老騎士とタクシーと、一本の道
昼下がり。
タクシーを流していると、街の門の近くで見慣れない甲冑姿が手を上げた。
「乗合馬車……いや、これは“タクシー”と言うのだったな?」
「どうぞ、乗れますよ」
乗り込んできたのは、白髪に筋張った腕を持つ“老騎士”だった。
鎧は手入れされているが、歩き疲れた様子がにじむ。
「どちらまで?」
「北の丘陵地帯まで頼みたい。……昔の弟子がおるのだ」
「弟子さんのところへ?」
「うむ。結婚したと報せが入ってな。祝いを届けに行く」
渋い。
それだけで“良い話の匂い”がする。
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しばらく走ると、老騎士が外を眺めながら言った。
「……便利なものだな、タクシーというのは」
「馬を使わない移動手段ですからね」
「昔は何里も歩いたものだ。
道中で魔獣に襲われたことなど、数え切れぬ」
「今は少し変わりましたね」
「変わった。だが……悪くない」
老騎士は少し目を細めた。
「わしの時代は、“力がすべて”と言われたものだ。
だが、今は違う。
便利な道具があれば、老いぼれでもこうして弟子を祝ってやれる」
その言葉に、妙に胸が温かくなる。
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丘陵地帯が近づくと、老騎士は懐から布袋を出した。
「……運転手よ。頼みがある」
「何でしょう?」
「弟子の家へ向かう途中に、一本だけ古い街道がある。
わしは……ここをどうしても通りたい」
「思い出の場所ですか?」
老騎士は静かに頷く。
「若い頃、弟子と共に“どちらが早く頂上へ着くか”と競い合った道だ。
あやつは小僧で、わしより先に走り抜いた。
……悔しかったが、嬉しかった」
その声は、父親のように優しかった。
「なら、行きましょう。迂回にはなりますが」
「構わぬ。礼は弾む」
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古い街道は、いまは誰も通らないらしく草が揺れている。
タクシーがゆっくりと前へ進むと、老騎士は懐かしそうに窓へ手を当てた。
「……老いは、あっという間じゃな」
「でも弟子さん、きっと喜びますよ」
「うむ……。
だが、弟子の晴れ姿を見る前に、わしの足がもつかどうか……」
「安心してください。家までちゃんと送ります」
老騎士は小さく笑った。
「タクシーとは……良いものだな」
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やがて家に到着すると、庭で作業していた若い夫婦が顔を上げた。
「師匠!? 本当に……来てくれたのですか!」
「当たり前だ。……祝福を伝えねばな」
弟子は目を潤ませながら老騎士に駆け寄り、
老騎士はそっと手を置いた。
「幸せになれ。……わしの、誇りの弟子よ」
その背中は、年老いても尚、大きかった。
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戻ってくると、老騎士がそっと袋を置いた。
「運賃のほか、少しばかり礼をな。
思い出に付き合ってくれて感謝する」
「こちらこそ、いい道を走れました」
老騎士は深く頷き、弟子夫婦の待つ家へ戻っていった。
静かな風だけが車内を抜ける。
「……こういう日も悪くないな」
エンジンをかけ、俺はまた街道へ戻った。
老騎士とタクシーと、一本の道




