いつもの送迎、ちょっとだけ非日常
魔王を送り届けた翌日。
俺――修一は、いつもの街道をタクシーで流していた。
「やっと普通の客を乗せられる……」
昨日の魔王のくしゃみ騒ぎは、できれば忘れたい。
車内の空気清浄は2回やったが、精神的な清浄はまだ足りない。
そんなところに、乗車ランプが点いた。
「どうぞ〜、空いてます」
乗り込んできたのは若い冒険者。肩をほぐしながら座る。
「ギルドまで頼むっす」
「了解」
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走り出すと、冒険者は愚痴をこぼし始めた。
「いやー、またダンジョンの規制なんすよ」
「まだ続いてるんですね」
「続くどころか悪化っすよ!
昨日なんて――スライム階層なのに**“王者スライム”**とかいうのが出てきたんすよ!」
「スライム界にも王者いるんですね……」
「いや普通いないんすよ!?
そいつ曰く“寝てたら知らん場所に出た”って!」
(……やっぱり転移装置の影響か?)
俺は心の中でピンときた。
魔王の城の地下の“脈動”。
謎のモンスター移動。
そして、勝手にワープしてくるスライム。
ぜんぶつながって見えてくる。
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冒険者は続ける。
「そんで“今日は環境が悪いから定時で帰ります”って帰りやがったんすよ」
「スライムも働き方にうるさいんですね」
「“労働時間の見直しを要求するスライム代表”とか言ってましたよ」
(昨日魔王軍でも似た話聞いたぞ)
世界が“働き方改革”を迎えているのか?
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「あ、そういや兄ちゃん、最近の噂知らない?」
「どんな?」
「魔王城の方で地響きがあったとか。
冒険者の仲間内で、いろんな説が出ててさ」
「どんな説です?」
「“魔王が怒って咆哮した説”、
“魔王がドラゴンを一撃で黙らせた説”、
“魔王くしゃみ説”」
「最後の急に弱くないです?」
「いや魔王でもくしゃみするでしょ?」
(昨日してた。めっちゃしてた。タクシーの中で)
もちろん言えない。
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「はい、ギルド到着です」
冒険者は料金を払いながら言った。
「助かった! 兄ちゃんも気を付けてよ。
最近ダンジョンも街も物騒だからさ」
「お互い様ですね」
「じゃ、また乗るっす!」
陽気に手を振り、彼はギルドの中へ消えていった。
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車内に戻ると、タクシーのモニターがピッと光った。
《昨日の高位魔族の魔力痕跡を微量検知》
《魔王城地下の反応と類似》
「……タクシーまでよけいなこと覚え始めたなぁ」
ため息をつきつつも、
どこかで“また魔王に呼ばれる予感”がしていた。
――あの小さい魔王の愚痴を聞く日は、
近いうちにまた来るかもしれない。
「さて、今日もぼちぼちやるか」
俺はハンドルを握り直し、いつもの街道へ戻っていった。




