「令嬢、焼き鳥を賭けて勝負を挑む」
昼下がりの王都。
客待ちで大通りに車を停めていると――
「そこのタクシー! 止まりなさい!!」
また聞き覚えのある声だ。
青いドレス、気高い立ち姿、そして視線だけで人を威圧できる気位の高さ。
だが俺は知っている。
その実態は――
(焼き鳥に弱すぎる令嬢)
「……どうぞ、お嬢様」
令嬢はツンと顎を上げたまま乗り込む。
「今日は、たまたま近くを歩いていただけですわ。
別に、あなたのタクシーを狙っていたわけではなくてよ?」
「はいはい」
《心拍数:平常より20%上昇
推測:ツンデレモード中》
「その分析やめろ」
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走り出してすぐ、令嬢は視線をそらしたまま言った。
「……その、前回……ハンカチ、忘れていきましたわよね」
「ああ。ちゃんと保管してあります」
「で、では後で返してもらいますわ。
け、決してあなたに“言い訳の余地を与えた”わけではなくてよ?」
「誰もそんなこと言ってないけど」
令嬢は咳払いをして姿勢を正した。
「今日は市西区の貴族街へ。
お茶会があるのですけれど、その前に……」
ちらっ、と横目。
「……途中で屋台の前、通りますわよね?」
きた。
「寄っていきます?」
「よ、寄らなくてもよくってよ!
ただ、あなたが“お腹がすいた”とでもいうのなら……少しだけ、ね?」
「じゃあ寄りましょう」
「早いですわ!!」
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屋台に寄り、タレ一本を買って戻る。
令嬢の目が、うっかりキラキラしている。
「……い、いただきますわ」
ぱくっ。
「…………………っふ」
「声!!」
「ち、違いますの! これは……武器で……!」
今日も変わらず焼き鳥に弱い。
だが、食べ終わった令嬢は、いつもの自信家の表情に戻った。
「さて、運転手。
わたくし……あなたに勝負を申し込みますわ」
「勝負?」
「ええ。
この後、貴族街に着いたら――
“誰が最も優雅に馬車を降りられるか”という嫌味ったらしい遊びがあるのです」
(絶対めんどくさいやつだ)
「わたくし、その勝負に勝ちたいのですわ」
「それと俺がどう関係あるんですか」
「決まってます。
あなたの運転が良ければ、わたくしの降り方も美しくなるでしょう!」
(なんだその理論)
令嬢は胸を張って続けた。
「もし勝てたら……あなたには“特別なごほうび”をあげますわ」
「……焼き鳥奢り?」
「違いますわ!! ……違いませんけれど!!!」
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貴族街に入ると、令嬢は緊張した声を出した。
「……あ、あそこです。
あの噴水前にライバルがいますわ」
別の高級馬車が停まっていて、ドレス姿の令嬢たちが集まっている。
令嬢は深呼吸。
「運転手……頼みますわ。
最高の停車を」
「了解」
俺はゆっくりと速度を落とし、
滑るように車体を寄せ――
キュッ、と美しい角度で停止。
令嬢は目を見開いた。
「こ、これは……っ!」
「行ってらっしゃい」
令嬢はドレスを翻し、優雅に降り立った。
貴族たちがざわめく。
「あの降り方……」
「なんて美しい立ち姿……!」
その声を受け、彼女は小さくガッツポーズしていた。
(気づかれないように、手の下で)
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しばらく待っていると、令嬢が戻ってきた。
顔が赤く、でもどこか誇らしげ。
「……勝ちましたわ」
「おめでとうございます」
「ええ。
約束通り、ごほうび差し上げますわ」
令嬢は小袋を差し出す。
「これは?」
「焼き鳥の……“回数券”ですわ!」
「強すぎるごほうびだな!」
乗車する前、令嬢はふと真顔になった。
「……運転手。
最近、王都のギルド付近で“妙な男”を見かけません?」
「妙な男?」
「ええ。
老齢で、目が鋭くて……
わたくしをじっと観察してくるのです」
突然の不穏な話。
「……気をつけてください」
「あなたも、ですわ。
どうにも……“誰かを探している目”でしたもの」
焼き鳥令嬢の笑顔に少しだけ影が差した。
その影が、次の騒動の前兆だとも知らずに――
俺は回数券を握りしめて車を出した。




