おつかい勇者と秘密の袋
日が暮れきる前の、街が一番ざわつく時間。
子どもたちが走り回り、大人たちが仕事を終えて帰り道を急ぎ、屋台の煙がゆらりと上がる。
そんな中、タクシーの前に——
小さなマントを羽織った少年
が、全力で駆け寄ってきた。
「た、たくしーさんっ!! お願い! のせてください!」
「どうした? 迷子か?」
「ちがう! ぼく……いま大事なおつかいの最中なんだ!!」
胸を張る少年。小さな木の剣が腰で揺れていた。
「おつかい……ね。どこまで?」
「えっと……ウィンバル薬草店まで……急いで!」
「よし、乗りな」
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走り出してすぐ、少年は黙り込み——
小さな袋を抱え込むように、ぎゅうっと握りしめた。
「……そんなに大事なものなのか?」
「うん……これ、ぼくが初めて任されたおつかいなんだ。
絶対に落とせないんだ……!」
「なるほど。それは頑張らないとな」
少年は唇を噛みしめたまま、小さくうなずく。
「……ぼく、勇者になるのが夢なんだ」
「勇者?」
「うん! お父さんが……ずっと昔、冒険者だったんだって。
でも怪我して、いまは仕事してる。
それでも、“いつかお前が継いでくれればそれでいい”って……」
少年は袋をぎゅっと抱えた。
「だから……今日のおつかい、失敗したくないんだ」
「……いい父ちゃんだな」
「うん!!」
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薬草店につくと、少年は跳ねるように駆けていった。
しばらくして戻ってくると——
袋がひとつ増えていた。
「終わったのか?」
「うん! お店のおばちゃんがね、“よく来たね”って言って……
これは“お父さんにも”って!」
少年は嬉しそうに笑って、今度は後部座席に正座した。
「じゃあ家まで送ろうか」
「うん!!」
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帰り道。
少年がふと、膝の上の袋を見つめた。
「ねえ……しゅういちさん」
「なんだ?」
「ぼく……勇者になれると思う?」
その目は、さっきまでよりずっと年上のようだった。
「……なるだろうな」
「ほんと!?」
「今日のお前は、“頼まれたものをちゃんと届けようとした”
それができるやつは、勇者でも騎士でも冒険者でもなれる」
少年は胸を張り、ぱぁっと笑った。
「よーし!! ぼく、もっとがんばる!!」
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家の前に着くと——
玄関から、少年の父親らしき男が顔を出した。
「おーい! おつかいはどうした!」
「ちゃんとできた! ほら! おばちゃんからも!!」
少年が袋を差し出すと、父親は少し驚いた顔をして……
ゆっくりと、息を吐いた。
「……すごいじゃないか。
お前がここまでできるとは思わなかった」
「でしょ!!」
少年は全身で得意げに笑う。
その後、父親は俺のほうへ振り返って頭を下げた。
「すみません、ありがとうございました。
息子には少し難しい道で……いつも迷うんですが」
「今日はまっすぐでしたよ。
袋をずっと抱えてましたし」
父親の目が一瞬潤んだように見えた。
「……そうですか。
本当に、ありがとう」
少年は最後まで全力で手を振っていた。
「しゅういちさん! またのせてね!!
ぼく、もっと強くなるから!!」
タクシーが離れる間中、その姿はずっと見えていた。
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バックミラー越しに、小さな勇者候補の家が遠ざかっていく。
「……そうか。ああいう日が、一番効くんだよな」
静かにアクセルを踏む。
今日もこの街には、
誰かの小さな一歩が生まれている。




