ジンの事情
ジンという青年を最初に見たとき、俺はてっきり“普通の冒険者の卵”くらいに思っていた。
細身で、無愛想で、人と目を合わせない。
しかし、今日はなぜか――そのジンが、俺のタクシーの前でおずおずと立っていた。
「……乗せてほしい」
相変わらずの小声。
けれど、どこか切羽詰まった雰囲気がある。
「ジン? どうしたんだ。いつも歩いて移動してるじゃないか」
「今日は……ちょっと、人混みを避けたい」
なるほど。
確かに今は王都の祭り週間で人だらけだ。
でも、それだけで料金の高いタクシーを使うタイプではない。
「まぁいいけど、どこまで?」
「郊外の、北の外れ……あの、魔力泉のそば」
「けっこう距離あるけど、いいのか?」
ジンはこくりと頷く。
その仕草が妙にぎこちなく、俺は運転席に座りながら横目で彼の様子をうかがった。
走り出してしばらく沈黙が続いた後――ジンの方から話しかけてきた。
「……修一さん。質問、してもいい?」
「珍しいな。なんだ?」
「修一さんは……自分の“出自”って、気にする?」
「出自?」
いきなりの核心に迫るワード。
ただの世間話ではないと悟る。
「俺は特に気にしてないかな。というか、元の世界では普通の会社員だったし、気にしてもしょうがないというか……」
ジンはほんの少しだけ顔を上げ、俺の後頭部を見る。
「会社、って……あの前に話してた」
「あぁ。上の人が無茶振りしたり、下の人が仕事押し付けてきたりする、あの地獄みたいなものだよ」
ジンは、ふっと息を漏らした。
「……いいな」
「は?」
「修一さんみたいに、過去を“普通”だと言えるのが……羨ましい」
声が震えている。
やっぱり、ただ事じゃないな。
「ジン。なにかあったのか?」
少し黙った後――ぽつりぽつりと、ジンは語り出した。
「俺は……生まれてすぐ、捨てられた。
小さな村の神殿の前に、布に包まれて置かれてたらしい」
「……そうだったのか」
「育ててくれたのは、村の神官夫婦で……優しい人たちだった。
でも、俺には“普通”がなかった。
感情を出すのが下手で、友達もできなくて……
何をしても、誰といても、どこか自分が“異物”みたいで」
俺は黙って聞くしかなかった。
「あの村にいると……息が詰まる。
だから冒険者になった。
でも最近、冒険者ギルドでも同じ感覚がして……
逃げたくなった」
なるほど。
今日の妙な様子はそれか。
「つまり、人から離れたいってことか。だから郊外に?」
ジンは少しだけ、罪悪感の混ざった表情で頷く。
「……人に悪いと思っちゃう。
でも、誰とも関わりたくない日がある。
そんな自分がダメなのかなって……」
俺はハンドルを握りながら、思った。
ジンは不器用で、言葉も少ないし、人付き合いも得意ではない。
でも、今日の彼はただ――疲れ切っているだけだ。
「ジン。“誰とも関わりたくない日”なんて、誰にでもあるよ。俺なんて前の世界で毎日そうだったぞ」
ジンはびくりと肩を揺らす。
「……毎日?」
「会社ってそういう場所なんだよ。
周りに人はいるのに孤独で、息が詰まって、朝起きた瞬間から帰りたい。
でも“みんな頑張ってるんだから自分も頑張らなきゃ”って思い込む」
ジンがゆっくりと顔を上げる。
「修一さんも……そうだったの?」
「あぁ。だからジンの気持ち、すげぇ分かる」
車内に沈黙が落ちる。
けれど、さっきまでの張り詰めた空気は少しだけ和らいでいた。
その時、ジンは小さく言った。
「……修一さん。
俺、修一さんのタクシーに乗ると……ホッとする」
危うく急ブレーキを踏みそうになった。
「いや……そんなストレートに言われると照れるんだが」
ジンは耳までほんのり赤くして言い直す。
「ち、違う……変な意味じゃなくて……
なんかこう、安心するっていうか……」
「わかったわかった、ありがとう」
“誰かに安心できる場所と思ってもらえる”――それは、少し誇らしかった。
こうして、ジンの小さな告白と共に、俺たちは郊外へ向かっていく。
しかし――
この後、ジンの“本当の理由”が明らかになり、俺はしばらく驚かされることになる。




