魔王、まさかの“アレ”に弱かった
翌朝。
俺は魔力タクシーを魔王城前に停めて、しばらく待っていた。
……来ない。
「遅いな。珍しい」
昨日の“深部の脈動”の話が頭をよぎり、少しだけ胸がざわつく。
その時。
「修一ぃぃぃ……っ!!」
門の影から魔王が転がるように出てきた。
なぜか目が赤い。
「ど、どうしたんですか!? 何かあったんです!?」
「乗る!! 早く発進じゃ!!」
言われるまま急いで乗せる。
魔王はシートに飛び込み、ドアをバタンと閉めた。
「な、何から逃げてるんです!?」
「アレじゃ……!!」
「アレって……何!?」
魔王は震えながら左手を俺に見せた。
指先に――黄色い花びらがついている。
「……花、ですね?」
「そう!! “魔王花粉症”じゃ!!!」
「全然勇ましくない!!」
まさかの理由だった。
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道中、魔王はくしゅんっ、と小さくくしゃみをした。
「昨日の夜から、地下の脈動が強まってな……
魔物どもが慌てて花粉を撒き散らしおった……」
「そんなドミノ式で花粉来ます?」
「来るのじゃ!!
ワシは魔王じゃが、花粉には勝てん!!」
魔王は鼻をすすり、情けない声で続ける。
「ガーゴイル共は石のくせに“花粉バリアあります”と自慢してきおって……
腹が立つから評価を下げてやったわ!」
「私情入ってる!!」
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「……でも大丈夫なんですか? 昨日の脈動の件」
花粉はさておき、気になるのはそっちだ。
魔王は鼻を押さえつつ、少し真剣な目をした。
「脈動そのものは収まった。
ただ、原因がわからん……」
「魔王でも?」
「わからん。だから余は、下手に調べるより……まず逃げた」
「逃げたんですか」
「そうじゃ!! ワシはこう見えて慎重派なのじゃ!!」
胸を張る魔王。
花粉で真っ赤な目のくせに。
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「それに……今日はどうしても外へ行きたかったのだ」
「え? どうして?」
魔王はもじっとし、そっと言った。
「……花粉の薬を買いたい」
「人間界に売ってますね」
「うむ。しかし“魔王が薬局に行くのは威厳が下がる”と皆に止められてな……」
「いや、むしろ常備しとけよ!!」
どうやら魔王軍の“威厳部署”とかいう謎の部署が止めたらしい。
「鼻水ずびずびのまま城で過ごせと言うのじゃ!
余はつらい!!」
「そりゃつらいですよね」
「な? ワシは悪くないじゃろ?」
「はいはい。悪くないです」
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人間の町に着くと、魔王は帽子を深くかぶり、マスクまでつけた。
「……完全に子どもですよ、それ」
「静かにせい! いくぞ!!」
小走りで薬局へ消えていく魔王。
数分後――。
「買えた!!」
戻ってきた魔王は、誇らしげに袋を掲げた。
「ほら見よ、これが文明の力じゃ!!」
「いやまあ……普通の市販薬ですけど……」
「余は感動しておるのじゃ!!」
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帰りの車内。
薬を飲んだ魔王は鼻づまりが取れ、すっかり機嫌がよくなった。
「修一。今日の分の支払いじゃ」
袋から取り出したのは――
薬局のポイントカード。
「……これ、お金じゃないですよね?」
「違うのか?」
「違います!!!」
「むぅ……ではこれではどうじゃ?」
次に取り出したのは――
“魔王軍・威厳部署”の改善要望書。
「いやいやいや! それも違う!!」
「なんじゃ……昨日までは喜んで受け取っておったのに」
「昨日渡してませんよね!!!」
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結局、魔王は正しい金額をちゃんと払って降りていった。
薬袋を大事そうに抱えて、鼻歌まで歌って。
(……魔王なのに、花粉に弱いって)
ちょっと可愛いじゃないか。
そう思いながら、俺は再びタクシーを走らせた。魔王、まさかの“アレ”に弱かった




