風がいなくても、街は回る
ジンと別れた翌日。
湖での出来事がずっと胸に残っていたせいか、俺はいつもより少しだけ静かな気分でタクシーを走らせていた。
「……さて。今日は普通の仕事だといいけどな」
昨日が濃すぎた。
魔王、ジン、オーク料理人……
最近の俺の客層、完全に“普通”から外れている。
そんなことを考えていると、道ばたで手を振る影があった。
……あれ?
なんか、見覚えのある――
「お兄さん! 今日は、空いてますか!?」
自称“トップ商人見習い”の少年レオだった。
「あれ、学校は?」
「今日はお手伝いの日なんです! 市場に荷物を届けるんで、乗せてください!」
「市場なら近いじゃん。歩けよ」
「えっ……歩くと疲れます」
「お前、将来絶対太るぞ」
「太りません!」
言い返しながらもにこにこ笑っている。
ああ、こういうのでいいんだよ。
こういう普通の客が一番落ち着く。
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レオは荷物を抱えたまま後部座席でそわそわしていた。
「お兄さん……顔疲れてます?」
「昨日ちょっとな。湖で風の精霊の友達と話し込んでさ」
「え、風の精霊!? 友達!? お兄さん、いつの間にそんなハイレベルな交友を……!」
「いや、あいつは……まあ、友達でいいのかな」
言葉にした途端、胸に温かさが広がった。
レオは目を輝かせながら身を乗り出した。
「精霊って本当にいるんだ……!
会ってみたいなぁ……話したら、どんな感じですか?」
「フワッとしてて、自由で……でも、寂しがり屋なんだよな」
「寂しがり屋の精霊……かわいいですね!」
「まあ、可愛かったよ」
レオはにやにやしながら俺を見る。
「お兄さん、もしかしなくても……精霊さんのこと、好きなんじゃ?」
「おい待て。どんな解釈だよ」
「ふふーん。お兄さんにもそういう相手が……」
「ちげぇよ!!」
こういうくだらない会話が、妙に落ち着く。
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市場に着くと、レオは荷物を受け取った店主に頭を下げられていた。
「毎度ありがとよ、坊主。……って、タクシーで来たのか?」
「はい! 足が疲れると商人は務まらないらしいんです!」
「そんなわけあるか!」
店主が笑い、レオも笑い、つられて俺も笑った。
……ああ、こういう日もちゃんとあるんだな。
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レオは降り際、ぽつりと聞いてきた。
「お兄さん。精霊の友達って……また会えるんですか?」
「さぁな。でも、風ってのは……
呼べばいつか吹くもんだよ」
「お兄さん、なんか今日カッコいい」
「普段は違うみたいに言うな」
「違いますよ? いつもかっこ……いや、時々!」
「今の取り消せ!」
追いかけようとしたら、レオは笑いながら逃げていった。
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車に戻ると、風が窓を軽く揺らした。
ひゅう――
まるで「ちゃんといるぞ」と言うみたいに。
「……そっか。
寂しくなったら、また乗りに来いよ」
俺はそう呟いて、エンジンをかけた。
今日の街はいつもどおりで。
それがなんだか、やけにありがたかった。




