓の外を見続けていた。


「……ごめんなさい。

あなたにこんな迷惑を……」


「迷惑じゃありませんよ。仕事です」


「違いますわ。

あなたは“わたくしの知らない何か”に、巻き込まれていく気がして……」


令嬢がしめった声で言う。


その横顔は、いつもの強気とは違い、

年相応の不安が滲んでいた。


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